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Epilogue「映画」
帰還から数日。
四人は、それぞれ別に時間を過ごしていた。
事情聴取。
カウンセリング。
報告書の作成。
遠征に関する各種手続き。
やるべき事は山ほどあった。
だが。
本当の理由は、それだけではなかった。
誰も口にはしなかったが。
少し、一人になる時間が必要だった。
遠征で起きた事を。
自分の中で整理する時間が 必要だった。
だから。
帰還してから数日。
黒瀬隊の四人が揃う事は一度もなかった。
そして。
数日後。
黒瀬は久しぶりに作戦室の扉を開いた。
暖色の照明。
窓際のカウンター席。
中央の机。
使い慣れたソファ。
何も変わっていない。
あの日のままだった。
それなのに。
どこか違ってみえた。
中には既に三上がいた。
ソファへ腰掛けたまま、静かに天井を見ている。
扉の音に気付き、ちらりと視線を向けた。
「よう」
短い言葉だった。
「お疲れ様です」
黒瀬も短く返す。
それだけだった。
少しして。
奈央が入ってくる。
さらにその後。
水瀬もやって来た。
これで。
久しぶりに四人が揃った。
だが。
誰も何も言わなかった。
遠征前なら違った。
誰かが適当にゲームを始める。
誰かが勝手に映画を流す。
雑談が始まる。
気付けばどうでもいい話で盛り上がっている。
そんな事が当たり前だった。
けれど。
今日は違う。
誰もその最初の一言を口にしなかった。
作戦室には。
静かな空気だけが流れていた。
誰もが遠征の事を引きずっていた。
失ったものがあった。
守れなかったものがあった。
抱えたまま帰ってきたものもあった。
それらは数日程度では消えてくれなかった。
だから。
久しぶりに集まったというのに。
以前みたいに振る舞う事が出来なかった。
沈黙が続く。
作戦室のモニターには。
映画のメニュー画面だけが映っていた。
誰も操作しない。
誰も何も言わない。
ただ。
時間だけが流れていく。
その時だった。
水瀬がぽつりと言う。
「……映画、見ます?」
静かな声だった。
三上が顔を上げる。
奈央もモニターを見る。
黒瀬も小さく頷いた。
反対する者はいなかった。
映画が再生される。
それは。
昔、四人で何度も見た映画だった。
作戦終わりに流して。
途中から雑談の方が多くなって。
結局内容を覚えていない。
そんな映画。
けれど。
今日は違った。
誰も喋らない。
茶々も入らない。
笑い声もない。
映画だけが静かに流れていく。
三上も。
奈央も。
水瀬も。
黒瀬も。
ただ画面を見ていた。
やがて。
映画が終わる。
エンドロールが流れる。
それでも誰も感想を言わなかった。
誰も立ち上がらない。
静かな時間だけが続いていた。
遠征前みたいに笑った訳じゃない。
前みたいに騒いだ訳でもない。
何も戻ってはいない。
それでも。
不思議だった。
本当に少しだけ。
昔と同じ時間を過ごせた気がした。
窓の外では。
夕日が静かに沈み始めていた。
—数年後。
「映画見ましょう〜」
作戦室に、水瀬の声が響く。
「またかよ」
ソファに寝転がった三上がだるそうに返す。
「今日は名作らしいですよ〜?」
「お前この前も同じ事言ってただろ」
奈央が小さく笑う。
「前半三十分くらいで三上先輩寝てましたよね」
「寝てねぇ」
「いびき聞こえてました〜」
「うるせぇ」
映画が始まる。
五分後。
「いや今の絶対死んだだろ」
「まだ開始十分ですよ〜?」
「フラグだろあれ」
「三上先輩うるさいです」
「いやでも、あれ怪しくないですか?」
「黒幕あいつっぽくないですか〜?」
「いや流石に違うだろ」
「でも怪しいですよ?」
「お前等映画見る気あんのか」
「あります〜」
いつの間にか。
また映画より雑談の方が多くなっていた。
映画をちゃんと見ているのか怪しいくらい、いつもの空気だった。
黒瀬は、少しだけ笑う。
壁には、一枚の写真。
遠征先で撮った写真が、今でも大事に飾られている。
あの日の事を、きっと自分達は一生忘れない。
苦しかった事も。
失ったものも。
守れなかったものも。
全部、消える事はない。
でも。
だからといって。
自分達は、ずっと立ち止まったままじゃない。
傷を抱えたままでも。
少し不器用なままでも。
それでも。
きっと、これからも進んでいく。
コメント
1件
お疲れさま、黒星さん。第86話読み終えたわ。 エピローグ、めちゃくちゃ沁みた……。「映画」ってタイトルだけで既に泣きそうだったんだけど、帰還後の静かな空気の描き方が丁寧で、四人がそれぞれ抱えてるものの重さがひしひし伝わってきた。特に「あの日のまま」の作戦室が「どこか違ってみえた」って感覚、すごく分かる。で、数年後に雑談しながら映画見てる流れ、ああこれだよこれ、って思ったわ。傷は消えないけど、一緒に進めるって希望がじんわり来た。壁の写真もグッと来た。ありがとう、黒星さん。いい話だった🔥