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海の紅月くらげさん
「エリカッ!?」
リオネルの叫び声。
レジーナは呆然と振り返る。
リオネルが抱き抱えるのは、気を失いグッタリとしたエリカ。その身体――
「エリカ! 起きてくれ、エリカ!」
「リオネル、無闇に動かすな。横に寝かせて――」
「目を開けてくれ!」
フリッツの言葉も、リオネルには届かない。
彼は一心不乱にエリカの名を呼び続けている。
フリッツがこちらを振り向いた。鋭い眼差しでレジーナを見つめる。
「君は……、君はどちらだ? エリカか、レジーナか?」
彼の言葉に、リオネルが驚いたようにレジーナを見上げる。
アロイスの油断のない眼差し。
張り詰めた空気に、レジーナはぎこちなく首を左右に振る。
「……違います」
「違う? ……エリカなのか?」
レジーナは黙って背後を振り向いた。
そこにあるもの、それが彼らに見えるよう脇に避ける。
フリッツとアロイスが、目にしたものに驚きの声を上げた。
「シリル!?」
床の上に倒れ伏すのは、シリルの身体。
アロイスが戸惑いの声を上げる。
「なぜ、彼が? ……魔力の使いすぎか?」
「クソッ! 一体どうなってる!?」
二人の声に、レジーナは再び首を横に振った。言葉が出てこない。震える指で、シリルを指さす。
「ゆ、指輪……」
声まで震えた。
シリルの狂気に当てられ、頭が考えることを拒絶する。
彼が成そうとしたことが恐ろしい。その結末を知りたくない。
「……レジーナ」
震える指先を、大きな手で握りしめられた。
――大丈夫だ。
伝わる温もり。指先と心に伝わる。
シリルの闇に侵食されていた心が、息を吹き返す。
レジーナは顔を上げた。
「……クロード。シリルの意識を確かめて欲しいの」
クロードが頷き、シリルの身体へ近づく。しゃがみ込み、彼の呼吸と脈を確かめた。顔を上げて、こちらを振り向く。
首が左右に振られた。
「……死んでいる」
「っ!」
「なんだとっ!?」
最悪の結末。覚悟していたとはいえ、受け入れ難い。
レジーナは込み上げる吐き気と戦った。
フリッツがシリルの身体に駆け寄る。クロードと同じように彼の脈をとった。
けれど、結果は変わらない。
フリッツは苛立たしげに立ち上がり、悪態をついた。
「何がどうなってやがる? 魔力の過剰消費が原因か?」
アロイスがレジーナを向く。
「レジーナ、君は無事なんだな? であれば、やはりシリルの魔法が失敗したということか?」
レジーナは「分からない」と答える。エリカの身体に視線を向けた。
未だ目を覚まさない彼女はリオネルの腕の中。その指に嵌る指輪が光る。
「……シリルは、指輪が媒介だと言っていたわ」
レジーナはシリルの身体へ近づく。彼の傍に跪き、その右手を開いた。
彼の手には、アシッドドラゴンの骨で作ったという指輪がしっかりと握られていた。
アロイスがハッとしたように息を呑む。
「まさかっ!?」
彼女の視線が、シリルとエリカの身体を交互に行き交う。
「シリルは、自分とエリカの身体を入れ替えようとしたのか?」
「あり得ん! そんな馬鹿な真似!」
フリッツが声を荒げる。
レジーナは「違う」と首を振る。
そうではない。そうではないのだ。
シリルが、胸の内で育てた願いは、そんなものではない――
不意に、リオネルが叫んだ。
「エリカッ!?」
彼に抱えらえたエリカの瞼がピクリと動いた。
リオネルが彼女の名を呼ぶ。
閉じられていた瞼がゆっくりと開き、ぼんやりとした黒の瞳が覗いた。
「エリカ、良かった! 私が分かるか?」
安堵するリオネルの声。
エリカの瞳が数度瞬いて、それから、しっかりと彼の姿を捉えた。
「……リオネル?」
「ああ、そうだ! エリカ、覚えているか? 我々はシリルに拘束され、君は意識を失っていたんだ」
エリカはぼんやりとしている。
また数度、瞳を瞬かせた。
そこで漸く状況を把握したのか、口元に穏やかな笑みを浮かべる。
「……そっか。上手くいったんだ」
「エリカ?」
「ありがと、リオネル。もう立てるから、どいてくれる?」
エリカはリオネルの手を跳ね除けて立ち上がる。
彼女らしからぬ言動。
レジーナの鼓動が嫌な音を立てている。
皆が見守る中、エリカが自身の両手に視線を落とす。何度か、手を握っては開いてを繰り返し、不意に、こちらを振り向いた。
視線がぶつかる。
その瞬間、彼女が浮かべた笑みに、レジーナは恐怖した。
エリカが弾けるような笑い声を上げる。
「ハハハ! 凄い、凄いよね! 大成功ってやつじゃない?」
「エ、リカ……?」
彼女の言葉に、リオネルが戸惑う。
レジーナはもう確信していた。
彼女の笑みは自身の成したことに満足した人間のもの。
穏やかな、だけど、レジーナが怖くて仕方ない笑みを浮かべるのは――
「シリル」
エリカが――彼女の中の彼が――、幸せそうに笑った。
「うん! ちゃんと入れたよ。ぶっつけ本番だったから不安もあったけど、やってみるもんだねぇ」
エリカが口にする言葉の異常さ。
リオネルが彼女から距離を取る。その顔に不安と猜疑が見てとれた。「まさか」と呟く。
彼の言葉を拾った彼女が、ニッと口角を上げて笑った。
「言ったでしょ? 色々考えたって」
「エリカ……?」
「エリカじゃないよ。今はシリル」
「っ!?」
リオネルが目を大きく見開く。
その反応に、シリルが楽しげに笑った。
「信じられない? でも、本当だよ。結局さ、エリカの幸せを守るためには、僕が彼女の中に入っちゃうのが一番かなと思ってそうしたんだ」
「……馬、鹿な」
血の気の引いたリオネルの呟き。
シリルの笑みが深くなる。
「まぁ、今は信じられなくてもいいよ。けど、リオネルも覚えておいて。僕は、エリカに幸せでいて欲しいんだ。そのためには何だってする」
リオネルがヒュッと鋭く息を呑む。
シリルは彼の反応をじっと観察していた。それから、「ああ」と呟く。
「やっぱり、流石に魔力消費が多すぎたみたい。……うーん、ちょっと無理そう。暫く引っ込むね」
シリルが目を閉じると、糸が切れたようにエリカの身体が崩れ落ちる。
「エリカッ!?」
リオネルが伸ばした手が、彼女の身体を抱きとめた。
瞬間、エリカの目がカッと見開かれる。
「なにっ!? なによ、今のっ!?」
エリカの口から上がる悲鳴。彼女の問いに、誰も答えられない。
彼女を抱きとめたリオネルでさえ、困惑するだけ。
エリカが、リオネルの服の胸元を握り締める。
「ねぇ、何? 何なの? 何でシリルが……、どうして私の身体が勝手にしゃべるの?」
「エリカ……」
リオネルはエリカを宥めるよう、その名を呼んで抱きしめた。
けれど、彼女には彼の声が聞こえていないかのよう。激しく首を横に振る。
「イヤよっ! なんなのよ、コレ! ヤダ、気持ち悪いっ!」
長い黒髪を振り乱す。
「出てって! 私から、出てってよ!」
両手で掴んだリオネルの服を、強く引っ張る。
彼女の手を押さえるよう、リオネルの手が重なった。
「……大丈夫だ。何があろうと、私が君を守る」
エリカが弾かれたように、両手をリオネルから離した。
「大丈夫なわけないじゃない!」
「エリカ……」
「守るって、どうやって守るつもり!? シリルは私の中にいるのよ? 守れるっていうなら、さっさと追い出してよ。シリルを追い出して!」
エリカはリオネルの胸に拳を叩きつける。恐怖からだろう、その目は血走り、涙が浮かんでいた。
「何なのよっ! 何で、何で私がこんな目に遭うの! やだ、やだやだやだぁああ!!」
泣き叫び、リオネルの服を掴んで揺さぶるエリカ。
リオネルは動けない。彼だけでなく、誰にも成す術がなかった。
シリルの狂気がもたらした悍ましい事態に。エリカの慟哭だけが、いつまでも響き続けた。