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数日後、美紅は俺と同じ中学に転校した。何の変哲もない公立中学だから書類さえそろえれば手続きはすぐ済んだ。
ただ美紅は大西風の姓を使い続ける事になった。母ちゃんが言うには、美紅は戸籍上は大西風の家に養子に出された事になっていて、急に苗字が変わるのは本人にとって可哀そうだから、という理由からだ。ま、確かに女の子の姓が変わるのって普通結婚する時ぐらいだから、まあそれは仕方ないだろう。
もう一つ俺の日常生活に変化が起こった。毎朝のように絹子が俺の家まで「一緒に学校行こう」って迎えに来るようになったことだ。もちろんお目当ては俺じゃない。美紅の方だ。何がどう気に入ったのか知らないが、絹子のやつ美紅にしょっちゅう寄って来るようになった。
で、その朝も俺と絹子と美紅の三人で並んで登校しているところ。その間、絹子は美紅にやたらべたべた抱きついたりしてる。俺と絹子は例によって毒舌漫才を交わしながら歩いた。さっそく絹子が話を振って来る。
「きゃー、美紅ちゃんてほんとに可愛い! ねえ、雄二、あたしと美紅ちゃんと、どっちが可愛い?」
「まあ、そりゃ、おまえだって、可愛いとは決して言えないとは言い切れないような気がしないでもない、と俺は思ってるぞ」
「あんたは、違法献金疑惑で記者会見やってる国会議員か?」
俺と絹子の会話はいつもこんな調子だ。たいていのやつらは腹抱えて笑い転げるんだが、美紅は毎朝のようにこれ聞かされても笑うでもなく、いつも無表情な顔で俺たちのそばをついて来る。
無愛想というのとは違うが、美紅は本当に表情の変化が乏しい。笑いもしなければ泣きもしないし、学校でも人と話しているのを見たことがない。まあ、これは転校してすぐで知り合いがまだ少ないからだろうが。ひょっとして絹子はその辺を気遣っているのか?
こいつ男勝りで口は悪いが、根はけっこういい奴で意外と世話好きなところもあるからな。もっとも美紅をペットみたいに思っているんじゃないかというフシもあるが。
さてもう六月も中旬なのでプールはとっくに開いているのだが、その日の授業は女子だけ水泳。男子はこの蒸し暑い中、陸上それも中距離走。なぜかうちの学校、水泳の授業だけは男女別々なんだ。
その日の昼休み、絹子が俺を図書館につながる板張りの渡り廊下に呼び出した。先が図書館だけあって滅多に人が通らない場所なんだな、俺の学校では。
「で何の用だ?俺としては校庭の隅の伝説の木の下に呼ばれたかったんだが」
「あんた、絶対そのうち携帯ゲーム機持って、熱海の旅館に二人部屋予約して、二人分の布団敷いた部屋に一人で泊まりに行くわね」
「なんだ、愛の告白じゃないのか?」