「あの、兄様……」
「うん?」
「いや、ええとですね……いい加減、おろしてくれますかね……?」
「どうして?嫌?」
「や、ううぅ……」
現在。何故か俺は後ろから抱き込まれてキースの膝の上である。
存分に口説かせてもらおう、そう言ったキースの行動は有言実行とはまさにこのことか、と言ったものであの日を境にとにかくスキンシップに余念がない。
ただそれは小さい頃にされたものが多く、俺が抗議をすれば「小さい頃からしていることだよ?」と返されてしまう。
そう言われてしまうと、どうにも断ることが難しく、俺は黙ってぬいぐるみのように膝の上に乗っておくことしかできなかった。
いや、確かにね……キースは俺が幼少の頃から──といっても俺がこちらで目覚めたのは10歳にならないあたりだからそんなに小さくもない気がする──こうして膝に抱く回数は家族の中でもダントツだったとは思う。けれどそれも、ここ最近はなか……まてよ?いつまでこんな風にされてたっけ……?あれ……?つい最近じゃね……?おかしくね……?
前世だと男子が膝の上に抱かれるなんて、小学校時代くらいまでのような……たまに友人同士でじゃれることはあるが……こっちの基準だとどうなんだろうか……?
「あの、兄様……」
「うん?」
「こういうのって普通のお宅は何歳くらいまでするんですかね……?」
キースを振り返りながら聞いてみる。
何せ俺はこの世界の常識には疎いところも多くある。書物で学べたり教師に教えてもらう分には、それなりに不足はないと思うが、家族の内情なんて書いてるものは圧倒的に少ないし、座学であるわけでもない。
キースは俺の問いかけに、ふむ、と首を傾げた。
「さぁ?それぞれ、といったところじゃないかな?うちだと、これからお帰りになる父上にしろ母上にしろ、リアムにくっ付きたがるだろう?僕もその一人というわけだけど」
特に惚けたような口調でもなく、そう答えて、俺の耳元に触れるか触れないかの口づけを落とした。
こ、答えになってねぇええええええ!うちが基準じゃないと思うよ……多分。
今キースがしたキスだって前世だと絶対にしないと思うのだが……こちらで過ごす中、家族限定で言えばとにかくこの家は俺に対してスキンシップ過多であったから、俺はすっかりと慣れてしまって、今更これくらいであれば大きな反応を示すほどじゃない。
頬にキスなどは友人同士でも親愛の情として存在しているし……。
結局よくわからないままであり、キースは俺を離す気もないようで、俺は諦めて体の力を抜いて身を預けた。
これはこれで人の体温が気持ちよくはあるのだ。……いかんな、なんかやばい気がすんだけど……この人といると……。
しかし、キースが口説くようになってきて、一つ不可解なことがある。
それは──この家における使用人たちの態度だ。
「キース様、よろしいでしょうか?」
脳内で噂をすれば丁度よく、ナイジェルがノックをしつつ声をかけながら扉を開けた。
俺とキースの姿を見ても、特に動じることなく、中に入り近くまで寄ってくる。
「どうかしたかい?」
「そろそろ旦那様たちがお着きになるころ合いかと思いお知らせに」
「ああ、もうそんな時間か。そろそろ下に行こうか」
ねえリアム、とキースが俺にも話しかけてきた。俺は一つ頷いて、ナイジェルを見る。俺たちを見てもナイジェルはいつもと同じだ。それどころか、視線の合った俺に対してどうかしましたか?という顔つきだ。
……。
…………。
………………いや、あの……お前ら、普通すぎないか?
いや、ええ?!そりゃさ、一流だとは思うよ。このデリカート家に仕えてる人間って。
それこそ、表に出る人間は普通に下級貴族でまとめられていると思うし、裏方のランドリーメイドや雑用の人間だって身元が確かな者ばかりだ。
ナイジェルだって男爵家の出だし、ソツなく仕事をこなすさまは前世で見たあくまで執事も顔負けだと思う。
なので、主人たちが何をしてたってそりゃ顔に出しにくいとは思うんだけども……。
それにしたって、急に兄が弟を口説き始めるって普通じゃないと思うわけよ!
けれどナイジェルにしてもアンにしても、特にそこに突っ込むこともないどころか、アンに至ってはにっこにこ顔で、お似合いですね、と零したのだ。
おかしくねえええええええええ?!?!?!
「リアム?このまま抱いていく?」
まじまじとナイジェルを眺める俺に、キースが後ろからぎゅっと強く抱きしめてきた。
それは流石にないわーーーー!
俺は大きく首を横に振る。
「それは!恥ずかしいので!ねえ、ナイジェルそれはないよね?!」
俺が思わずナイジェルに助けを求めると、ナイジェルはにこりと微笑んで。
「それもよろしいのでは?旦那様方も仲が宜しいことをお喜びになるかと。では、私はお先に失礼致しますね」
つらつらーとそう言って踵を返した。
お、お前--------!!!!置いてくなよ!!!!
※
というわけで。
今更ではあるが、今日は外交に出ていた両親が帰ってくる日である。
半年近かったそれは、色々と重要なことも含まれていたようで、両親は出たっきりで帰路でも領地に立ち寄る暇もなかったようだ。まずは外交成果を報告すべく王都に戻ってきたということだった。
王宮には明日上がるらしく、今夜は久々に家族そろって水入らずでディナーなわけだが……。
「やはりリアム、今のうちにキースと婚約してはどうだい?」
食事前の女神への祈りが済んだ後は、ディナー開始開口一番、父がそう言って俺は思わず飲んでいた葡萄水を吹き出した。すかさず、ナイジェルが俺にナプキンを渡してくる。俺はそれで口を拭いつつ、父を見る。
「え、ちょ……父様、何を仰って……?」
「うん?いや……可愛いリアムがおかしな人間に狙われていると聞いて」
「おかしな人間って……え、兄様⁈」
キースの方に視線をやると、嘘じゃないだろう?とのたまう。
確かにな!そうかもしれんけどさ!!違う!そうじゃない!!
「いや、ええと。それはそうですが!……何故兄様が⁈」
「おや?キースのことは嫌いかい?」
「や、えぇ……そ、そういうことではなく。嫌いじゃないですよ。嫌いじゃないですが!か、母様⁈」
今度は父の隣にいる母を見た。年齢を感じさせないあどけなさの残る美しい顔に、微笑みを浮かべて首を傾げる。
「母様もキースなら良いと思うわ。二人でこの家を継いでくれたら嬉しいもの。母様、二人と離れるのは悲しいわ……」
膝にあったナプキンを片手に取り、母は目元を拭った。父がその肩をゆっくりと撫でる。
ブルータス、お前もか‼
父は俺を見ていて、その目がなんとも哀し気な色を浮かばせていた。まるで、リアムなら私たちの気持ちがわかるだろう?と言うように。
ちょっとまってくれ、ちょっとまってくれ‼
俺は唐突なことに父と母を交互に見ていて、額には焦りからうっすらと汗が浮かんでいた。
「まあまあ、お二人とも。今は食事をしましょう。今日はお帰りになると聞いてシェフのジェイコブが腕を振るったようですよ?」
その場をそう言って収めたのは他でもない兄だった。
父と母は気を取り直して、そうだね、と笑顔に戻り、会話に花が咲く。
兄----!!ありがとう----!!
と思った俺ではあったのだが……まてよ、これ。外堀埋められてないだろうか……?
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