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第1話:激昂と後悔
令和××年。
この街の「幸福度」は、常に100%に保たれている。
最新のホログラムが映し出す桜は一年中散ることなく、ドローンが運ぶ心地よい電子音楽が、人々の耳を優しく塞いでいた。
だが、その「偽物の春」は、一夜にして焼き払われた。
「……あ、が…………っ」
童田剛(わらべだ ごう)の視界が、赤く歪む。
鼻を突くのは焦げた建材の匂いと、生々しい血の鉄臭さ。
さっきまで夕飯の匂いがしていた自宅は、巨大な松明のように燃え盛っていた。
(父さん……母さん……!)
叫ぼうとした喉は異常な熱量で焼き切られ、声にならない。
炎の向こう側。ゆらゆらと揺れる陽炎の中に、そいつは立っていた。
フードを深く被り、人間離れした巨躯を揺らす、謎の男。
男が歩くたび、周囲のハイテクデバイスが狂ったようにノイズを上げる。
監視カメラは爆発し、電光掲示板には「エラー」の文字が昭和の砂嵐のように点滅した。
「…………」
男は無言のまま、奪うだけ奪って、ゆっくりと背を向ける。
(待て……。待てよ、畜生……ッ!!)
剛の胸の奥で、何かが「沸騰」した。
心臓が激しく脈打ち、体温が物理的な熱となって肌を焼く。
あまりの熱量に、降り始めた雨が剛の肌に触れた瞬間に蒸発し、白い霧となって舞い上がった。
剛の瞳が、獣のような赤色に染まる。
家族を奪った「偽物の平和」と「謎の巨漢」。
すべてを焼き尽くすための、鬼の焔が宿った瞬間だった。
逃亡。そして、彷徨。
指名手配犯として「管理社会」から追われる身となった剛が辿り着いたのは、街の光が届かない、橋の下の暗がりだった。
「……ハァ、ハァ……ッ」
焼けるような喉を潤そうと川へ手を伸ばすが、指先が触れた瞬間、水面がジュウジュウと音を立てて泡立つ。
自分の体がもう元には戻らないことを悟り、剛は地面を殴りつける。
「……クソッ!」
激しい怒りが剛の意識を蝕んでいた。
自分の力では、どうすることも出来ない。
そんな諦めに至ったときに、橋の陰から誰かの声が響く。
「君のやろうとしていることは、ただの自殺だ」
現れたのは、奇妙な二人組だった。
「……誰だ、お前ら」
長い髪を服の内側に隠し、無機質なお面を被った、得体の知れない人物。
そしてその背後で、袴を握りしめてオロオロと震える、一人の少女。
「失ったものを大切だと思うなら、その絶望と向き合う強さを持ちなさい」
「……うるせぇ、何様だよ!」
剛の周囲の空気が、再び熱を帯びる。
「テメェも……俺を利用するつもりだろ! どけよ、邪魔するならアンタも焼き尽くしてやるッ!!」
剛の体が、赤熱の弾丸となって跳ねた。
制御を失った「鬼の右拳」が、お面の人物――礼子へと振るわれる。
だが、礼子は柳のようにしなやかな動作でそれを受け流し、鋭いカウンターを剛の腹部に叩き込んだ。
「それとも、怖いのか? 自分を無力だと認めるのが」
「黙れッ!!」
その言葉で剛の中の何かが弾けた。
剛の「鬼」が完全に覚醒する。
体温が急激に上昇し、近くの川が沸騰するほどの熱を放つ。
その熱を筋力に変え、剛が力任せに地面を殴りつけると、大地が陥没するほどの衝撃が走った。
「……っ!!」
衝撃により吹き飛ばされた礼子の頭上を奪い、剛は力任せに蹴り落とす。
礼子は最大出力の結界を展開したが、剛の熱量はその幾何学模様を焼き切り、物理的に粉砕した。
礼子の体が地面に叩きつけられる。
その瞬間、少女――守屋小春が転びながらも投げ放った御札が地面で輝き、衝撃を緩和させた。
土煙がゆっくりと晴れていく。
陥没した地面の上で、礼子の被っていたお面が、カラリと音を立てて半分に割れた。
「……女……だったのかよ……」
剛の拳の震えが止まる。
割れた面の奥から現れたのは、如月礼子の凛とした素顔だった。
殺意を向けていた相手が、自分を助けようとした生身の女性であったという事実。
後悔の念が、限界を超えた体に追い打ちをかける。
「……ごめん」
掠れた呟きを最後に、剛は泥の中に崩れ落ちた。
「ちょっとおぉ! 死んじゃダメですよぉ!」
泣きべそをかきながら、少年を揺さぶる小春の声。
そして、脇腹を抑えながらも立ち上がり、静かに剛を見つめる礼子の瞳。
「いいわ、小春。運ぶわよ。私たちの『聖域』へ」
礼子は、小春と共に剛を抱えてその場を去った。
「……試した甲斐はあったわね」
その場から去る間際に陥没した地面と熱によって焼けた地面をチラリと見て、礼子は呟いた。