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「あのー。依頼場所は此処だって表の看板に書いてあったんですけど……」
ドアを開けたのは、茶髪の女子だった。
黄色のリボンだ。一年生だろう。
「は、はーい」
「初めての依頼ね」
歩美は先ほどまで寝転がっていたソファから立ち上がると、そのソファの向こうにある椅子に座った。
「それで、何を相談しに来たの?」
紗季が聞くと、一年生の子が言った。
「実は私、六年生の頃から付き合っている彼氏が居るんですけど、最近彼の様子がおかしくて……」
「なるほどね。素行調査ってわけか……」
歩美は納得したように顎に手を当てる。
「じゃあ、名前教えてくれる?」
「はい。私、三夜月奈(さんや つきな)といいます。彼氏は、待夜陽人(まちや はると)っていいます」
月奈はそう言った。
「どっちも苗字に夜が入ってるなんて珍しいじゃない」
「分かった。じゃあ早速探しに行くよ」
「どうかしらね」
意気込む歩美とは反対に紗季は後ろ向きだ。
「二年生だけでも、とんでもない数なのに、ほとんど関わりの無い別の学年から探すなんて無理がある。そう簡単には見つからない」
そんな紗季の言葉に対して、歩美が前向きに言う。
「大丈夫だよ!きっと見つかるから‼」
「まあ、名前が分かれば、聞き込みするだけだから楽ね」
紗季は眼鏡をクッと直す。その隣で歩美が笑顔になる。
「よーし!そうと決まれば、聞き込みだ―‼」
歩美は紗季の隣で拳を挙げている。
紗季はその隣で小さくため息を吐いた。
歩美は、目の前を通った一人の少年に話しかけた。
「ねえ。待夜陽人って知ってる?」
「はい。知ってますけど……」
怪訝そうに答えたのは、黄色いネクタイの少年。一年生だ。
少年は白い綺麗な靴を履いていた。
「あのね。私達探偵なの。あなたは何の仕事してるの?」
「俺は、ただの新聞記者です。新聞部なので」
少年は答えた。紗季は次にまた質問した。
「陽人くんの素行調査をしているの。今どこにいるか分かるなら教えてくれない?」
「あいつなら今、階段裏にいると思いますよ。不自然にそこに行ったので」
少年が指さしたのは、階段だった。あれの後ろにいる、確かに不自然だ。人目に付かないところで、浮気相手とイチャイチャしているのだろうか。
「うぇー気持ちわる……」
「何言ってんの?早く行きましょ」
紗季は歩美の前を通って行く。
「あれ?居ない」
階段の裏を覗いたが誰も居なかった。
「おかしいわね、こっちに行ったんでしょ?」
紗季が後ろを振り向くと、あの少年はもういなくなっていた。
「……妙だね。あの子の言ってることがほんとなら、此処にいるはずなんだけど」
階段の向こう側は行き止まりだ。部屋があるわけではない。
「……待って、あの子の足元覚えてる?」
「え?確かに綺麗な靴とは思ったけど……」
歩美の問いに紗季はハッと気が付いた。
「校舎の中なのに靴……あの人は嘘を吐いてる」
薄暗い教室だ。天井はかなり汚い。何十年も掃除されていないように思える。
「……誰だ?俺をここに呼んだのは」
カチャ。
振り返ろうとすると、背中に強く何かを当てられる感覚があった。
「手を上げなさい」
「な、何を……」
「質問があるの」
女の声だ。背中に当てられているのは拳銃だろう。
「質問?」
「ええ。世界的に有名なあのハッカー集団、を裏切ろうとしたのはアンタでしょ?」
女は後ろで銃を構えている。
「言ったはずでしょ?少しでも抜けようとしたら情報漏洩を防ぐため命はないと。入った瞬間まともな人生を送る事なんてできない。その覚悟で、私たちハッカー集団に入ってきたんでしょ?」
そして彼女は少し間を空けて行った。
「そうでしょ……陽人」
一方その頃。
「見つからないなあ。どこに居るんだろ?」
歩美は手を地面に水平にして額に当てている。
「さあ。でも、何となくわかる。だって、靴を履いてたってことは外にいる、もしくは外に出ないと移動できない場所ってこと」
歩美はじっと外を見た。
そしてハッとした顔をする。
「あっ、体育館じゃない?体育館は、一応渡り廊下はあっても、目立たないように行くには外に行くしかないよ」
紗季は、「確かに」というと上靴のまま外に飛び出した。
「靴に履き替えないのー?」
「早く行って証拠をおさえましょう」
「もう……」
歩美は呆れて肩を落とす。歩美も靴を履き替えずに先の後を追いかけた。
女は後ろでずっと拳銃を向けてくる。
「ねえ、陽人。探偵の目は巻いてきたんでしょうね?なにやら外が騒がしいように思うのだけど……」
「探偵?」
陽人は声を出した。女は続けた。
「あら、聞いたことないの?私達ハッカー集団が仲間に引き入れた、あの女の兄を。追いかけてるのは、感づかれたからかしら」
彼女は後ろを少し振り向いた。
「まあいいわ。来る前に殺すだけ……」
歩美は上靴のまま体育館に向かっていた。すると突然後ろから話しかけられた。
「あれ。山根さん」
「あ、月奈ちゃん」
「順調ですか?」
月奈の言葉に歩美が言葉を詰まらせる。
「あー、うん。順調だよ」
そう言った途端、紗季が声を荒げた。
「居たわ!けどあれは……」
歩美と月奈が紗季の方を見る。
「どうしたの?」
目の前には両手を上げる男と、拳銃を向ける女がいた。
「ッチ……やっぱり巻いてなかったのね。いらない客が来たわ。でもしょうがない。いらないなら排除するまで」
彼女はそう言うと、三人の居る方向に銃口を向けた。
「ど、どうしてこんなことを……」
「あら、実の兄の事なのに知らないのー?いいわ。教えてあげる」
銃口を上にあげると、女は説明した。
「私たちは、世界的に有名なハッカー集団の一員。ハッカー集団ってのは建前で、実際は巨大なテロ組織だけど」
「私の兄ってどういうこと?二年前に失踪したけど……まさか、アンタらが殺したってことじゃ……」
歩美の言葉に女は言葉を詰まらせる。
「……っ、在人が失踪?私達のところにもいないけど」
「じゃあつまり、兄はアンタらの言うそのハッカー集団に入り、そのまま失踪してしまったってこと?」
女は無言で頷きながら言った。
「……そう言う事になるわね。まあ今はそんな事よりも、アンタこいつの彼女?」
「は、はい」
女は月奈に銃を向ける。すると馬鹿にするように鼻で笑った。
「じゃあ、都合がいいわ。人質を変えましょう。もし陽人がハッカー集団から抜ければ、この子を殺す」
その言葉を聞いた瞬間、陽人は「はあ⁉」と声を出した。女はその声に反応して、銃を向ける。
「裏切らなければ、二人とも生きている。何、簡単でしょ?」
女はそう言って姿を消した。
陽人は床に膝の関節が砕けたように座り込んだ。
「……大丈夫?ねえどういうことなの?」
「……陽人、教えて」
歩美と月奈に言われても、陽人は口を噤んだままだ。一分ほど経って、彼はようやく口を開いたが、内容は思ったものとは違った。
「……言えない。言えばお前が死ぬ」
「で、でも……そんなこと言ったって」
歩美は理解が追い付いていなかった。兄が行方不明になったのが、このハッカー集団の仕業だと思ったら、実際はそうではなく、全員がこの状況を把握できていないのが気がかりだった。
「……お前らは分からないだろうな。あいつらが……≪ラトレイアー≫が、ただのハッカー集団じゃないってことを」
「ラト……何?」
「≪ラトレイアー≫、ギリシャ語で『敬愛・崇拝・礼拝』を意味する」
紗季が隣で腕を組んで答えた。歩美はその姿を見て言った。
「すごい。ギリシャ語分かるの?」
「いえ、以前から目をつけていたの。ラトレイアーは歩美の兄と何か関係があるんじゃないかと。私の弟がね」
歩美はなるほど、と納得した。
放課後。事務所の前で、依頼人である月奈と、その彼氏である陽人を見送ることになった。
「ありがとうございました。行動が怪しかったのは、あのハッカー集団に抜けようと、周りの目を気にしていたからだったんですね」
月奈は切ないような顔をして俯いた。
「これからどうするの?」
「少し様子を見ます。俺たちが別れれば、彼らが何をするか分かりません」
陽人は冷静に答えた。
「警察には言わないでおく。今回は、私達も彼らを追う必要があるからね」
「はい。ありがとうございます」
二人は笑顔で言った。二人はこちらに背を向け、廊下を歩いていった。
「……終わった」
「……ねえ、歩美。一つ忠告しておくわ」
「……何?」
「ラトレイアーは、強力なハッカーテロ組織。もし目の敵にするなら、血で血を洗うことになるわ」
紗季は歩美を睨むようにして言った。
「分かってる。お兄ちゃんは絶対見つけるから」
風が吹いた。窓の外には校内に植えられた巨大な桜が揺れていた。