テラーノベル
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「じゃあ、ぽと出かけてくるね」
「はーい、いってらっしゃい。気をつけてね」
出かけるのあを寮のリビングからえとは見送ると一人になったし何しようかなと飲み物を用意しながら考える。
ふと塗り直したばかりの指先に目がいき、続いて自分のつま先へと。
下から数ミリ浮き始めているフットネイルに、そういえばリスナーさんからのプレゼントにオレンジラメのマニキュアを貰ったんだと思い出した。
「塗り直すかー」
作業中や塗り終わった後のときめきが良いのだけれど、落として整えてというのがめんどくさいんだよなあと内心ぼやきながらえとは自室に飲み物とともに戻っていった。
「誰かおるー?」
男子メンバーにとって女子寮に足を踏み入れることはかなりハードルの高いことだ。
イタズラが好きなじゃぱぱやそれに悪ノリするうりが近づいて即刻武器を向けられているのを見ているので不用意なことはするまいとメンバーたちは肝に銘じている。
時々最初の二人は悪ノリを暴走させ、女子寮にちょっかいを出しきっついお灸を据えられることを繰り返してはいるが。
しかしながら、今日訪れたたっつんは事前にきちんと女子寮年長者であるのあに話を通してある。
半年に一度の寮の点検のためだった。
暑い寒いで都度都度不自由があれば解消するのが大工であるたっつんの役割なのでヒアリングと点検をして手の空いている男たちに手伝ってもらい修繕する。
そう、正式な女子寮訪問なのだが一向にたっつんの呼びかけに返事はない。
返事がないのに中に入るのは心苦しいところもあるが、やたら広い屋敷なので二度手間が避けられるのなら避けたい。
たっつんは意を決して女子寮に足を踏み入れた。
お菓子が大好きなのあが主に取り仕切っている寮なだけあってリビングに入っただけで洋菓子の甘い香りがして思わず鼻をすんすんと鳴らしてしまう。
すると洋菓子とは違ったフローラル系のTHE 女子な香りまで感じてしまいさすがに変態臭いなと誰も見当たらないのに咳払いして整える。
「あのー、たっつんですけどー、誰かおらんー?」
リムーバーで今まで彩られていたマニキュアを落とし、新しいオレンジラメを片足の半分まで塗ったところだった。
ふうと一息ついたところで部屋の外から声が聞こえてえとはハッとする。
そういえば半年に一度の設備点検にたっつんがくるとのあから昨夜伝えられたのを今思い出した。
気になるところをまとめた紙は渡しやすいよう、寮の冷蔵庫に貼り付けられている。それを来てくれたたっつんに伝えなければならないが、マニキュアを塗ったばかりで動くことができない。
えとはスマホを取るとたっつんにこの距離ではあるが電話をかける。
「ん?えとさんからの着信。はい、もしもしたっつんですけどー、どこおるー?」
「もしもしー。来てくれてありがとうなんだけど、とりあえずまず部屋きてもらえん?動けんくて」
「え、調子悪い?」
「違う違う。大丈夫、ありがとう。あの、足にマニキュア塗っちゃったから動けんくて。まじタイミング悪くてごめん」
「あぁ、そうなん?ならとりあえずそっち行くわ。入るなぁ」
「おけおけ。むしろごめんだわ」
通話を終了するとリビングからすぐそこの部屋なのですぐにノックの音がする。
「はーい、どうぞ」
「入るでー」
たっつんはドアから控えめにひょっこりとのぞいた。
えとはマニキュアがヨレないようにゆっくりと立ち上がる。
「冷蔵庫にさあ、気になるところは貼ってあるんだけど」
「そうなん?なら電話で言うてくれたらよかったのに」
「実際に一緒に確認して欲しかったんよね」
「あぁ」
ひょこひょこと足を庇いながら歩くえとの姿にたっつんはマニキュアの方に目が行く。
キラキラとラメ煌くオレンジ。
しかしながら、だいぶはみ出しているのが気になった。
「だいぶはみ出しとるな」
「え?」
「それ」
えとはたっつんが自分のつま先を指すので納得する。
「ま、塗り終わったあとにはみ出たとこは拭くから」
「ふーん、それってそんな難しいん?」
「えー、どうだろ。私は細かくやるのもめんどくさいからパッパーと塗っちゃうからな」
「はみ出るの気にならないんや」
「まあ、私の性格的には?」
納得のいってなさそうなたっつんにえとは切り出す。
「じゃあさ、たっつん塗ってみてよ。塗装とか得意でしょ、手先も器用だしさ」
えとはそういうとまあひょこひょこと歩いてマニキュアを拾ってたっつんに差し出す。
「えっ、えっ」
「片方塗ってあるから、もう片方塗ってくれれば塗り上がりの違いもわかりやすいでしょう? 私よりもたっつんが上手ければ参考にもなるし。どうやったら塗りやすいかなー」
強引ではあるが、不器用なところを指摘してしまったのは自分だしとたっつんは観念する。
さすがに部屋で二人きりはまずいだろうとリビングのソファで塗ることにした。
えとはソファ、たっつんはその前の床に腰を下ろす。
「うわ、たっつん見下ろすってなんか変な感じ」
「割と様になってんのが癪やな」
たっつんは優しくえとの足を取ると作業しやすいよう自分の太ももに乗せた。
「ひゃははっ、くすぐったっ」
「コラ、動いたら塗れんやろうが。大人しくしとき」
自分以外の手の感触に体をよじるえとにたっつんはツッコミで軽くえとの足をペチリと叩く。
「だって、くすぐったい」
「ならやめとくか?」
「それはイヤ」
「なら大人しくしとき」
すでにたっつんは作業に対して集中し始めているのか静かなトーンで子供をあやすような言い方をする。頼んでしまった側のえとはこれ以上邪魔してはいけないなと自分を抑えた。
黙々と作業していくたっつん。結構動画以外では静かで穏やかな人だ。柔らかい手つきで進めてくれる。
「ん?なんか間違ってるか?」
「ううん。なんか作業見ちゃうだけ」
「あー、それな」
確かにえとに指摘するだけあって、小さなマニキュアのハケを上手に使いつるりとした表面を作り上げていく。
「きれい」
「そやろ」
「うん」
「はい、終わったで」
右左を比べると一目瞭然。一本目は塗り筋がーなどと苦戦していたようだがあっという間にコツを掴んだ。
「もう一度塗りして、トップコートもあるんだけど」
「そこまでのサービスはやっておりませーん」
「えぇ、ここまでやってくれたのに?」
きれいなのになー、私にはここまでできないなーとチラチラとえとはたっつんを見る。
「うー、しゃーないなー!特別出血大サービスやで!」
「やったー!乾くまで寮の確認おねがーい」
「人使いの荒いやっちゃなぁ。まあ、こっちが本来の目的やからえぇけど」
たっつんは冷蔵庫の紙を見ながら各所をえととやりとりしながら確認し、その場で解決できそうなところは解決していった。
「こんなもんかなー」
両足最後のトップコートをたっつんは塗り終えて、細かい作業で凝った目や肩をほぐす。
「うわー、めっちゃきれい!お店行ったみたい」
結局、確認作業と同時並行でえとのマニキュアをたっつんは仕上げた。
いいように使われたと思いつつ、目をキラキラとさせて素直に喜んでくれるえとを前に不満よりも達成感の方が大きかった。
「ふふ、つるつる」
「えとさんらしい色やな」
「リスナーさんがくれたの」
「そのリスナーさん感無量やで。えとさんにちゃんと使ってもらえて」
「しかも、たっつんにまで塗ってもらえて?」
えとは本当に上機嫌にありがとうとたっつんにお礼を伝えた。鼻歌まで奏でている。
「そんじゃ、しっかり作業が必要なところはまた日にち設定しに来るわ」
「うん、わかった」
「そういや、のあさんは?」
「えー、出かけてるよ」
「は?」
「ん?」
一人きりの女子寮にたっつんと言えど男子を招きマニキュアを塗らせるなんて危機感がなさ過ぎると愛のある説教が始まった。
「えとさんペディキュア塗り直したんだ」
男子の中でも女子力の高いヒロがえとの爪に気がついた。
「そうなんよねー。リスナーさんからもらったの」
「オレンジラメとか、夏っぽくていいね。似合ってる」
「でしょー、ありがとう嬉しい」
「なんか、いつもよりきれいジェルなの?」
「違うよ、なんだ不器用バレてんじゃん。塗ってもらったの」
「ハハッ、ごめんごめん。そうなんだ」
ヒロは女子であるのあが手伝ってくれたと思ったようだがあえて訂正はしない。嘘も言ってないし。
ヒロが気がつくくらいつるんとキラキラしたつま先にえとはふふっとご機嫌に笑った。
そんなご機嫌なえとにたっつんもこっそり上機嫌だ。
後日、えとがうっかりメンバーの前でたっつんにマニキュアを塗り直して欲しいとお願いして大騒ぎになるのはまた別の話である。
コメント
2件
わぁぁぁ!!!!待ってましたぁぁ!!!本当にいつも尊すぎる…
何気に作品投稿待っていました😭🩷いつもキュンキュンしながら拝見させていただいてます🥰