一定の間隔でおそらく水と砂が擦り合って音をたてているのだろう。海だ。私は音のする方向へと足を回転させる。ところが、海の冷たさに驚くまもなく足を踏み外す。私は海の中で目を見開く。この目に焼き付けたいから。この場合は浸けておきたいからかな。波の音は止んでいる。
風の音が聞こえる。私の首筋を優しく撫でる。ここはどこだろう、良い匂いがする。それに何かやわらかいしなやかなものが優しくぶつかり合って囁き合う。花畑か。いくつか摘んでいこう。そう思い手を伸ばしたが、途中でやめる。どうしてかは分からないが、そのままありのままが美しいと思ったから。本当にどうしてかは私には分からない。
ドアが開く音がする。
「ただいま」
妻だ。常人よりも半音高い訳でもなければ、よく通るような声でもない。けど、この世で私にとって特別な声は唯一だった。だからすぐさま、妻と理解する。優しく笑い、優しく私を抱きしめると一挙一同が私の妻たらしめる。
私は手を引かれる。もちろん手を引くのは他でもない。
「どこへ行くの」
と私が問えば、
「映画でも見に行きましょう」
と答える。
どうだろう。私は歯に噛んでいるのかな。例のように妻は私をどこかへ連れて行ってくれる。とても朗らかで、美しい。
「冷たい」
首筋に刃物でも突き立てられたのではと思ったがそれは液体だと理解する。更には乱雑に私の身体を濡らしれくる、雨だ。いつも急に振られて驚いてしまう。雨が地面を打ちつけるその音で私は恐怖を覚える。匂いが薄れていくからだ。淡い光が徐々に消えていく。安息に安定などなかった。
「雨だね、大丈夫」
高鳴る心拍数を穏やかにするのはいつもその声だ。
ダイナミックな音量が木霊してより一層に迫力を伴う。人がおおかたポップコーンを咀嚼する音が微かに聞こえる。その音と同時に匂いが広がる。映画からこんな会話が聞こえる。
「どうしてこんなに世界は雄大で美しいんだい」
「僕らがちっぽけなだけだろう」
「ちっぽけなお陰で人生は華やかだよ」
「そうかい」
私は目をこじ開けて、ただ満面にブルーライトの光を浴びせて、しょっぱくて生暖かい液体を顔にはしたなく垂らす。映画の映像、えいぞうで液体、湖らしい。そこにぽちゃり、ぽちゃりと音を立てる。二足歩行の鳥が、ただただ歩いて、気づけば羽ばたいた。らしい。分かる気がする、横で妻も泣いているのかな。
「綺麗だ」
そう呟く。
小鳥が囀って(さえずって)いる。どうやら、朝が来たらしい。日差しの暖かさが、肌に伝わってくる。
「おはよう」
いつもの優しい絹のような声だ。
「おはよう」
そう返す。
壁伝いに歩きながら、カーテンの元へ歩く。
少し差し込んでいる光を徐に広げる。
寝ても覚めてもこの世界に夢を抱く。
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