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「おはようございます、お姉様。今日もお美しいですね?」

「ありがとう、エルメラ。ただ、朝一番に顔を合わせて、褒め称えられるなんて驚いてしまうわ」

「そうですか。でも、年々と色香も増したといいますか、どんどんと魅力的になられているお姉様を見ていると、心がなんだか沸き立ってきます」

「そう……そうなのね」


私の言葉に、お姉様は頭を抱えていた。

そういう風に少し憂いを見せた表情も美しい。この場面を切り取って額縁に入れて飾ってもいいくらいだ。

いや、それを躊躇う必要などないだろう。魔法で写真に収めておくとしよう。


「エルメラ、今魔法を使おうとしたわね?」

「あ、ばれてしまいましたか?」

「盗撮はやめてと言っているでしょうに」

「でも、撮りたいと言ってしまったら、お姉様の真の姿を後世に残せないではありませんか」

「残さなくていいから、少なくともこんな朝のみっともない表情は」


お姉様は、自分の魅力をあまり理解していないのだろうか。

これを後世に残せないなんて、人類にとっての損失だ。もしもお姉様が朝起きてどのような美しい顔をしていたかがわからず、それを発端に人類が戦争を始めてその結果が世界が滅びたら、どうするのだろうか。

ただ、そういう自分の美しさに無頓着である所もお姉様の魅力といえる。つまり世界を救うためには、私がお姉様の姿をこっそりと記録するしかない。


「はあ……あなたの本心を知った時は驚いたものだけれど、不機嫌そうな顔をしていた時も、裏ではずっとそんな感じだったのかしら?」

「え? まあ、概ねは……」

「知った時は嬉しかったのだけれどね。段々とちょっと度を越していると思い始めて、年を取れば落ち着くと思ったら、これだもの。もうどうしていいのかわからなくなってしまうわ」

「どうしていいかなんて、そんなのは簡単です。お姉様は、私のことを抱きしめてくださればいいのです」

「……話が繋がっていないのだけれど」


年月が経つにつれて、私も本心を隠す必要がないと思い始めた。

お姉様も力を身に着けたし、それを差し引いても私がお姉様を守れる程の力を身に着けていた。となると、敢えて嫌っているような振りはしなくても良いのである。

という訳である時打ち明けてみたのだが、お姉様は快く受け入れてくれた。その時に言われたことは、今でもよく覚えている。


「お姉様は、私に本心を隠す必要なんてないと仰ってくださいました。甘えたい時には甘えさせてくれると言いました。その時の録音だってありますよ」

「……我ながら余計なことばかり言ってしまったみたいね」

「そんな!」

「まあ、そういうことなら仕方ないのかしらね? いやでも、流石にこの年齢でこの年齢の妹を甘やかすのは……」

「愛に年齢など関係ありません!」


お姉様は私のお姉様なので、家族愛は強い人だ。

だからこのまま押していけば、きっと甘やかしてくれる。

それはもしかしたら、他者から見れば厳しい光景かもしれない。でも、ここは私達の家で他人の目なんてないのだから、大丈夫だ。安心して、私に膝枕とかしてもらいたい。




◇◇◇




「ドルギア殿下、おはようございます。なんですか、その恰好は?」

「おはようございます、エルメラ嬢。あの、僕は何かおかしいのでしょうか?」

「おかしいことはありません。きちんとしています。でも、それが逆に奇妙です。人間味がありません。朝くらいは、もう少しだらしないものではありませんか?」

「だらしなかったら、良かったんですか?」

「いい訳ないじゃないですか。アーガント伯爵家の当主なら、朝でもきちんとしてください」


お姉様に膝枕を断られた私は、あまり積極的に会いたくない人と会うことになった。

どうしてドルギア殿下が、こんな所にいるのだろうか。お姉様と同じ部屋で寝て起きているから行動範囲が近いなんて、考えたくもない。


よく考えてみれば、ドルギア殿下はお姉様に毎日膝枕してもらっているということになる。前世でどんな徳を積んだら、そうなれるのだろうか。

いやでも、ドルギア殿下は今世でも徳を積んでいる人だ。つまり私も、身を粉にして人々に尽くせば、報われるということ?


「エルメラ嬢は今日も元気ですね?」

「なんですか? 藪から棒に」

「いえ、良いことだと思ったのです」

「はっ! はははっ!」

「何故、笑うのですか?」


ドルギア殿下の笑顔に対して、私はもう笑うしかなかった。

この男は、どうしてここまで良い人であるのだろうか。そんなに良い人だと、私が惨めに思えてくるので、やめてもらいたい。

いや、私は悪くない。世界は私を中心に回っている――いや違う。世界はお姉様を中心に回って――いや、イルディオやトルリアを中心に回って――


「エルメラ嬢? あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。私は、偉大な存在ですからね。常人とは違う思考をしているのです」

「そうなんですか? ちょっと変な気がしましたが?」

「変なのは世界の方です」


世界の成り立ちだとか、そういうことを考える。それはきっと、とても難しいことなのだろう。

そもそもの話、人類とはどうやって生まれたのか、それを考える必要がある。

ただ人類が生まれたのは、お姉様やイルディオやトルリアのためなので、理由はそこまで難しくはないだろうか。そう、それは太陽が東から昇って西に沈むのと同じで、神様が定めたこと……


「それにしても、今日はいい天気ですね、ドルギア殿下」

「え? どういう話の切り替え方で……」

「こんな日は皆でピクニックに行くのも、良いかもしれません……そうだ、ピクニック!」

「ピクニックが、どうかしたんですか?」

「木陰で膝枕をされるのは、良いものだとは思いませんか?」

「そ、そうですね……」


ピクニックに行きたいと思うなんて、子供染みているだろうか。

しかし、家族の時間というものは大切だ。仕事にかまけて、過程を省みないような人に、ドルギア殿下にはなってもらいたくない。

だからこそ、ピクニックに行くべきなのだ。ピクニックは全てを解決するのだから。


「……なんだか、年々エルメラ嬢のことがわからなくなってきます。以前はもっと刺々しくはありましたが話はわかりました。態度が軟化してからは、僕の前では言動がおかしいような気がするのですが」




◇◇◇




ピクニックを断られた私だったが、甥と姪とのお茶会があることを思い出したため、すぐに元気を取り戻すことができた。

それはつまり、二人には人を元気にするパワーがあるということ。わかっていたことではあるが、二人は人類の宝である訳だ。

という訳で、私は庭でイルディオとトルリアとお茶会を開いていた。


「叔母様、それでこの魔法は……」

「それ程難しい魔法ではありません。そうですね。水を凍らせる魔法とやり方はそれ程変わりません。要はそれと同じように時間を凍らせればいいのですから」

「叔母様、私も教えていただけませんか?」

「ああ、そちらの魔法は網をイメージするとわかりやすいかもしれませんね。実際に触ってみるのもいいでしょうか」


イルディオとトルリアは、類稀なる魔法の才能を有している。

その才能は、私に匹敵するといえるだろう。私という偉大なる指導者がいることを考えると、私以上に二人は大物になるかもしれない。


ただ、そのことは私達にとってはどうでもいいことだ。

私もお姉様もドルギア殿下も、この子達の祖父母であるお父様やお母様だって、願っていることはただ一つである。

二人が健やかに、幸せに生きてくれたらそれでいい。もちろん魔法の道に進みたいのならそうすればいいが、それについて強制するつもりなんてない。


「……二人とも、魔法は楽しいですか?」

「え? あ、はい。楽しいです」

「叔母様に色々と教えてもらって、本当に感謝しています。いつも本当にありがとうございます」

「そんな風に改まって言う必要はありませんよ。私も二人とこうして魔法のことを話している時間が、とても楽しいですから」


そこで私はふと、庭の一角にある切り株を見つめていた。

その切り株というのは、私の始まりともいえる切り株だ。決して忘れることができない私の忌まわしき記憶の証として残したその切り株を見ると、ふつふつと心の奥底から湧き出してくるものがあった。


だけど今は、少しだけ心穏やかにその切り株を見られている。

それはきっとお姉様が今は健康に過ごされていて、子宝にも恵まれて、良き夫を――


「良き夫を……?」

「叔母様? どうかされたのですか?」

「なんだか、具合が悪そうですけれど」

「いえ、大丈夫です。大丈夫ですとも」


ドルギア殿下は良き夫だろうか。あの人は、次期アーガント伯爵家の当主として、立派にお父様をサポートして、子供達にも慕われていて、何よりもお姉様に優しいだけだ。

いやしかし、お姉様の夫が良き夫でないなんてことがあっていいはずはない。お姉様は幸せになるべき人間なのだから、良縁に恵まれているべきだ。そういう意味では、ドルギア殿下が良い夫でなければ困ってしまう。


「ううっ……」

「叔母様、本当にどうしたんですか?」

「どこか痛い所でもあるんですか?」

「……あなた達もきっと、大人になったらわかります。この世界には、どうしようもなく難しいことがあるのです。そう、例えばケーキを食べたらプリンが食べられなくて、逆にプリンを食べたらケーキが食べられないというような」


この世界には、理不尽というものがある。私はここ数年でそれを学んでいた。

かつては、自分にできないことなどないと思っていたが、今考えるとそれは若かったからなのだろう。今の私は現実を見ることができる大人だ。矛盾した事柄を抱えたまま生きていくことしか、今の私にはできない。


「そ、それは大変ですね……」

「ケーキもプリンも食べたいです」

「それでは、私が食べさせてあげましょう。お姉様には内緒ですからね」

「ほ、本当ですか? ……あ、いや、駄目です。前にも同じようなことをして怒られました」

「お母様はいつも優しいけど、怒ると怖いです。叔母様もあの時は一緒に怒られましたが……」

「甘やかし過ぎていると言われてしまいましたね……お姉様はあなた達に節制することの重要さを教えようとしているのでしょう。貴族として、それは必ず必要なことですから」


何はともあれ、今の私が幸せであることは間違いない。

これからも愛するべき家族と一緒に、私は日々を送っていく。その幸せを邪魔する者には、容赦するつもりはない。お姉様にもイルディオにもトルリアにも、お父様やお母様、それからドルギア殿下にも、指一本触れさはしない。


私は家族を必ず守る。それは意気込みではない。単なる事実だ。

私にはそれができる。なぜなら私は、偉大なる才能を有する者だからだ。


「お父様は味方してくれましたね?」

「あ、そうでした。それくらいは許してあげようって言っていました。私達の誕生日に王都にある集合住宅を買った時よりはマシだって」

「ドルギア殿下は甘すぎますね。もう少しお姉様のような厳しさを身に着けるべきです。あ、あの集合住宅の権利はちゃんと受け取ってくださいね。お二人の個人的な収入源になりますから」




END

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