一之瀬と一夜を共にしてしまった後、二人して眠ってしまった私たち。
昼前くらいに目を覚ました時は、お互い何だか凄く気まずかった事を鮮明に覚えている。
あれから互いにシャワーを浴びた後、私を家まで送るついでと言って外で遅めの昼食を取ってから自宅まで送って貰って別れたのだけど、家で一人になってからもどうしていいか分からず時間だけが過ぎていった。
そして、休み明けの今日。
気まずい気持ちのままで出社した私は職員玄関のところで一之瀬と鉢合わせした。
「あ、お……おはよ……」
「ああ、おはよ」
いつも通り眠そうな一之瀬は軽く欠伸をしながら挨拶を返してくる。
(……あれ? 何か、いつもと変わらない?)
あんな事があったというのに何ら変わりない一之瀬の態度に若干拍子抜けした私は彼と共に中へと入る。
更衣室は三階にあるので二人でエレベーターに乗り込み、ドアを閉めた一之瀬は『三階』のボタンは押さずにそのまま『閉』のボタンを押した状態で一言、「あれから、考えてくれた?」と問い掛けてきた。
「……えっと、まだ……」
考えていなかった訳じゃないけど、私の中では数日で決められる事でもないから『まだ』と答えると、その答えが不服だったのか少し拗ねた表情を浮かべる一之瀬。
「……ごめん、やっぱりすぐには決められないから、まだ少しの間は保留にさせて欲しいの……駄目、かな?」
勢いで付き合って万が一駄目になって、お互い気まずくなるのは何よりも嫌だった私はもう少し考えたいからと返事を暫く保留にしたい旨を口にすると、「分かった。けど俺、今までみたいな『仲良しな同期』って立ち位置のままは嫌だから、積極的にアピールするつもり。それはいいよな?」なんて言いながらどこか意味深な笑みを浮かべていた。
(一之瀬、変わり過ぎでしょ……)
私の事なんて恋愛対象に見ている訳が無いと勝手に思っていただけに、あの日から驚く事しか無い。
「何だよ? 睨む事ねぇじゃん……」
「睨んでないよ。ただ、そんな風に余裕ぶってるところが気に入らないんだもん……」
「別に余裕ぶってなんかないっつーの」
「どーだか」
一之瀬が行き先のボタンを押した事でエレベーターはようやく上昇し、あっという間に三階へ辿り着いてドアが開く。
共にエレベーターから降りて、隣合っている男女別の更衣室のドアノブにそれぞれが手を掛けた瞬間、「それじゃ、また後でな、陽葵」と私の名前を口にした一之瀬はニヤつきながらこちらを見ると、そのまま更衣室の中へ入って行った。
「なっ……何で今このタイミングで名前を呼ぶのよ……まだ恋人でも無いのに……」
まさか名前を呼ばれるなんて思っていなかった私は急に呼ばれた事に戸惑うばかり。
そして、ただ名前を呼ばれただけなのに、何だか鼓動が酷く騒がしい。
(……一之瀬の事は、嫌いじゃない……。話も合うし、外見だってなかなかだし、仕事も出来るし、身体の相性だって……結構良かった……)
考えれば考える程、私にとって一之瀬が一番合っている気がする。
(……この際、お試しで付き合ってみる……とか?)
そんな考えが脳裏を過ったけれど、それはやっぱり違う気がした。
(一之瀬は真剣に私の事を想ってくれて、きちんと想いを伝えてくれたんだから、やっぱり中途半端は良くないよね)
次の恋こそは幸せになりたいし、大切な存在だからこそ、真剣に時間を掛けて向き合いたい。
今日から仕事もプライベートも気持ち新たに一之瀬と接していこうと心に決めた私は一人気合いを入れながら荷物をロッカーに入れて更衣室を後にした。
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