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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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篠崎は見積もりが作り終わると、隣に座る由樹に視線を移した。


「お前、時間あるか」

「あ、えっと」

「あるわな。ちょっと来い」

言うなり、パソコンを閉じた。

「小松さん、今日の打ち合わせ、こいつも同行していきます」

「わかりました」

小松もパソコンのディスプレイを落とすと、厚みのある鞄を持ちあげた。


「猪尾。俺と小松さんと新谷、早出。朝礼頼むってナベに伝えといて」」

「あ、わかりました」

猪尾が手を上げる。

「行くぞ。俺は仲田さんを拾っていくから、お前は小松さんの車に乗せてもらえ」

言いながら立ち上がる篠崎に頷く。

「はい、わかりました」

と、その顔がゆっくり振り返った。

「お前」

「……はい?」

「絶対、寝るなよ?」

「あ、はい」

生憎そこまで神経図太くできていない。

「自分の家づくりだと思って、真剣に話を聞けよ」

「わ、わかりました!」

篠崎が颯爽と展示場を出ていく。


重そうな荷物を引きずるように両手で持っていく小松に続き、由樹も展示場を出た。




篠崎がハンドルを握るアウディーが独特の低いマフラー音を響かせながら、社員駐車場を抜けて行く。

思えば篠崎の営業姿を見るのは、初めてだ。

自然と胸が高鳴るのを抑えられずに、由樹は小松のステーションワゴンに乗り込んだ。


「さっきの、どう思った」

国道に出ると、小松はチラリともこちらを見ないまま聞いてきた。

「さっきの、というと?」

「だから」

イラついたように舌打ちをする。

「篠崎マネージャーのやり方、だよ」

「やり方、というと…?」

ピクピクと鼻の下が震える。

「だから!篠崎さん、さっきインテリアの見積もり見ながら悩んでただろ!どう思ったかって聞いてんだよ」

急に出した大きな声に由樹は固まりながら、唇だけ動かした。

「ツートンで下がターコイズで上がディズニーで素敵だと思いましたぁ!」

「…………」

一級建築士は、今度は黙り込んでしまった。

(この人、こんな感じでお客様と打ち合わせできんのかな…)

余計な心配をしていると、小松は先ほどまでとは比べ物にならない静かな声を出した。


「そうか。まだ家を売るどころか展示場デビューもしていない君はまだわからないんだな。じゃあしょうがない」

「すみません……」

その言い方に少なからずもカチンときながら由樹は次の言葉を待った。

「営業の成績というのは、契約棟数+1棟単価で決まるんだ。棟数も大事だがそれ以上に、その家に対する金が高ければ高いほど、成績は上がる。

だから営業の中には、打ち合わせをしながら少しずつ金額を上げる奴が珍しくない。

業界全体でも事前契約から、本契約の間に平均で200万円~300万円あがると言われている」

「そんなに、ですか」

驚いた。そんなお金があったら、母親から継いだ車が新車で2台は買える。

「天賀谷展示場の時雨なんかはそれがあざとい。キッチンも洗面台も、畳もカーテンも、全て二択で客に提示する。当然、ものが良いほうを選ぶ。その積み重ねで、トータルで400万円ほど上げるのが奴のデフォルトだ」

「う。えげつないすね」

時雨の常に馬鹿にしているような目つきを思い出す。

「一方、篠崎さんは、事前契約で交わした見積もりから、はみ出さないことに神経を注いでいる。さっきのクロスだって、十人の営業がいたら十人とも全部ディズニーにするよ。客の希望だからって。家や設備が見積もりをはみ出さなければ、インテリアがちょっとはみ出たくらい微差の範囲内だろって。でもその微差の積み重ねが、家単位で見ると、何百万に相当するんだよ」

「なるほど……」

「だから見積もりに忠実に。手を抜かない。その積み重ねが、契約時の見積もりと十万も変わらない、本当の微差に収める彼のやり方だ」


言葉が出ない。

これは何だろう。


感動?

尊敬?


そんな形容詞では表現できない。


「どっちの営業が正しいか間違っているかって話ではない。どっちの営業を目指すかって話だ」

小松は前を向いたまま言った。

「要は、どっちの営業から家を買いたいか。それに尽きると思うけどな」


「……そんなの、決まってます」

由樹が大きく頷きながら言うと、小松はちらりとこちらを向いて微笑んだ。

「その気持ち、忘れるなよ」

一瞬で無表情に戻った小松から視線を移し、由樹は前方を走るアウディーを見つめた。


(だめだ。俺……やっぱり……)


その続きは例え心の中であっても言葉にしないでおいた。


言葉にしてしまったら、誰も幸せにならない未来しか待っていないような気がして。


一度でいいので…

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