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夕刻の霧が山裾を這い、朽ちた鳥居を越えた先に、その屋敷はあった。
かつては大地主の別邸だったというが、今では主も使用人も絶え、ただ“本”だけが主を務めているという。
四季が封筒を握りしめていた。古びた便箋には、墨が滲むように一文。
「貴殿にのみ、読まれるべき書がある。」
差出人の名はなかった。
ただ封蝋に刻まれていた奇妙な印章――それが神門の眼を引いた。
神門:「……この紋、見覚えがあるな」
低く呟いた彼の声は、霧を裂く刃のように鋭かった。
神門:「かつて、鬼籍に封じられた“識の血脈”の印章だ。まさか、残っていたとはな」
四季:「血脈? つまり、あれか。読んだら死ぬ系の本ってやつ?」
四季が軽く笑ってみせたが、その笑いにはいつもの軽薄さはなかった。
彼の直感が告げていた。この館には、“読むこと”そのものが罪になる。
二人は軋む門を押し開けた。
庭には人の気配はなく、風の通り道に散らばるのは、破れた紙片と赤黒い染み。
まるで本の血が流れたように、敷石の隙間を染めていた。
四季:「……ここ、ほんとに人いんのか?」
神門:「いや。おそらく、“まだ”いる」
神門の眼差しが、闇に沈む玄関の奥を射抜いた。
扉は開いていた。
迎えるもののない屋敷に、彼らは足を踏み入れた。