青龍に手を引かれ
静かに部屋を後にしようとするアリア。
無言のまま歩き出した
その瞬間⋯
彼女の深紅の瞳が
ふとレイチェルの
エメラルドグリーンの瞳を捉えた。
一瞬
身体が凍りついたような
感覚に 襲われる。
まるで
炎を硝子玉に封じ込めたような瞳。
揺らぎもせず
燃え上がる事もない。
ただ静かに
深く
その双眸が真っ直ぐ
レイチェルを見下ろしていた。
無表情のまま
何も語る事無く
ただ数秒間⋯二人は見つめ合った。
冷たい筈の視線が
何故か痛い程に熱かった。
レイチェルは口を開きかけて
言葉を飲み込んだ。
結局⋯
何も言えなかった。
アリアは
次に時也へと視線を移した。
言葉は交わさない。
けれど
何かが確かに伝わっているのだろう。
時也は
微笑みを返すと静かに頷いた。
そのままアリアは
青龍に手を引かれ
静かに部屋を出ていった。
扉が閉まる音が
妙に重々しく感じられた。
「アリアさんは⋯⋯」
時也の声が
レイチェルの耳を引いた。
「貴女の事が、とても心配なのですよ」
「⋯⋯え?」
思わず顔を上げる。
あの無表情の瞳が
自分を〝心配〟していたというのか。
「でも⋯っ」
レイチェルの胸に残るのは
あの痛みのような
燃えるような視線。
レイチェルの瞳が
アリアが出て行ったドアを見つめる。
「⋯⋯アリアさんが⋯その⋯⋯
私に刺されたのに、無事なのは⋯⋯」
言葉が詰まり
途切れがちに声を繋いだ。
確かに『殺した』感覚はあるのに
彼女は⋯⋯生きている。
そう〝何事も無かった〟かのように。
「さっき言ってた
不死鳥のせい⋯⋯なんですか?」
問いかけると
時也の表情が僅かに曇った。
笑みが困ったような
何処か痛みを滲ませたものに変わっていく。
この質問が 彼にとって
『一番辛いもの』なのだと
瞬時に理解した。
「⋯⋯はい」
時也の声は
先程よりも
さらに静かだった。
「アリアさんはその身体に⋯⋯
不死鳥を宿しています」
ー不死鳥ー
その言葉が落ちた瞬間
レイチェルは背筋に冷たいものが
駆け上がるのを感じた。
その言葉が
突き刺さるように脳裏に響く。
理解するより早く
全身が震えた。
それは⋯恐怖だった。
理由は分からない。
けれど
この恐怖は⋯⋯
(⋯⋯前世の、魂⋯⋯?)
自分の中に眠る
知らぬはずの記憶が
冷たく息を吹きかけた。
「彼女は不死鳥が宿る限り⋯⋯
何があっても死ねません」
「⋯⋯何が、あっても?」
「ええ」
時也は目を伏せ
言葉を選ぶように
ゆっくりと続けた。
「しかし
不死鳥の産まれ直しの儀式が済み
その後女児が産まれると
不死鳥と不老不死の能力は相伝され
やっと⋯⋯
不老不死の呪縛から
解放されるのだそうです」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯アリアさんは
既に1000年もの永い時を
耐えていらっしゃいます」
「1000年⋯⋯っ?」
レイチェルは思わず息を呑んだ。
1000年もの間
彼女は絶望の中で生き続けた。
「僕は⋯⋯」
時也の声が僅かに震えた。
「⋯⋯彼女を解放し
人間としての最期を
夫として
共に迎えたいのです」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
その言葉の重みが
胸の奥に深く沈み込んだ。
死ねずに
ただ生き続けた1000年。
失った同胞の声が
耳と心に焼き付いたまま
孤独と罪の意識に堪え続けていたのだ。
(⋯⋯彼女は⋯どれほどの絶望を⋯⋯)
レイチェルは
アリアがひとり
耐え続ける光景を想像し
言葉にできぬ程の苦しみを覚えた。
気が付けば
レイチェルの肩は震えていた。
茶の湯気が
静かに立ち昇り⋯消えていく。
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