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その日の夜。
雅史が帰ってくるまでの間、成美と電話で話した。
『えっ、ホントにそんなことしてる人いるんだ!ちょっと興味あるなぁ』
久里山の仕事の話をしたら、俄然興味が湧いたらしい成美。
「実際にはどんなことするか知らないよ。でも女にはモテるタイプの男だから、疑似恋愛みたいな感じになるのかなぁ?」
『けど、できないんでしょ?前戯だけをレクチャーするのかな。いや、何かマッサージ的なもので感覚を研ぎ澄まさせてくれるのかな?なんにしても興味ある!』
こんな会話をしていると、成美はホントに肉食女子なんだと思う。
「ホントに興味あるなら連絡先教えるよ」
『ありがと。それよりさ、杏奈が気になってる……遠藤さん、だっけ?その人とはどうなの?』
「どうなのって、何もないよ。あ、なんか離婚するらしいって聞いた。それ聞いたらなんでか寂しい気分になった」
『ふーん……それってやっぱり、推しを見てるような感覚なんだね、好きな俳優には幸せでいて欲しいみたいな?』
遠藤という男性に魅力を感じているのは、確かな感情だ。
清々しいほど清潔で、落ち着いた話し方で頭脳明晰でスーツとメガネが似合って、そして私なんかには何の感情も持っていないところがいい。
メッセージでそれなりに親しく会話をしているようで、心のうちをチラリとも見せてくれなくて、相変わらず透明な壁を感じる。
いつかその壁を越えて遠藤のテリトリーに入ってみたいと思うけれど、それはやっぱり《推し》に対する気持ちと似ている気がする。
「推し……そうかもしれない。だから成美みたいな経験はできないかな?」
その時はそう思っていた。
◇◇◇◇◇
雅史から“佐々木夫婦がハネムーンのお土産があるから遊びに来たいって”という連絡があった。
_____妊婦さんに優しいお茶を用意しとかないと
圭太をお母さんに預けて、おおきなショッピングセンターまで足を伸ばした。
無添加のパンケーキの素とカフェインレスのお茶を買っての帰り道、広い公園を見つけた。
「圭太がいたら喜んだだろうな。今度連れてきてあげようかな」
ジョギングをしてる人や犬の散歩をしてる人、砂場で遊ぶ子どもを見ている保護者。
_____あれ?あれは多分……
少し離れたベンチには、遠藤が一人でぼんやりと腰掛けていた。
事務所以外で会ったことがうれしくて、声をかけた。
「遠藤さん!」
遠藤は私には気がつかず、じっと前を向いている。
何かを見ているようで、その視線の先には何もない。
近づいて声をかけようとしたけど、できなかった。
_____泣いている?
少し暑いくらいの日差しに照らされて、子どもが遊ぶ声やそれを見て微笑ましく話しかける声が聞こえるのに、遠藤だけがピタリと動かない。
いつものようにきちんとした身なりで、細かな文字を見る時には欠かせないと言っていたメガネをしていて、事務所で会う遠藤と変わらない。
なのに、とても沈んで見えて声をかけるのを躊躇ってしまう。
_____何があったんだろう?
遠藤から3mほど離れた位置で、私は立ち止まったままだ。
ふぅと息を吐いて思い切って声をかけようとした時、遠藤が振り向いた。
「あ、岡崎さん」
「あ、あの、こんにちは。こんなところでお会いするなんて」
遠藤が座るベンチに近づき、“隣、いいですか?”と座った。
「うち、ここから近いので。そういえば先日は突然休んでしまって申し訳なかったです。久里山君だったから問題はなかったと思いますが」
「はい、大丈夫でした。遠藤さんは大丈夫でしたか?体調でも崩したのかと」
「えぇ、まぁ……」
久里山からは“離婚するかも”と聞いていたけれど、それは本人には言えない。
しばらく無言の時間が流れた。
ベンチに並んで座っているので遠藤のパーソナルエリアに入れたようで、なんだかドキドキしたけれど、そんな私にはおかまいなく、遠藤はどこか遠くを見ている。
「難しいですね、夫婦って」
不意に耳に届いた遠藤のセリフに、ハッとした。
「何かあったんですか?」
「妻から離婚を切り出されました。僕がそばにいることでとても息苦しくなるそうです」
「息苦しい?」
「僕が妻と息子のためにとアレコレやることが、妻には重荷になる。そしてそんな僕には魅力を感じなくなってしまったと」
「重荷?魅力?」