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『あ……でも、それは』


希咲の提案に、元不倫相手の中山は面白いくらいの動揺を見せた。落ち着きなく視線をさ迷わせる優柔不断な様子は、以前と少しも変わらない。


不倫のはじまりもそうだった。


関係を持つ前は、希咲の誘いに乗りたそうにしながらも、一歩踏み出せずにぐずぐずと迷っていた。基本的に小心者で悪いことはできないタイプ。けれど流されやすく誘惑に勝てない心の弱さがある。どこにでもいる普通の男だ。つまりとても扱いやすい。


『それは、なに?』


希咲は中山に一歩近づき、彼を見上げながら首を傾げた。


『あの……今後の関わりを持たないと約束したから』


『ああ、そういえば、そんな話があったね』


不倫の示談のときに、名木沢が勝手に決めた決まり事だ。希咲にとって大した抑制力はないが、中山は今もまだ縛られているらしい。


『あれからもう二年以上経っているし時効でしょ。それに偶然会うのはどうしよもないと思うけど? それとも私に出歩くなと言うの?』


『い、いや、そんなことは言わないよ。でも……』


歯切れが悪い中山に、希咲はくすりと笑った。もう少し押したら彼は希咲を拒否できなくなる。

ところが、それまで無言だった彬人が割り込んできた。


『中山、これ以上関わるな』


『あ、彬人、でも……』


『誰が一番大切なのか思い出せ』


希咲と彬人に挟まれ動揺していた中山は、彬人の短いけれど強さを感じる言葉で、正気を取り戻したように、しっかりと頷いた。


『あ、ああ……そうだ』


中山が希咲に目を向けた。彼の眼差しから戸惑いが消え、代わりに強い意思が宿っている。


『希咲さん、ごめん。今後は俺を見かけても声をかけないでほしい』


『それ、本気で言ってるのかな?』


『ああ……それじゃあ、行くよ』


中山が希咲に背を向けて去っていく。希咲の視線を感じているはずなのに振り向かないが、彬人が希咲に視線を向けた。それは間違いなく軽蔑の目だった。


希咲は顔をしかめて舌打ちをした。


(……あのふたり、むかつく)


中山は妻を失わないために、希咲を切り捨てた。そして、希咲をまるで邪魔者を見るような目で見た。そう仕向けたのは彬人だ。


中山に対して未練などないが、このままでは気が済まない。


希咲は翌日、ソラオカ家具店本社の前で、中山を待ち伏せした。


彼は初め驚き迷惑そうにしていたが、弱弱しく涙をみせたら、たちまち態度を変えて希咲を慰めはじめた。そこから食事に誘い、酔わせてホテルに行くのは笑えるほど容易かった。


中山と抱き合うのは久しぶりだ。彼は夢中になって希咲を求めたが、事後は後悔に苛まれているのか頭を抱え項垂れていた。


(ほんと馬鹿だよね、おかげでやりやすいんだけど)


希咲は哀愁を感じる背中に、そっと抱き着いた。


『ねえ、そんなに心配しなくて大丈夫だよ。今度は絶対にばれないから』


『い、いやでも、妻はあれから俺のスマホをチェックしてるんだ』


『ええ? まだそんなことしているんだ』


『俺が悪いから仕方ないんだ』


『でも本当は不満でしょう? そんなことをしたら、ますます夫婦仲が悪くなるだけなのにねえ』


『……』


中山は答えない。図星なのだろう。


希咲はベッドに乗り上げ、浮かない表情の中山の隣に座り込んだ。


『監視されているなら、スマホでやり取りしなければいいね』


『え? もう連絡を取らないってことか?』


後悔に沈んでいたはずの中山が、ショックを受けたように言う。希咲は口角を上げて笑った。


『それは嫌でしょう? だから会社のメールでやり取りしましょう。奥さんには絶対にばれないし、文面も私が上手くやるから任せて』


『わ、分かった』


中山はほっとしたような、不安そうな複雑な表情だ。


(まあ、用が済んだらさよならだけどね)


希咲の目的は、彼から必要な情報を得ることだ。万が一妻に見つかったら中山は終わりだろうが、希咲の方は揉めても大したダメージはない。最終的には頼りになる夫になんとかさせればいいのだから。


『ねえ、この前一緒にいた人なんだけど』


『この前? ああ、彬人のこと?』


『そうそう。彼は中山君の同僚らしいけど、すごく仲が良さそうだったね。私たちのことを知っていたみたいだし』


『あ……うん。同期で気が合うんだ。俺がへましてフォローしてもらうばかりだけど』


中山が自虐的に笑う。きっと事実なのだろうと希咲は思った。あの僅かな時間でも、中山と彬人は対等に見えなかった。


『しっかりしてそうだったもんね。出世で負けちゃいそう?』


上目遣いで聞くと、中山が頬を染めた。


『あ、ああ。でもそれは当然なんだ。彬人は社長の親族だから』


『えっ、そうなの?』


思いがけない情報に、希咲は本気で驚いた。


『……ということは、空岡園香さんとも親戚?』


『もちろん、そうだね』


『仲がいいのかな?』


『ああ、会社でもよく話してたよ。確か再従兄(はとこ)だったかな』


『ふーん……』


希咲に敵意を向けてきた彬人が、園香の親族だったとは。


『もしかして、園香さんも不倫のこと知ってるのかな?』


『知らないと思う』


『本当に?』


『彬人は口が堅くて信頼できるやつだから。いくら園香さんと仲がよくても俺の不倫については言うはずないよ。心配しなくても大丈夫』


能天気な中山は完全に彬人を信じ切っている。


たしかに彼は口が堅そうだ。中山のように流されることはないだろう。味方に居れば頼りになるが、敵にしたら厄介なタイプ。


今のままでは、彬人は園香の心強い味方になるかもしれない。


(それは許せないよね)


『ねえ中山君、私と彬人君が会えるようにしてくれないかな?』


『えっ、どうして?』


『不倫の件は口外しないでくださいって、私から直接お願いしたいの。実は、すごい偶然なんだけど、私の上司が園香さんの夫なの。だから絶対に不倫の件を知られたくなくて』


中山が驚愕の表情を浮かべる。


『そうだったのか……驚いたな』


『私、美倉空間をクビになってから、なかなか就職出来なくて大変だったの……やっと見つけた今の仕事を辞めたくないの。だから、彬人君にお願いして安心したいの。だから中山君が協力してくれないかな?』


前職を解雇になって苦労した部分を全面に出してみた。不倫の当事者でありながら、今も職場に残っている中山の罪悪感を揺さぶり、お願いを聞かせるためだ。


狙い通り彼は希咲の言いなりになった。


仕事後に彬人を飲みにつれ出し、そこに希咲が合流する段取りだ。


店はソラオカ家具本社近くにあるホテルのバーだ。


『こんばんは』


彬人は希咲の顔を見ると、たちまち顔をしかめた。


『中山、どういうことだ?』


偶然ではないと瞬時に察したようで、中山に責める視線を向けて低い声で問う。


『あ……彬人、ごめん。でも希咲さんから、大切な話があるんだ。どうか聞いてくれないか?』


『大切な話?』


彬人がいぶかしげに希咲を見遣る。同席の許可が出た訳ではないが、希咲は構わず中山の隣の席に腰を下ろす。彬人の眉間のしわが更に深くなった。


『空岡園香さんに関することです』

『園香の?』


彬人の警戒心が一層高くなるのを感じた。


(ふーん、彼女のことがすごく大切なんだ)


園香と彬人がどんな関係なのかは知らないけれど、おらくただの親族以上の感情を園香に対して向けている。希咲が園香を悪く言えば、きっと激怒するだろうから、しばらくは慎重に話さないと。


『実は私の雇い主が、園香さんの夫の冨貴川瑞記さんなんです』


彬人の切れ長の目が、僅かに見開く。彼の関心を引いたのを確信して、希咲は口角を上げた。


『中山君から、彬人君は園香さんの親族だと聞きました。それで私の過去の不倫がいつか冨貴川さんに伝わるんじゃないか不安で……』


一度言葉を止めて、彬人の様子を窺う。


『口止めしに来たということか』


『そうです。園香さんには言わないでほしいんです』


にこりと微笑む希咲に対し、彬人は無表情を崩さない。


『他人の不倫を言いふらす趣味はない』


『そうですよね。彬人君、口が堅そうだもの』


『そのなれなれしい呼び方は不快だからやめろ』


彬人がぎろりと睨みながら言う。


『ごめんなさい、つい癖で』


希咲はショックを受けたように、目を伏せる。すると黙ってやり取りを聞いていた中山が割り込んできた。


『彬人、呼び方くらいでそんなきつい言い方をしなくてもいいだろ?』


『中山は口出ししないでくれ』


放っておいたら、言い争いを初めてしまいそうだ。希咲は苦笑いをしながら、ふたりに割ってはいる。


『中山君私は大丈夫だよ。彬人君も、話を脱線させないでね。それでお願いの続きなんだけど……』


そのとき、中山のスマートフォンから着信音が鳴った。


『あ……』


画面を確認した中山の顔色が変わる。彼は希咲に断り席を外す。しばらくと慌てた様子で戻ってきた。


『ごめん。すぐに帰らないといけなくなった。妻が怒っていて』


『そうなんだ。ここは大丈夫だから帰った方がいいよ』


希咲はにこりと笑顔で言った。彬人は怪訝そうに中山が去っていく姿を見ている。


ふたりきりになると、彬人は深いため息を吐いた。この状況が苦痛でも言いたげだ。

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