※続きです!
⚠️旧国(しか出てこない)内容的に少し21話目の続きっぽいところがあります。あと、少しばかりCP表現のようなところがあるのですが、(私の中では)決してCPでは無いので、ご注意ください…
そこそこ長いです。
「………はい、これ。……勝手にキッチン使って悪かったな。たまたま茶葉見つけたから緑茶淹れてみたんだ、よかったら飲めよ」
目の前に盆とそれに乗ったティーカップ二つが無造作に突き出された。カチャンという微かな音と共にカップの中の濃厚な緑色に染められたお湯が揺れた。見上げてみると、盆を手にした彼はすでに、もう片方の手の中にティーカップを一つ持っていた。
「全く、探したって湯呑みのひとつありゃしない……これじゃ風情も何も無いな」
言いながらカラカラと笑った彼の顔と盆の上とを変わる変わる見ると、思わず吹き出してしまった。
「……ハッ、確かに。風情はねぇなぁ」
「だろ?」
「まあしょうがないな、緑色の紅茶とでも思えば良いだろう」
「……流石にキツいだろそれは……」
ひとしきり笑い合う。礼を言ってティーカップ二つを受け取ると、自分と同じ様に隣に座っていた長身の男に一つ差し出した。
「……ほら、茶、淹れてくれたんだってよ……飲めるか?」
「………」
微かに頷いた彼の手にティーカップを握らせる。
「緑茶とか生前飲んだきりかな……懐かしいな、早速頂くわ。ありがとな、日帝」
その言葉を聞いた猫耳が、嬉しそうにピクピクと左右に揺れた。
所変わって、ソ連の家、ソ連の部屋にて。ソファにぐったりと身を沈めたソ連の隣に座るは、かつてのかの残虐な第三帝国ことナチスと、その傍らにはその昔アジアの狂犬と恐れられた(どちらかといえば猫であるが)日帝がティーカップ片手に盆を手持ち無沙汰に持って突っ立っていた。ティーカップと日帝というなんともアンバランスな組み合わせは、もれなくナチスの失笑を買った。
カップに口をつけ、一口啜ったナチスが言った。
「いやしかし、さすが日帝だな。茶の入れ方を心得ているというか……めっちゃうまい。なぁ、ソ連も飲んでみろよ」
「………」
彼に声をかけられて初めて、自分の手の中にティーカップがあることに気づいたかのように目を小さく見開いたソ連は、微かに頷いてからカップに口をつけた。
「……うまい」
「だろ?」
ニッと笑ったナチスも、何でもないそぶりを装いつつ茶を啜る日帝も、実は二人とも心配そうな視線を自分に向けているのをソ連は感じていた。今はなぜか、その心遣いによる優しさが痛かった。なぜかはわからなかった。だがその心当たりなど一つしかない。
ナチスも日帝も、今やもはや、古くからの友人であったかのようにソ連は錯覚していた。そんな彼ら二人の子どもが生きる、今日の現世で。
自分の息子らが戦争を始めたのだ。あの、血に塗れた、忌まわしき殺し合いを。
「ナチ……日帝。お前たちは……怖くは、無い……のか?」
ソ連が掠れた声を上げた。ナチスも日帝も動きを止めた。
「怖い?……何がだ?」
ナチスがソ連の目を覗き込む。ソ連の目は黒く沈んでいた。彼の唇が震えた。
「……その、自分の子どもが……いつか、今よりもっと……いや、かつての自分より、もっと大きな、過ちを犯してしまうんじゃないか……って」
「………」
ナチスも日帝も、なにもこたえなかった。ただじっとソ連の言葉の続きを待っている。
「……既に、もう、手遅れなのかもしれない……。けど、あの子が……あの子たちが、今よりもっと、酷い……殺し合い、を、始めて……しまったら」
「……」
「そして仮に、最悪の事態に……転んでしまったら」
「………」
「俺、は…………」
「……………なぁソ連」
ナチスが静かに自分の名を呼ぶ。深く俯いていたソ連は少しだけ、顔を上げた。
「ソ連はさ、」
「………」
「一人の男のことを誰が一番信じてやってると思う?」
「……ぇ……?」
ソ連は、ナチスが何を言っているかわからない、と言うような顔をしてナチスを見た。
「例えばさ、ここに一人の男がいたとするだろ?」
そう言うとナチスはピッと右手の人差し指を立て、話し始めた。
「こいつには何人か兄弟がいる。こいつはその兄弟の長男で、成績優秀、仕事はできるししかも顔も良くて、性格は少し静かすぎるかもしれないが、すげぇ兄弟思いの良いやつだとする。ガールフレンドもいりゃ最高なんだが……まぁ俺はこいつのことよく知らないからそのことは置いといて。で、こいつが失態を犯したとする。彼は政治に関わる仕事を持ってたんだが、その仕事の中で、だ。もちろん国が傾くかもしれない大失態で、こいつの沽券にも関わるときた。そんなこんなでこいつはもう自暴自棄になっちまって、何人もいた仲間にも見放されそうになってて、あんなに仲が良かった兄弟からも冷たい態度を取られるようになっちまった───。で、ここで問題」
ナチスはティーカップをすぐそばの窓のサッシに置くと、両手を広げた。
「こいつがどんな苦境に陥っても、一人だけ絶対に、こいつのことを見捨てない人がいました。……さぁ誰でしょう?」
「………は……?」
「まぁそう深く考えずに答えてみろよ」
ナチスの顔をまじまじと見つめたソ連だったが、少しばかり悩み、やがて目を伏せた。長いまつ毛が、目元にバサリと影を落とす。
「お?降参?」
「………ん……」
不満気な声を上げたナチスは日帝を見た。
「日帝は分かったか?」
「愚問だな……もちろんに決まっているだろう」
「自信は?」
日帝はにんまりと笑って、ナチスをしっかりと見据えると、
「自信しかねぇよ……二児の親なめんな」
と言い放った。ナチスが満足そうに笑う。
「んじゃ、答え合わせといこうか。この哀れな男のことを、最後まで絶対に見離さず、見捨てなかったのは誰でしょーか?」
日帝が間髪入れず答えた。すごく短い、二音節。
「親」
…………パチ、パチ、パチ、と、ゆっくりとした拍手の音が響いた。
「………お見事」
ナチスが手を叩きながら日帝に笑いかける。
「その通りだ、日帝。この問題の答えは、“親”。彼の親だけが、この男のことを決して見捨てず、いつかまた自分に笑いかけてくれることを願って、息子がどんな状態になろうと、息子のことを信じ続け愛し続けることができたんだ」
少しだけ涙に腫れた目で、ソ連はナチスを見た。まるで、彼の言うことを一言も聞き逃すまいとするかのように。
「……同じだよ」
少しの間の後、ナチスが柔らかく、言った。
「………は?」
「それと同じだよ、ソ連」
どういうことかわかるか?と、ナチスが問う。ソ連は答えられない。
「ソ連は、俺と日帝に、怖くは無いのかと聞いたな。自分の息子が自分より大失態を犯しちまうんじゃないか、誤った選択をしてしまうんじゃないか………ってな。確かに気がかりではあるな。俺はあいつらの、いや……今はもう一人だな……あいつの成長を、満足に見届けてやることができなかったからな。その前に俺がくたばっちまった………でも」
ナチスは一旦言葉を切ると、ソ連をしっかりと見据えた。その強い眼差しに射抜かれたように、ソ連も、彼から目を逸らせない。
「でも、怖くはない。あいつは確かに小さな過ちなら犯すかもしれない、でも、あいつが自滅しちまうくらいの大失態を犯すだろうってことに───俺は、少しも恐怖なんか抱いてないぜ」
「……な、んで………」
「それは……」
ナチスは軽く息を吸い込んだ。決意の表明をする、その準備のように。
力強い声がソ連の耳を打った。
「信じてるから」
「……っ」
ヒュウ、とソ連の喉が鳴った。
……あぁ、ナチスは。かつての鋭い牙を持った狂犬は。こんな、表情ができたのか。
純粋な顔だった。その顔は限りなく穏やかであるにもかかわらず、奥底には誰にも打ち砕けない強い力がみなぎっているのが伝わってくる。自信、とでも言おうか。いや、自信よりもさらに純粋で透明な何か。どこまでも透き通っていてやわな見た目なのに、どんなに強力なハンマーで叩いても決して割れない、美しい水晶玉のような。
「……………ソ連。お前、さっきさ、お前の息子二人……ロシアとウクライナに、会いたいって言ってたろ」
「………」
「絶対に二人には死んでほしくない。絶対に俺らのいる“こっち側”になんか来てほしくない。……でも」
「………」
「会いたいんだろう?」
「………っぁ、」
「会って、抱きしめてやりたいんだろう?」
「……、……」
今にも泣きそうな顔になって頷いたソ連を見て、ナチスは顔を綻ばせた。
「そう思うのは、お前が、お前の息子である二人のことを、この上なく愛してやってるからだよ……ソ連」
その言葉に呼応するかのように、ソ連の大きく見開かれた目の縁からボロボロと大粒の涙がこぼれ出してゆく。
「お前が恐怖を抱くのは、二人のことを信じてやれてないからじゃない。二人が死ぬのが怖いからだ。二人が死ぬのが怖いのは、お前が二人のことを愛しているからだ。……よく考えてみろ、ソ連。お前は心のどこかでは、ロシアのこともウクライナのことも、しっかりと信じてやれてるはずだぞ。なぜなら───信じるっていうことは、そいつのことを愛してやれてないと到底、無理な話だからだ」
ナチスは笑った。笑いながら、ソ連の目から溢れ出して止まらない涙を拭ってやる。
「今は確かに、現実を受け入れられないかもしれない……戦争が起きたという現実を。しかもその戦禍の中心に、自分の愛する息子たちがいることを。でももう分かるよな?ソ連。あいつらを心の底から信じてやれるのはお前しかいない。そしてその気持ちをすでに、お前は持っている。だから………」
ナチスは、右手を優しくソ連の左頬に沿わせると、そのまま親指で涙を拭った。
「だから、もう、泣くなよ、ソ連…………」
「………あいつは、俺より頭が良いから。俺より賢いし周りの声だって聞ける。決して俺みたいに、独裁なんて馬鹿げた真似はしないはずだ。ちょっと優し過ぎるのが玉に瑕だが……はは、その点はもう少し俺に似ても良かったんだがなって、思うけどな………」
「……俺だって、二人のことを愛してるし、信じてやれてる。……俺はアメリカに負けた。敗戦したとき、俺はこんな奴に負けたのか……って、現実を認めたくなかった。正直、まだ幼かった二人の……兄の方の手をアメリカが引いて、もう一人の本当に幼い妹がアメリカの腕の中に抱かれてるのを見て、身体の傷で死ぬ前に憤死しそうだった。でも、あの二人をアメリカに託したのは……決して諦めたからじゃない。この二人なら、忌まわしい米帝に染まることなく、俺の未来を託せると、そう、信じていたからだ」
「俺、は、………、……」
ソ連は、言葉をうまく繋げられないようだった。口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、やがて、悔しそうな顔をして俯いた。
「……大丈夫。大丈夫だから。俺たちはちゃんと、分かってるよ。あとでゆっくり、自分に当てはまる言葉を探してゆけばいいさ」
ナチスがソ連の背を撫で上げた。そこでソ連は、微かに───本当に微かにだが───やっと、微笑むことができた。
「………冷めちまったみたいだな。淹れ直してくる。ソ連、キッチンもう一回借りるぞ」
「……あぁ」
日帝が、上機嫌な猫さながらカギ尻尾をフリフリしつつキッチンに消えたあと、残されたナチスとソ連は、他愛もない話で談笑した。柔らかいランプの光の下、とても穏やかな時が流れていた。
「……はい、待たせたな。茶葉変えるの勿体無かったから本当の二番煎じになっちまったけど。じっくり淹れたから味はそう落ちてないはずだぜ」
言いながら二人に茶を配った日帝だった。礼を言って受け取ったソ連が早速口をつける。
「……やっぱ美味いな」
「そうだろう⁉︎ 」
なぜか嬉しそうな顔をして同様にティーカップを口に運んだナチスに、日帝が食ってかかった。
「おい、なぜお前の手柄のようになっているんだ、ソ連、そのお茶淹れたの俺だぞ」
「別にいーだろが、手柄なんて減るもんじゃねぇし」
「……なんかヤダ」
「へっ、ガキかよ」
ブアッと日帝の尻尾が膨らんだ。
「はぁあああ⁉︎⁉︎ 齢十二のお前にだけは言われたくねぇっ‼︎ 」
「はぁあ⁉︎ じゃあなんだテメェはっ⁉︎ ジジイか⁉︎ ついに呆けたか長老国家め‼︎‼︎ 」
「言ったな⁉︎ うるせー黙れやこんクソガキ‼︎‼︎ 」
「あ゛ぁ⁉︎ 一応先輩だぞ俺は!敬えよ‼︎‼︎ 」
「ヤダッ‼︎‼︎ 」
「う、や、ま、え、やこのニャンコがっ‼︎‼︎‼︎ 」
隙をついて片手で日帝の頬をギリリとつねりあげたナチスの眼前で、日帝の泣く声が爆発した。
「あっいひゃっ!いひゃいっ‼︎ ははへやほのっ、ほれはニャンコはんははひゃいっ‼︎‼︎ 」
なまじティーカップを片手に持っているが故に、満足に抵抗できない日帝の頬をほしいままにしながら、ナチスは笑い転げた。つられてソ連も笑った。
心配の種が尽きることはない。その相手が、自分の愛してやまない人だったらなおさら。
それでも。
信じてやるしかないだろう。それが、手も足も出せぬ自分にできる、唯一のことなのだから。
それに、自分がいかに彼を、彼らを愛しているか、そのことを再確認できたのだから。
今日これ以上の収穫は、無いだろう。
コメント
3件
たまにあるただ平和なだけの回だ…!!!可愛いですね 日帝とティーカップが並んでる絵面想像したら面白すぎました ありがとうございます!!