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春が来た。
それだけで世界はちゃんと進んでいるみたいだった。
卒業式前日
教室は妙に落ち着かない。机の配置が変わり黒板には〈おつかれさまでした〉の文字。
奏斗は後ろの席に座っていた。
いつも通り。何も変わらない。
(なあ奏斗、このあと写真撮ろうぜ!)
クラスメイトが言う。
『いいね、撮ろー!』 軽い声。笑顔。
―― “陽の者” のまま。
雲雀は前の席で静かに荷物をまとめている。
ペンケース。ノート。何一つ迷いがない。
奏斗はそれを見ている。
『(……綺麗だな)』
感情の揺れがないぶん完成された動き。
自分が関わらなかった世界の完成形。
『雲雀』
呼んでみる。意味のない声。雲雀は少し遅れて振り返る。
「……ん?」
その返事は、“誰にでも向けるもの” だった。
奏斗は、それで十分だと思った。
『卒業後、進路どこだっけ』
「……研究科」
『そっか。ぽいね』
笑う。雲雀も小さく頷く。
それで会話は終わる。
――何も起きない。
写真撮影。
(はい、笑ってー!) シャッター。白い光。
その中に二人が並ぶ瞬間はない。偶然。
ただそれだけ。
式が終わる。拍手。ざわめき。
みんな次の場所へ行く準備をしている。
奏斗は屋上へ向かった。誰にも言わず。
風が強い。フェンスに手をかけて下を見下ろす。街。人。音。全部ちゃんとある。
『……よし』 一人で声を出す。
『上出来』 誰に向けた言葉でもない。
ポケットからスマホを取り出す。
消していなかった最後の録音。
再生。
『雲雀、ちゃんと前向きな』
自分の声。少し照れた調子。
『……』 奏斗は笑った。
『僕、いい声してたじゃん』 強がり。完全に。
でも――
次の瞬間。喉が詰まる。
『……っ』
音が続かない。フェンスに額を当てる。
『……っは』 息が震える。
『雲雀、』 名前を呼ぶ。
意味はない。届かない。それでも。
『……僕さ』 声が掠れる。
『ちゃんと選んだんだよ』
笑おうとして崩れる。
『、雲雀が壊れないほう』
拳で目元を押さえる。
『……それだけ』 涙が落ちる。声を殺す。
誰にも聞かせない。
しばらくして奏斗は顔を上げた。
赤い目。それでも笑う。
『……泣くの、似合わないな、笑』
自分に言う。
その頃。
雲雀は校門を出ていた。足を止める。
理由は分からない。
ただ――
胸の奥で小さく引っかかる。
「(……誰か、呼ばれた気がする)」
風が吹く。それだけ。
雲雀は、前を向いて歩き出す。
屋上
奏斗はフェンスから離れた。ポケットにスマホを戻す。録音は削除する。完全に。
『……ばいばい、雲雀』 小さく。
それでも声は残らない。
卒業アルバムのどこにも、二人が並んで笑っている写真はなかった。それでも片方だけが覚えている時間は最後まで消えなかった。