菅原「…?あれ、日向は?」
平日の朝練。
朝早いこともあり、寝坊で遅れる者もいることにはいる。
ただ日向が朝練の時間にいないことは初めてだった。
澤村「それがまだ来ていないんだ」
菅原「寝坊かな〜」
菅原は体育館の時計をちらりと見た。
針は朝練開始5分を示している。
山口「キャプテン!準備終わりました!」
月島「あと、日向が遅刻みたいです。」
バタバタと澤村に報告に来た山口も、どこかそわそわして落ち着かない様子。
月島は動じていないように思えた。
菅原「なあ月島、日向から連絡あった?」
月島「…なにも」
どうやら1年にも連絡はないらしい。
まだ寝ているのか、だとしたら授業も危ない。
影山「日向ボゲェ」
影山は日向の遅刻が気に入らないのか仏頂面でひたすらバレーボールを地面に打ち付けている。
縁下「心配ですよね、日向」
澤村「ああ、事故…なんてことないといいんだが」
それは澤村の中で最悪のパターン。
だがありえない話では無いので怖いところ。
その時だった。
ドンッドン!!
体育館の扉が叩かれる音がして、一斉に視線が集まる。
すると向こうから声が。
女の子「だれか!おねがいー!たすけて!」
不自由な日本語、きっと相手は保育園児か小学生低学年だろう。
そして「たすけて」。
澤村は走って扉に駆けつけ、閉じていた扉を力いっぱいに開けた。
女の子「たすけてっ!」
山口「っえ、」
あまりの驚きに言葉を失った。
オレンジの天パ。
パッチリした目。
女の子の容姿が、あまりにも日向にそっくりだったから。
女の子「たすけて!おねがいっ!!」
泣きじゃくる女の子に澤村は視線を合わせて優しく話しかけた。
澤村「大丈夫。何があったのか教えてくれるかな?」
菅原「ヒゲは下がっとけ〜」
東峰「〣」
菅原の発言にショックを受けた東峰だが、仕方がない。
彼の容姿は幼女を前に出せないのだ。
菅原「名前、教えて?」
夏「わたし、っひなた、なつ…ですっ、」
ひなた。
まさかと嫌な想像が汗となり額を伝う。
澤村「何があったか言えるかな?」
夏「っ、にいちゃんがっ」
熱が引いていくのが分かった。
夏「くるまに、ぶつかっちゃってっ」
誰かが、いや全員かもしれない。
息を飲んだ。
田中「日向は!日向は無事なのか!?」
西谷「場所!!場所どこっすか?!」
縁下「お前ら落ち着け、」
縁下も動揺しているのか、喋ってはいるが視線は地面に向いていた。
澤村「夏ちゃん、お兄ちゃんが車とぶつかった場所、分かるかな?」
夏「っうん、やまっやまの、うえ」
山の上。
恐らく日向の登校している山道のことだ。
そうと分かれば早く救急車を手配しなくては、と澤村は指示をだす。
澤村「菅原!救急車の手配を頼む!旭は警察!2年は日向がいる場所の捜索!わかり次第報告してくれ!1年は夏ちゃんを頼む!俺と清水は先生にこの事を報告してくる! 」
バタバタを動き出す3年と2年。
しかし1年はそうはいかない。
影山「俺も日向のところに行きます」
山口「おっ俺も行きたいです!」
月島「…」
谷地「私も!日向のとこ行きたいです!」
影山、山口、谷地。
影山は言葉足らず
山口は月島を待つ
谷地は遠慮がち。
入学当初の彼らはもうここにはいない。
月島も言葉にはしないが、大地の目をじっと見つめていた。
澤村「…ダメだ」
影山「っなんで」
澤村「なら夏ちゃんはどうするんだ?」
言われてハッとして夏ちゃんに視線が集まった。
夏「っ、ひっく、」
泣いている。
日向を知っているから、重ねてしまうのは許して欲しい。
この子の笑顔が見たいと思ってしまった。
澤村「夏ちゃんを置いて日向のところに向かったとする。日向はそんなお前らを見てどう思うだろうな」
グサッときた。
確かにそうだ。
日向はこれを望まない。
日向はきっと怒る。
なぜ妹より自分を優先したのだと。
俺たちに選択肢は残されていなかった。
月島「…ここに残ります」
山口「俺も残ります、」
影山「っ、生意気言ってすんませんでした」
谷地「もももも申し訳ないです!!考えが足りませんでしたっ!!!」
残像が見えるほどに頭を振る谷地を落ち着かせて、大地は武田先生のいるであろう職員室へと走った。
《廊下は歩きましょう》
普段は守るルールだが、今はしょうがない。
後輩の命がかかってるんだがら。
バンッ
酷い音を立てて職員室の扉を開けた。
ノックもなしに開いた扉に先生方は驚いているらしかった。
先生「澤村か、ノックぐらいし」
澤村「武田先生!!!武田いますか?!」
あまりの焦りように職員室に緊張が走る。
そしてこれから部活に向かおうとしてたであろうコーチと武田先生がいた。
烏養「どうした澤村」
武田「緊急の事態ですね、何が起こったのか伺ってもいいですか?」
2人の見慣れた大人に大地は安心感を覚えた。
この2人なら何とかしてくれる。
それほどの信頼が2人にはあった。
澤村「日向が、登校中の山道のどこかで車に跳ねられたそうです」
烏養「っ救急車は」
澤村「救急車、警察には連絡をお願いしています。正確な場所が分からないので2年を向かわしています。」
武田「…分かりました。冷静な判断ができた事を誇ってください。」
澤村「ありがとうございます」
武田「僕たちにお願いしたいことはありますか?」
澤村「日向の親御さんに連絡、日向の妹が体育館にいます。1年に任せました。」
武田「分かりました、すぐ連絡しますね」
こういった時の武田先生はいつも以上に頼りになる。
実はそんな武田先生を大地は尊敬していたりする。
烏養「…俺は2年に合流、がいいだろうな」
大地「俺も合流します、清水は1年と合流で大丈夫でしょうか」
清水「待って大地、私も行く」
大地「…分かった、大丈夫でしょうか」
烏養「ああ、急ぐぞ」
大地「はい!」
清水「はい」
烏野高校から日向の越えてくる山はそこまで離れていない。走って10分、15分で着く距離。
だが時間が惜しい今は烏養コーチの車で向かっている。
車で3分で山についた。
ここからは車だと危ない。
2年もうろついてるし、もしかしたら倒れている日向を轢いてしまうかもしれない。
澤村、清水、烏養は車を停めて外へ出た。
当たりを散策しつつ、2年との合流を目指す。
道があるとはいえ、道を外れて山へ行くのは危ない。
清水「!西谷、あそこに」
言われた場所を見ると、道路からギリギリ見える距離に西谷らしき人影が見えた。
澤村「…これ」
西谷と合流、と思い山に足を踏み入れる。
すると隠されたように置かれた壊れた自転車。
タイヤが外れて、カゴは潰れて。
椅子部分は吹っ飛んだらしく、どこにもない。
これは日向の自転車だと思いたくは無い、
たが カゴと一緒に潰れているバレーシューズは間違えなく日向のものだった。
清水「…ひどい」
烏養「あんま触んなよ、警察に叱られるからな」
烏養の言葉を聞いて、手を引く。
今は自転車よりも日向だ。
澤村「西谷!」
声が届く距離になって、名をよんだ。
どうやら西谷以外の2年もいるらしい。
烏養「…」
見つけた。
清水「いや、やだ、だめ」
動けない。
怖い。
日向の目は、光を映していなかった。
流れた血が多いのか、肌は青白い。
*人が死ぬ時はこんな感じなんだろうな*、と他人事のように考えてしまう。
烏養「っ日向!!」
最初に動き出したのは烏養だった。
それに続いて大地、清水も動き出す。
澤村「2年、すまないが大丈夫とは言えない。だが日向を助けるために最善を尽くしたい 」
座り込む2年達に大地は語りかける。
澤村「頼む。協力してほしい。」
お願いだ、と頭を下げる。
2年は焦った。
縁下「っすみません、俺混乱してしまって」
西谷「ッス、翔陽を助けたいっス!」
田中「俺らしくありませんでした!すいません!!」
成田「すいませんでしたっ!」
木下「清水先輩も、コーチもすいません」
澤村「ああ、とりあえず日向の脈、呼吸だ」
烏養が脈を測っているのが視界の端に見えていた。
大地は烏養の判断を待つ。
烏養「…脈は弱い、呼吸も浅い
まだ日向は生きてる。」
烏養が頬に汗を伝わせて、いたずらっ子のように口角をあげた。
田中「っ聞いたかお前ら!日向助けっぞ!! 」
西谷「うおーー!!!翔陽ー!!!」
盛り上がる2年には申し訳ないが、日向の傷に触れば冗談では済まないので清水が鎮圧する。
清水「ねえ、場所は連絡した?」
縁下「はい!菅原さんに連絡してあります」
*なら警察、救急車の到着もすぐだろう*。
それまでにできることは無いか、と思うがこんな状態の人間に何をすればいいのか。
その知識はここにいるものにはなかった。
ピーポーピーポー
*近くに来たのだろう、救急車の音だ*。
ウーーーーウーーーー
少し離れた場所からパトカーの音もする。
これからここに来るであろう制服の警官を想像してちょっとだけ緊張した。
救急「怪我人は!」
清水「こっちです!!」
山道に出て救急車を待っていた清水が駆けつけた人らを日向へと誘導する。
救急「…脈あり、弱い。呼吸浅い」
日向の状態を確認してあっという間に日向を連れて救急車へと戻って行った。
救急「どなたか1人付き添いをお願いします」
烏養「俺がいきます」
当然ながらこの中で唯一の大人である烏養が名乗りを上げた。
悔しい気持ちを押し殺して、大地清水2年は救急車を送った。
澤村「…お前らは病院に向かってくれ」
清水「大地は?」
澤村「俺は学校で菅と合流してから向かう」
清水「分かった、行くよ西谷たち」
西谷田中「ウス!!!!」
そこからはあっという間だった。
大地は学校で菅、東峰、1年、夏ちゃん達と合流し親御さんへの連絡を終えた武田先生の車で病院へと向かった。
駐車場に着いた時にこれまた日向に似た女性が走って病院に駆け込んでいくのが見えた。
母親だろう。
それに続いて大地達も駆け込んだ。
日向母「っ日向、日向翔陽の母親です!」
受付で叫ぶようにして日向の母は息子の名を呼ぶ。
武田「私たちも同行します、息子さんのチームメイトと監督です」
日向母「ありがとうございます、夏!!」
ぎゅっ、と夏ちゃんを抱きしめた。
日向母「どこに行ってたの、心配したのよっ」
夏「ごめんさないっ、ごめんさっ」
あって数分だが、大地は*いいお母さんだな*と思った。
あまりにも愛情に溢れていたから。
ナース「日向翔陽様のお連れ様ですね、ご案内します」
ナースは駆け足でエレベーターまで走って、大地らを乗せて上がっていく。
エレベーターでの時間は、とても長く感じた。
流れるようだった一日を初めて冷静に見直した時間だったと思う。
ピッと音がなり、エレベーターの扉が開いた。
すると薄暗い長い廊下の奥に、複数の人影が。
清水「っ大地」
それは先に病院に行っていた清水らだった。
澤村「状態は」
清水「今は手術中、怪我と出血が酷いみたい」
清水は言葉を詰まらせた。
するとナースが横から入ってきて、ご説明しますと言った。
ナース「現在は手術中。怪我と出血が酷く助かるかは五分五分です。」
ひゅ、と喉がなる。
ナース「手術が成功したとしても何らかの後遺症が残る可能性が高いです」
日向母「そんなっ」
警察「我々からも少々よろしいでしょうか」
気づかないうちに後ろから来ていた警察。
警察「犯人は逮捕致しました。現在事情聴取中ですが、証拠は揃っていますのでご安心ください。」
武田「ありがとうございます」
答えられなさそうな日向の母に変わって武田先生が警察にお礼を伝えた。
そして沈黙が続く。
手術中。
薄暗闇に灯るその文字が、この場を制した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
あれから1週間が経った。
結論から言おう。
日向は今も生きている。
手術は成功といってもいい。
ただ、日向は目を覚まさなかった。
日向母「…毎日来てくださってありがとうございます」
日向の母も口では普通に喋っているが、この一週間で随分やつれたように思える。
妹の夏ちゃんは祖父母に預けているようで、日向に付きっきりだ。
影山「うす」
影山達バレー部も全員が毎日通いたいが、さすがに病院の迷惑だろうと、日替わりで1学年が面会に来ていた。
今日は1年の日だ。
谷地「あの!これお見舞いの品です!」
この一週間で机に溢れたお見舞いの品。
ここに来るのは何もバレー部だけではない。
日向のクラスメイト、幼馴染、近所のおばちゃんだって来る。
日向の交流関係のそこは知れない。
山口「ツッキー日向、暖かいね」
月島「…うん」
包帯でほとんどの肌は隠れているが、顔部分は出ている部分もある。
山口はそこに手を添えて、微笑んだ。
日向の生を感じたのだ。
影山「日向ボゲェ…」
影山は影山で、日向を心配している。
その証拠にいつもの仏頂面が、子犬のようにしゅんとしている。
コンコン。
病室の扉が開いた。
日向母「どうぞ」
「失礼します」
そう声がして、ハッと扉を見た。
この声は。
及川「やっほー、チビちゃん」
岩泉「っす、見舞いの…ってすげえな」
何とそのそこには青葉城西の、影山のかつての先輩の姿があった。
及川「青葉城西を代表して見舞いに来てあげたんだから、早く起きなさいねチビちゃん」
無遠慮に及川は日向の側へと行き、頬を撫でた。
岩泉「バレー部で交流がある者です。」
日向母「あら、そうなの、ゆっくりしていってね」
岩泉「はい」
岩泉は断りを入れて、見舞いに持ってきたであろうフルーツを見舞いに溢れた机の横の椅子に置いた。
影山「ッス岩泉さん」
岩泉「おう、影山か」
影山「はい」
…
気まずい。
そこは影山が何か続けるべきところだろうと月島は思う。
及川「あ、そうそう」
沈黙を破ったのは及川だった。
及川「チビちゃん、国見と金田一が早く元気になれってさ」
伝言。
金田一はいいとして、正直国見は意外だった。
及川「顔も見たしこれも伝えたし、帰ろっか岩ちゃん」
岩泉「ああ」
2人はそう言って、最後に日向の母親に挨拶をして病室を去っていった。
月島「…時間も時間ですし、俺らもお暇させていただきます」
影山「…ス」
山口「お大事にね、日向」
谷地「また来るね!日向!」
その時だった。
日向「ん…っ」
日向が、声を上げた。
山口「今、日向っ…!」
影山「日向!起きろボゲェ!!」
日向母「翔陽っ」
┈┈
誰かに呼ばれた気がする。
ここはどこだ?辺り一面真っ白だ。
でもなんだか心地いい。
ずっとここにいたい。
『ひなた』
誰の声だろう。
男の声、イケボってやつだ。
『ひなた!』
これも男。
でもさっきよりオドオド?してる声。
『ひなたボゲェ』
男、つーか失礼だな。
俺はバカじゃねえっううの。
『ひなたっ』
あれ、女の人の声だ。
元気な人なんだろうな〜
『翔陽』
女の、人の声。
しょうよう。
ひなたしょうよう。
日向翔陽、俺の名前。
そうだ、俺はここにはいられない。
山口や月島、谷地さんや先輩たちとバレーをしたい。
影山に勝つまでは辞められない。
起きないと
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
日向「…あれ」
日向が目を覚ますと、なぜだか知らない天井。
*ここはどこだろうか*、と体を起こそうとするが上手くいかない。
というか全身痛いんだけど。
日向「あれ、影山、みんな?」
見慣れない天井の次は、見慣れない必死な顔をしたチームメイト達。
月島「っもう、心配させないでよねチビ」
山口「よがっだぁ”っひな”た”ぉぎだっ」
谷地「ひな”たぁ〜ッ!!」
影山「日向ボゲェ、ボゲェ日向ボゲェッ!!」
山口と谷地は号泣。
*2人してどうしたんだろう*と日向は不思議に思った。
月島も影山も、泣いてはいないが目に涙を滲ませている。
本当に何があったんだ。
母「翔陽っ」
日向「わ、母さん?!」
ぎゅっとされた衝撃に目を見開く。
母「翔陽、本当に良かった、っ」
いつも優しい母。
そんな母がこんなに荒れるなんて、きっと自分が何かしでかしたのだろう。
そう思って思い返す、が全然思い出せない。
母「あ、ナースコールっ」
日向の母はナースコールを押し、看護師を待つ。
しばらくすると看護師と医者が日向の前に現れた。
医者「君、自分の名前いえる?」
日向「日向翔陽です」
医者「歳はいくつ?」
日向「今年で16になります」
医者「この人達わかる?」
日向「はい、高校バレー部のチームメイト」
医者「これ、ペン出してみて」
日向「?はい」
医者の指示通りに日向はペンを出して、しまってを3回ほど繰り返した。
医者「うん、頭は大丈夫そうだね」
月島「これ以上バカになっても困るからね」
山口「ツッキーしっ!」
日向はとりあえず後で月島に頭突きすることを心に誓った。
医者「翔陽くん、どこか体に痛いところや違和感があるところってあるかな?」
日向「…」
今日初めて日向が黙り込んで、月島はドキッとした。
日向「あの、違和感…なんですけど、」
医者「なにかな?」
日向「左耳がなんか、つーんとしてて、」
医者「つーん?」
日向「こう、グワーッって感じで」
医者「ぐわー?」
日向「はい!ボーみたいな」
医者「えっと、1回検査してみようか」
日向「はい、」
そう言うと医者は日向を車椅子に乗せ、審査室へと足を運んだ。
病室に残された影山達にはもう日向の耳のことしか考えられていなかった。
影山「…耳、」
月島「、まさか後遺症とかいわないよね」
後遺症。
そのリスクは初めから聞いていた、が日向が助かればなんでもいいと思っていた。
だがやはり運動部として後遺症はものによっては大きく響く。
失明や全身麻痺、それよりは耳で良かったと思うしかないのかもしれない。
しばらくして医者は1人戻ってきた。
医者「これはプライバシーに関わる話なのですが、翔陽くんはチームメイトにも話しておきたいとの事で、お母様もよろしいでしょうか?」
日向母「…あの子が決めたことでしたら」
医者「ありがとうございます。」
月島の予想は、当たっていた。
医者「翔陽くんの左耳は全くという訳ではありませんが、ほぼ聞こえていません。回復することもないでしょう。」
日向母「…補聴器を使えば聞こえますか」
医者「はい、ただ完全に元通りとは行きません。仮にほとんど元通りでもちょっとした違和感が残ります。」
日向母「本人は、なんと」
医者「…それはこの後、ご本人から。」
医者は目を伏せて、ただそれだけ言って、
看護師に何かを話してから一礼して病室を出ていった。
そしてまた扉が開く。
日向「よっ!お前らなんか変だぞ!」
にっといつものように笑う日向。
しかしその左耳は聞こえていないのだろう。
そう思うと、影山はいても立ってもい られなかった。
影山「っお前耳聞こえねえんだろッ」
日向「…左だけな」
影山「だけってなんだよッ!片耳聞こえねえんだぞ?!音だけでも感覚はすげえ狂う!!これまで通りバレーできねえんだぞ?!」
あまりの威圧に月島、山口は声を出せなかった。
日向「…ごめん」
影山「っお前が謝ってどうする、どうなるんだってんだ!!」
日向「落ち着け影山。俺は」
影山「落ち着いてられっかよ、俺は、俺はっ」
日向は影山の相棒。
それは周知の事実。
本人らは気恥ずかしく否定するが、心のうちでは互いを認めあっている。
そんな相棒の左耳が聞こえないとなって、焦っているのだろう。
日向「影山聞け」
影山「っ」
日向「俺はバレーを続ける、頼まれても辞めねえ。お前も知ってんだろ?」
影山「ああ、」
日向「俺は俺なりに練習して、前よりも強くなる、ならなくちゃならない。絶対。」
だから。
日向「俺を信じて待ってろ影山」
ああ、ずるい。
影山はそう思った。
日向のこの目は、覚悟の目。
俺はこの目に逆らえない。
影山「…日向ボゲェ」
日向「はあ?!んでそうなんだよ!」
影山「ボゲェ」
日向「聞いてんのか?!影山くんよ!」
影山「日向ボゲェ!」
そのやり取りは、軽く10分は続いたと後に山口は語った。
月島「…なんなの、こいつら」
山口「2人らしいよね」
後遺症なんて、日向なら軽くこえていくんだろうな。
この後これらを知ることになる先輩方を思うと、ちょっと大変だ。
だけどきっと俺たちと同じ結論にいたるだろう。
日向なら、大丈夫だ。