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次期王妃となるために、私は王妃様から色々なことを学ぶことになった。
イルドラ殿下の計らいもあって、現在は王城で暮らさせてもらっている。
とはいえ、エリトン侯爵家の屋敷にも帰っていないという訳でもない。あまり帰らないとお兄様が寂しがるので、時々帰っているというのが現状だ。
そんな私は、とある用事のためにイルドラ殿下とウォーラン殿下とともに王国の地下牢に来ていた。
そこにある牢屋には、一人の少女がいる。その少女は、目を瞑って牢屋の中に正座していた。彼女は、オーバル子爵家のネメルナ嬢である。
「……おや、こんな所に皆さん揃ってどうなさったのですか?」
私達の来訪に気付いたらしく、ネメルナ嬢はゆっくりと目を開けた。
アヴェルド殿下が刺されてから、彼女とは会っていない。結構久し振りの再会であるが、以前とは随分と印象が違うような気がする。
「お久し振りですね、ネメルナ嬢。元気でしたか?」
「リルティア嬢、ですか。お聞きしましたよ、イルドラ殿下と婚約したとか。良かったですね。彼はどうやら、兄と違って良い人であるようですから」
「え、ええ……」
ネメルナ嬢は、私に対して笑顔を向けてきた。
その笑顔の中には怒りがある。ただそれは、私に向けられたものではない。アヴェルド殿下に対する怒りだ。
命を奪っても、彼女の心は晴れていないらしい。それは当然だろう。彼女に関しては、本当に心からアヴェルド殿下を愛していたのだから。
「それで、どうしてこちらに?」
「ここに来たのは、ウォーラン殿下の発案です」
「ウォーラン殿下?」
私の言葉に、ネメルナ嬢はウォーラン殿下に視線を向けた。
今回は彼の発案であり、私やイルドラ殿下はついて来ているだけだ。故に本題は、ウォーラン殿下から話してもらうとしよう。
「ネメルナ嬢、僕はあなたのこともアヴェルド兄上の被害者であると考えています。あなたは兄上に弄ばれて、そして最後には蔑まされていた。そのことを僕は考慮するべきだと考えています」
「考慮、ですか?」
「情状酌量の余地があると考えているのです。あなたを作り出したのは、僕達王族ともいえる。そんなあなたを葬り去るのは、あまりにも非道なことであると」
ウォーラン殿下は、とても真面目な人である。
故に彼は、ネメルナ嬢の極刑について強く反対していた。彼女もアヴェルド殿下によって歪められた一人だと、主張したのだ。
そのアヴェルド殿下を作り上げた王家が、ネメルナ嬢を亡き者にする。ウォーラン殿下は、それを非道として批判した。
それは私達にとっても、納得できないことという訳でもなかった。ネメルナ嬢は少なくとも、純粋に愛のために動いていたからだ。
そこで私達は、なんとか折衷案を作り出した。ネメルナ嬢に関しては、特別な措置が取られることになったのである。
◇◇◇
地下牢から自室に戻って来た私は、イルドラ殿下を招いていた。
彼とは、ネメルナ嬢のことで話がしたかった。というのは建前で、単純に愛する人と自室で時間を過ごしたかったのである。
とはいえ、やはり最初は真面目な話をすることになった。それは必要なことなので、私も納得している。
「まあ、ネメルナ・オーバルは処刑される。それは決定事項だ。覆ることはない。王家の面子もある。曲がりなりにも王子が一人殺されているからな」
「ネメルナ・オーバルという人間はこの世から消えるということですか?」
「ああ、だが彼女は生きる。そこはウォーランが譲らないからな。まあ、俺としても別にネメルナ嬢に関しては命まで奪いたいという訳ではない。兄上を殺してくれたことには、感謝している部分もあるしな」
ネメルナ嬢は、公的には死んだことになるようだ。しかし王家は、彼女を秘密裏に生き残らせようとしている。それは彼女が、自分達から出た錆であるアヴェルド殿下の被害者ともいえるからだろう。
とはいえ、色々と心配な面はある。そんなことをしても大丈夫なのか、私は今一度確かめておかなければならないだろう。
「それはこの国の歪みとなるかもしれませんよ。生きたネメルナ嬢が何かするかもしれません」「その辺りは、大丈夫だろうさ。兄上を殺した後から、彼女は憑き物が取れたように大人しくなっている。適切ではないかもしれないが、一皮剥けたのだろう。兄上の呪縛から解き放たれたんだ。まあ、あなたとしては快くないのかもしれないが」
「ああいえ、個人的な話をするなら別になんとも思っていませんよ。彼女に対して、恨みがある訳ではありません。前から思ってはいましたが、悪い子ではありませんからね」
私は、イルドラ殿下の言葉にゆっくりと首を振る。
ネメルナ嬢に対して、恨みなんてものはない。特段肩入れもしていないが、極刑にしたいと思う程のものはない。王国が心配なだけで、別に私も心の底から反対している訳ではないのである。
「あなたがそう思っているなら、問題はないだろうさ。まあただ、別に無罪放免という訳ではないしな。罪はしっかりと償ってもらう予定だ」
「寛大な措置であるような気もしますが……」
「ウォーランが譲らないからな。ここは俺が折れるさ。心情的には納得できない訳でもないからな。それで歪が生まれて、国が混乱するなんてことにはさせないさ」
「わかりました。そういうことなら、私もそんなイルドラ殿下を支えてみせます」
言葉を発しながら、私はイルドラ殿下との距離を少し詰めた。
彼の判断が、本当に正しいかどうかはわからない。だが彼がそう決めたというなら、私はそれを支えたいと思う。それが私達の関係性だから。
「さてと、そろそろ堅苦しい話はやめにするか。せっかく二人で過ごせる時間だからな」
「まあ、お互いに色々と頑張らなければならないことはありますが、今はそれを忘れましょうか?」
「ああ、しっかり休んで。また頑張るとしよう。もちろん、二人で手を取り合って」
私とイルドラ殿下は、笑い合っていた。
いつだったか、イルドラ殿下は助けた対価は笑顔でいいと冗談めかして言っていた。
その冗談を、今はお互いに本気で言える気がする。こうしていつまでも二人で笑い合って、ともに進んでいきたいものだ。そう思って私は、また笑うのだった。
END