テラーノベル
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蔀(しとみ・雨戸)を締め切った薄暗い部屋に、奇妙な格好の女が座っている。
女は、真っ直ぐな黒髪を右肩から前に垂らしており、袿(うちき)の合わせを大きく開き、衿を抜いて白いうなじを露わにしていた。
袿とは、公家の女性が使う普段着だが、今は女の身体を覆い隠すのに使われている。
これだけなら、だらしのない格好というだけだが、女は丸めた薦(こも)を亀居(かめい・正座をくずした座り方)の膝に乗せ、それを抱えるようにこうべを垂れているのだ。
見様によっては、土壇場で斬首される罪人が首を差し出している姿にも見える。
そして、暗い部屋には、むせ返るほどのお香が焚かれており、この部屋をより一層異様な雰囲気に変えていた。
すると、女の背後から白狩衣(しろかりぎぬ)を身に纏った男が現れて、「淳和院后(じゅんないんごう)様、今から雨(あめ)を枯らすために雨(う)を通します」と囁いたのだ。
白狩衣の男は、右手の親指と人差し指に三寸(九センチ)ほどの細い一本箸を摘んでいた。
形は一本箸に似ているが、よく見ると茎が空洞になったイネ科の植物を乾燥させ、竹のように硬くなった表面に漆が塗られているのだ。
しかも、鍼のように細い茎で作られている上に、先端を斜めに削っているので、文字通り鍼の機能を有していた。
淳和院后と呼ばれた女が、大きく頷くのを確認した白狩衣の男は、自らが「雨(う)」と呼んだ鍼を、親指と人差し指で摘み、何の迷いもなく女の白いうなじに通したのだ。
更に、雨を通し終えた白狩衣の男が、片膝をついた姿勢で印を結ぶ。
右手を肩よりも少し上にあげて、あげた右手の親指と人差し指で輪を作ったので、通常の来迎印かと思えば、左手は下におろしたまま、地面を指し示すように降魔印を結んだのだ。
白狩衣の男が見たこともない印を結び終えると、何やらブツブツと呪い詞(まじないことば)を唱え始めた。
陀羅尼(だらに)を唱えているのだろうか…
すると、女のうなじに突き刺さった雨(う)の尻、雨柄(うへい)から煙よりも液体に近い霧が吹き出してきた。
これが、この特殊な鍼を「雨(う)」と呼ぶ理由だろうか?
部屋を暗くしているので、雨柄から吹き出した白っぽい霧が、逃げ場を探し求める生き物のように、空中をクルクルと舞っているのが見える。
それは、凶々しくも美しい光景だった。
白狩衣の男は、少し躊躇うようにその霧をしばらく眺めていたが、深呼吸をする要領で口から深く吸い込んでいく。
全てを吸い込み終えた男は、内側から込み上げてくる微かな痛みに、胸に手を当て、慈しむように微笑んだ。
そして、ため息を吐きながらこう呟いた。
「これほど大量の邪気を身体に取り込むのは初めてだが、何とか抑え込むことが出来た。
しかし、人の邪気とは色々な味がするものだな。
悲しみの味は酸っぱいし、後悔の味は苦い。
そして、淳和院正子様の邪気は強い憎しみで辛いと感じてしまう。
さあ正子様の邪気よ、その憎しみの理由を私に聞かせてくれ」
白狩衣の男の呟きに対して、袿を羽織った女が何の反応も示さないところを見ると、女は意識を失っているのだろう。
すると、体内に取り込んだ邪気から、若い男の悲痛な慟哭が聞こえてきた。
コメント
3件
読み終えました。冒頭の異様な空気感にぐっと引き込まれました。薄暗い部屋、奇妙な恰好の女、そして「雨を通す」という不思議な儀式……。白狩衣の男が邪気を吸い込む描写がとても生々しくて、痛みと慈しみが混ざるような表情にゾクゾクしました。邪気に「味」があるという発想も新鮮で、この後どんな物語が広がるのか、続きがすごく気になります。井野匠さんの丁寧で美しい文体にうっとりしながら読ませていただきました。