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向かってくるチェスター国王をハンクが真剣な顔で偽者だと言うから、場を離れることに頷いたけど、どこをどう見てもガブリエルだぞ。右頬の醜い傷も髪も瞳もでかい体も、記憶より老けているが俺の知るガブリエルだ。マイラとも仲良く話しておかしなところもない。あいつ、あの子のところに戻りたくてあんな嘘ついたんじゃないだろうな…ありえる。
「陛下、ゾルダーク公爵はどちらに?」
宴の最中、カイランと話していたマルタン公爵が珍しく俺の座る席に近づいてきた。
「急な用で消えたよ」
大事な場だぞ。ガブリエルから指名までされてハンクは参加したのに…そうだ、指名してまで参加させたんだよな、なのに何故ガブリエルはハンクの行方を聞かない?その前に仲がよかったか?学園時代に少し知り合っただけだろ。どこかで関わりがあったのか?なんだよぉ笑顔がもたないよ。あいつ戻らないつもりか。 ハンクが消えてから随分経った。もう宴も終わりに近いとき、視界の端に黒い塊を見つけた。立ち上がらなかった俺は偉い!隣に座るアーロンに顔を向けたまま視線を動かしてハンクを見ると口が動いた。 誰に言ったんだよ!ハンクはこっちを見てるよな…最後の部分は、殺したに見えたんだけど、カイランに報告か?まさかこの辺りにいる奴にか?ガブリエル?もぉー謎ばかりじゃないか!本物はゾルダーク邸に侵入してたのか?もう我慢できない、終わらせよう。 立ち上がり、宴の終わりを告げると扉に近い貴族達が動き出すのが見えた。すでに黒い塊は姿を消している。 もちろん俺に報告するよなハンク。だが俺が退場するまでまだかかる…
「シャルマイノス国王、私は部屋に下がる。素晴らしい宴、感謝する」
お前は偽者か?ハンクも間違うことはあるよな…でも自信ありそうだったよなー。俺にはわからん!
「婚姻式への参席ありがたい。ゆっくり滞在してください」
お前はどっちなんだ。偽者ならいつからなんだよ。 自国から連れてきた近衛と従者を引き連れて客室へと去っていく後ろ姿を見つめる。
「ハンクはどこ行った?」
近くに侍る近衛に尋ねるが誰も見てないと言う。カイランが挨拶をして馬車留まりへ向かうのが遠くに見えるがハンクはいない。まだ王宮にいるのか?いてもらわないと俺は眠れないぞ。貴族達を見送り、服も着替えず執務室の中を歩き回る。近衛にはハンクを見かけたら報せるよう命じたが、ここまで現れないなら本物か偽者の所にいるんだろうな…何を話してる。殺したとでも言っているのか?本物なら婚姻がなくなる!開戦になる!戦争は嫌だよ。そんなことやってる暇はないんだ!好みの子を探すんだ! 扉の叩かれる音に飛び付き廊下へと飛び出すと、数刻前と同じ衣装のハンクが向かってくる。多少髪は乱れているけど無言で俺の執務室に入り水差しから直接飲んでいる。落ち着いて経緯を聞いたが納得できん。ガブリエルは嵌められたと思っているだって?なら一番怪しいのは俺じゃないか。俺も探られてんの?俺の探りは偽者がするのか?何も聞かれてないけど… なんだかハンクらしくない。王妃を戻す代わりにハンクの望んだものはなんだよ。欲しいものは自ら手に入れるだろ。ガブリエルに頼まなければならないものってなんだ? 珍しくハンクが弱気な声を出す。ハンクの願いは生を延ばすことだったか。そうだよな。あの子は若い。先は長い。しかしそんな薬はあるのか?んー俺、誤魔化されてない?けど老公爵より毒を受けていたのか…あの人は何をしてるんだよ。命を縮めることなんて知ってただろ。最適な量でも見つけて、息子で試したのか。頭がおかしいな。
「知らないふりしたほうがいいよな…」
「ああ、この婚姻は流せんだろ。嵌められたと疑い楽しんでいるだけだ。俺に見つかった、もう探らん。あの兄弟ではまた裏で操る者が出る」
頭のいい奴が裏にまわられるのは厄介だ。
「本物はゾルダークで捕まえておく。偽者が自国に戻るとき馬車に忍ばせる」
偽者をもてなすのか。学園時代の話をしても乗ってくるのか?
「気にするな、普通に接しろ。慣れてる、無難に返すだろ」
まぁガブリエルは王太子の頃からおかしな奴だったもんな。あんまり話さなかったしな。
「お前、ガブリエルとは年が違うだろ。接点あったか」
俺は知らないんだよな。
「学園の訓練所で会ってな。一度手合わせを頼まれた」
まだハンクの方が小さかったろうからガブリエルに負けたんだろうな。あの頃から頭一つでかい男だったからな。
「でかい男にハンク少年は怖かったろ?」
「所詮王太子だ。熊に傷をつけられる奴に俺が負けると思うか」
嘘だろ…勝ったのか。あの傷は熊相手なのかよ。 怖っあんなのが王じゃあチェスターが心配になるよ。王妃を戻すのは良策かもしれない。
「…わかった。書状を書くよ」
権力持ってた父親は死んでるからな。王妃と仲良くできるなら問題はない。
「あの子は?怖かったろ」
「ああ、怖がらせた。俺はあれが死んだら後を追う」
ちょっまてまて…俺の顔は青くなってるだろうよ!本気で言ってるのかな?こんな秘密、知られたら大変だぞ!ハンクを殺したければあの子を殺せばいいって俺に教えたようなもんだ。凄い目力で見てくれるなハンク。言わないよ、誰にも漏らさないけど…出産は命懸けだぞ。それもふまえて俺に言ってるよな。恐れ入ったよ。そこまでの想いか。重すぎる…そりゃあ急いで戻るよな。ハンクに恐怖を覚えさせたか。人間らしくなるわけだ。
「そうか。お前がいないとゾルダークは衰退だぞ…承知の上だな」
あの子との子を残してでも逝くのか。
「あれが待ってる。帰るぞ」
「うん。おつかれさん」
重そうなコートを靡かせて部屋を出ていくハンクを見送る。 あそこまで重い気持ちをジェイドが持っていたら今頃ミカエラと婚姻してたな。ジェイドを大きく上回ってるなハンク。そんな相手に出会うとは…羨ましい!
殺した…か。嘘のはずだ。偽者が現れたから邸に帰ったんだろう。ああ、嫌だなぁ。僕のことはガブに聞いたのかな。ずっと僕を見てたもんなぁ。返事までくれたもんなぁ。大切な後継がいるからってそこまで怒るかなぁ…ガブからハンクと仲良しだって聞いてたけど、まさか忍び込んだのか…ここはガブを切り捨てて、家族が待つ邸に戻るのが最善だとわかってるんだけどねぇ。消えてから一刻は待ってるよ…ゾルダークの馬車にはカイランが乗って待ってるから、通り道を張るしかないし…壁に背を預けて立ってるのにも疲れたよ。ああぁ来たよ…待ってたけど、待ってたけど…悪鬼だよ…真っ黒の中に目が光って見える…怖いなぁ、なんでこんなに大きいんだよ。ガブは大きくても可愛げがあるのになぁ。
「待ってたよ」
近づくハンクに声をかける。周りには誰もいない。近づかないよう話はつけてある。陛下に知られるのは面倒だけど仕方ない。そこは誤魔化すさ。
「ベンジャミン、しらを切ると思ったがな」
近いよ…圧が…僕はこいつの胸と話すのかい?壁があって下がれないのに…この大男。
「君、殺したなんて嘘ついてさ」
「賊は殺す」
「ハンク…傷はつけないでくれよ。仲がいいんだろ?」
ハンクは太い首を傾げる。ん?仲良くないのかい?ガブ…馬鹿ガブ。
「奴はベンを怒るなと泣いたぞ」
ガブっ!馬鹿っ。王宮では見つからなかったのになんでゾルダークで見つかっちゃうのかな…
「可愛いだろ、苛めるなよ?」
「どこが可愛い?阿呆なところか」
そのとおりだよ。魑魅魍魎が蔓延る場所で王太子のくせに純真な馬鹿は可愛いだろう?
「傷はしらんが会おうと思うな。手紙はゾルダークへ送れ。渡してやる」
ふぅとりあえず無事か、ガブリエル。
「ベンジャミン、俺は怒っている」
うん…見ればわかるよ。でも意外だったな…そんなに孫が可愛いのか。ゾルダークの邸には君の大切な物でもあるのか…
「本当に知らなかったんだよ」
「信じると思うか」
僕がガブを使ってゾルダークの後継を害そうとする動機がないだろ…けど君にはそう見えちゃうか。
「信じて欲しいなぁ」
「意外だな。切り捨てると思っていたぞ」
悩んだよ、悩みながら待ってたんだよ。でもねぇ…ガブは見捨てられなかった…いつか自分が後悔するのがわかるのさ。
「ガブは言ってたろう?友だと」
「ああ」
「ふふ、ハンク…ガブは死んで詫びると言ったかい?」
「ああ」
やっぱりな、馬鹿なガブリエル。
「止めたんだろ?ありがとう」
「ベンジャミン、弱味でも握られているのか」
君には友なんていないもんな。損得なしの友は僕らのような立場では奇跡さ。
「いいや、ただの友だよ」
解せない顔をしているね。理解できなくていいさ。
「僕をどうする、陛下につきだすかい?」
「混乱を招くだけだ。言わん。俺の頼みは聞けよ」
ああ、わかってる。覚悟の上さ。欲しいものなど自分で手に入れるだろうから何を要求されるかわからないけどね。僕のできることならなんでもするさ。
「死んでは駄目だと伝えてくれるかい」
「ああ」
あの筋肉お馬鹿…生きているならいいさ。手紙なんて生存確認だけだもん。読まれてもいいさ、暗号には気づかれるかな?軽く入れてみよ。
「カイランが馬車で待ってるよ。行っておあげよ」
あれ?知らなかったのかな。そんな嫌な顔をするなよ、怖いなぁ。息子は可愛くないのか…よくわからない奴だ。