コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
リンクの上は、いつも静かだ。
歓声が聞こえても、届かない。
拍手の音も、遠い。
氷の上を走るブレードの音だけが、確かに自分を生かしてくれる。
この音を失えば、きっと僕はすぐに溶けて消えてしまうだろう。
勝つことがすべてだった。
世界記録を塗り替え、金を重ね、名前が報じられても——
何も満たされなかった。
滑り終えた後、胸の奥に空洞が残る。
まるで“誰か”がいるべき場所に、風が吹いているようだった。
ある夜、練習のあと、リンクに残った。
照明がひとつずつ落ちていき、氷面が闇の海になる。
息が白く散る中、僕は思った。
——僕は、誰のために滑っているんだろう。
観客のため?
世界のため?
それとも……まだ出会ってもいない、
いつかこの演技を見てくれる“誰か”のため?
その“誰か”のことを思うと、心の奥が静かに温かくなった。
理由は分からない。
けれど、その温度を信じて滑れば、
今よりもっと“本当の自分”を見つけられる気がした。
氷の上で僕は、まだ知らない誰かに向かって微笑んだ。
いつか、あなたに届く日まで。
この氷を、愛で満たしてみせる。