虚言を連発する彼。やっぱり真面目なところのある彼。
記憶喪失以前の彼と今の彼を同じとみなすのは記憶のないままに生きる今の彼を否定してしまう気がして嘘をつくことにした。
今の彼と前の彼は違う。そう考えていたのに。
やっぱり彼に惹かれた。好意は隠すことにした。
そうしていくつもりだったのに。
「愛情もないのにセックスしようとしてたのが信じられなくて……お願い、俺のこと抱いて。忘れたい」
顔を両手で覆いながら弱々しく頼んできた彼を目の前に呆然としてしまった。
知らない誰かに対する憤り。悲しんでいる彼を慰めようにもどうしたらいいのか思いつかないもどかしさ。彼の願望を聞いていいのかという葛藤。
愛情もないのに。なんて、愛情があるなら男相手でも構わないような言い方。それを零した相手が俺だということ。
きっと無意識だったろうに期待してしまった。もしかしたらあの頃のことを覚えているんじゃないか。思い出せるんじゃないか。
結果、彼は事後、謝ってきた。
ああ、そっか。そうだよな。
そうやって自分に言い聞かせた。
でも、どんどん彼を好きになっていった。そのうち、彼からも好意を向けられていることに気が付いた。
でも、避けられた。さり気ないアプローチも躱される。正面から向き合おうとすれば逃げられる。
精神的に不安定な状態で異常な行動に出た。でも、あれしか思いつかなかった。
これ以上彼が無茶をすれば今度こそ手の届かないところへいってしまいそうで怖かった。繋ぎ止めておける言葉すら届かないから、それすら逃げるから、抱きとめた。
彼の記憶は消えたはずだった。なのに、当時を思い出させるような言動が多くて切なかった。
でも、それは消えてはいなくて忘れているだけであることの証明のようで。
避けられている理由が分かってほっとした。
切なさにすら恋焦がれている自分は相当彼にお熱らしい。
何の巡り合わせか分からない。
運命なんて知らない。
過去は過去の幸せのままに。
現在の彼と過去の彼が薄く糸で繋がっていてもいなくてもきっと自分は彼を好きになるのだろう。
記憶がなくても、姿形が変わっても。
今はただ目の前にいる彼を愛していたい。
告白から3ヶ月。すっかり本調子に戻った星導と街の巡回に繰り出す小柳。
数日前、星導と宇佐美が緊急でタッグを組んで戦闘に臨むことがあった。
戦闘終了後、戦い方変えた?と普段星導と組んでいる俺に宇佐美が電話で聞いてきた。見極めの時間を以前より長めにとって前に出る時間を短縮しているように見えたと宇佐美は言っていた。
自分を大事に出来ないと言っていた彼だったが、少しずつ考えが変わってきているようで嬉しかった。
「あ、そうだ」
「え?」
「手出して」
何か思いついたようにこちらを見てくる星導。
言われた通りに手を差し出せば彼は手の平の上にタコのキーホルダーつきの鍵をおいた。
「俺ん家の合鍵」
びっくりして手の平の鍵と星導の顔を交互に見ていれば彼がくすくす笑いながら言う。
「いつでも来ていいよ。待ってるし、小柳が先にいたら帰るのが楽しみになるし」
大人びた外見をしているくせに笑顔が無垢で可愛いなんて思った。
「急に恋人っぽい事するね」
「いいでしょ」
そうだった。この表情を初めて見た時にこいつが好きだと思ったんだった。
浮かれているのか、ようやく渡せたと喜んでいるのか、こっちを見てニコニコしている。表情が幼くて堪らなく愛おしくて。
「ふふ、ありがとう」
こっちもつられるようにして笑顔になった。
コメント
1件
本当に最高でした…。二人の絶妙な距離感が苦しくて、でも最後は幸せそうで良かった。何度も目に涙が浮かぶ作品です。これからも愛読させて頂きます…😿💕