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ポートマフィアの屋上。夜風が、やけに静かだった。
「ねえ、一緒に心中しない?」
軽い声だった。冗談みたいに。
けれど、その目は冗談じゃなかった。
目の前にいるのは、恋人の太宰治。
私は少しだけ考えて、それから答えた。
「……いいよ」
太宰は一瞬だけ、目を見開いた。
「理由、聞いてもいい?」
「もし私だけが死んでも、あなたなら——」
少しだけ笑う。
「一瞬で、この出会いごと忘れてくれるでしょ」
沈黙が落ちた。
次の瞬間、太宰はふっと視線を逸らした。
「……やっぱり無理なのかもしれない」
「え?」
「君がいなくなったら、僕は一生引きずって生きていくことになるだろう」
珍しく、曖昧な声だった。
「だからやめよう、今回はね」
その“今回は”に、私は何も言えなかった。
⸻
それから時は流れて。
ポートマフィアを抜ける夜。
「ねえ」
太宰は振り返らずに言った。
「またどこかで会って、僕が心中を持ちかけても」
少しだけ間を置く。
「——断ってくれる?」
私は迷わなかった。
「うん。約束する」
それが、最後の会話だった。
⸻
そして、海辺。
波の音が静かに響いている。
「ねえ君、一緒に心中しない?」
聞き慣れた言葉。
けれど、彼の目は私を知らない。
探偵社の太宰治は、私を覚えていない。
「……いいよ」
私は答えた。
「理由は?」
あの時と同じ問い。
だから、同じ答えを返した。
「もし私だけが死んでも、一瞬でこの出会いごと忘れてくれると思ったから」
その瞬間だった。
太宰の表情が、凍りついた。
「……は?」
ゆっくりと、こちらを見る。
「君……まさか」
名前を呼ばれた。
あの頃と同じ声で。
「どうして……約束、守ってくれなかったの」
少し震えた声だった。
「断るって言ったじゃないか」
私は、静かに答えた。
「……やっぱり」
息を吸う。
「あなたと、死にたかった」
太宰は目を伏せた。
それから、苦笑する。
「その願いは叶えられない」
少しだけ優しい声で続ける。
「でも——」
「もう一度、僕と付き合ってくれない?」
今度は、迷わなかった。
「うん」
⸻
海沿いを並んで歩く。
昔の話をした。
どうでもいいことばかりなのに、全部が大事だった。
「あの時さ、君ほんと変な理由でOKしたよね」
「太宰に言われたくない」
「ひどいなあ」
そんなやり取りすら、懐かしい。
波の音が、全部を包み込んでいく。
この時、太宰は彼女の本心に気づくことができなかった。
「…一緒に死にたかったな」
⸻
それから、少しだけ時間が流れて。
ある日。
太宰は、崩れ落ちた。
彼女は一人で自殺した。
「……なんで」
声が出なかった。
「こんなことになるなら……」
手を伸ばしても、もう届かない。
「最期まで、そばにいればよかった……」
強く目を閉じる。
「君の願いも、何もかも……」
震える声が、風に溶けた。
「叶えてあげられなかった」
波の音だけが、返事の代わりに響いていた。