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目が覚める。窓から入ってくる真夏の日差し、ひんやりとした布団、爆音で流れるテレビゲームの壮大な音楽…。
「…っておい、んだよ朝から、るっせぇぞ…」
薄目で時計を見ると朝の八時を指しており、その下にあるテレビの前にはボスと奮闘する兄、『神谷 駿斗』がいた。
「ちょ待って、今忙し…こいつ倒せるまで寝れねぇんだよ。」
「んだよその面倒くせぇ縛り…てかせめて音は小さく…」
「何!?聞こえない!」
流石にイラッときた優斗は何も言わず無造作にテレビのリモコンを取り電源を落とした。
「はっ、馬鹿!後ちょっとだったのに!」
「知らねぇよ。てか人んちで朝っぱらから勝手にゲームしてて、お前の方が馬鹿かよ。」
「違いますー!それはお前がいつまで経っても起きないから起こしてあげたんです!あーあ、何て優しい兄様なんだろうなぁ感謝しろ!」
「黙れクソ兄貴。」
それだけ言い、キッチンでカップラーメンに入れるお湯を沸かす。ボス討伐完了寸前の所でテレビの電源を落とされ完全に萎えきった兄は、優斗の寝ていたベッドにゴロゴロと寝転がり不貞腐れた顔でスマホを見ている。
「…あ、お前大会三週間後じゃん。応援行ってやろうか?」
「来んな。飯食って寝てろ。ただでさえ仕事漬けで寝てねぇのに…」
「それ人に言えねぇぞ?ちなみに最近何徹したの?」
「…三徹」
「だからそのクマも消えねぇんだよ」
「別に消す気ねぇし、兄貴には関係ないだろ。」
目つき悪いと引かれるぞとだけ残し、体を反対に向けしばらくすると寝息が聞こえてきた。
勝手に人のベッドで寝るなよ。
と言いたかったが、流石に起こすのは悪いのでそっと布団をかけて寝かせておいた。
ここ数ヶ月、会場での事故やら事件やらで中止と延期が続きやっとの事で三週間後に開催される事になった。このまま何事も無ければの話だが…。
ボーッと寝ている兄を見ているとタイマーがなり、さっと意識が戻ってくる。蓋を開け軽くかき混ぜ麺を啜ると、口の中に溶岩が注ぎ込まれたような痛みがじわじわ、しかし急速に広がった。
「かっ…!」
むせ返りながらよくパッケージを見ると、いつも食べているカップラーメンの激辛だったらしくスープは赤い食紅を入れたように真っ赤だった。急いで水を飲むも相変わらず口はヒリヒリし、おかげで目はスッキリ覚めた。
「…ついてない…」
はぁ、と深いため息を吐きながら麺のやり場に困っていた。 優斗は甘いものや味が濃ゆすぎなければなんでもいける。だが辛いものや酸っぱいものなどは基本的に受け付けない。無論、酒もだ。
反対に兄は甘いものが嫌いで、辛いものなどが大好物。酒もいけるがかなり弱い。優斗自身は多く飲んでも何ともないが、兄はほろよい半分でガチ酔いする程だ。酒は嫌いだが酔いにくい、逆に好きだが酔いやすい。反対だったらいいのになぁと飲むときは大体兄が言う。そこまで興味はないが。
しかし兄が寝ている今、この激辛ラーメンをどうするか悩まざるを得ない。無理に食べれば確実に腹を壊す。しかし放っておけば麺が伸びてしまう。捨てるのは論外だ。今優斗は、RPGで言う世界の半分を貰うか貰わぬかの選択を出された時のような状況下にあった。
「…麺とスープ分ければいいじゃん…」
結果、半分の闇の世界ともう半分の光の世界を同時に手に入れるというシステム上絶対無理な選択を選んだ。苦肉の策だ。 一つのお皿に麺を、もう一つのお皿にスープを入れ、ラップをしてとりあえず常温で放置しておくことにした。
時刻は朝の八時半。十二時ぐらいまで大会に向けて練習するかと意気込み、兄の寝ているベッドの側面にもたれかかりいつも通りメロレイを開き早速画面を叩き始めた。
「…くっそ…」
数時間ほど練習はしたものの、スランプ気味でなかなか上手くいかずイライラしていた。諦めてスマホを置き目を閉じていると、兄が起きてきた。
「ん〜…」
「あ、おはよ」
「……ん」
寝ぼけてんなぁ…。 兄は寝ぼけると結構厄介なもので、一度引っ付いたらなかなか離れず起こすか寝かすかしないとこちらまで動けなくなってしまう。 どうしたものか。
そう考えていると突然首を絞められた。
「うっ、苦し…」
優斗の骨が浮くほどの細い体とは違い、元柔道部で時々ジムにも通っている兄は力強く少し筋肉が付いており、少し力を入れられただけで折れそうな程の馬鹿力だ。 兄はただ寝ぼけて甘えているだけなのかもしれないが、こちらとしては殺されかけているようにしか感じない。無理に腕を外そうとすると余計力が強まり息が出来なくなるため、この場合は何もしないに限る。
が、この世には例外というとのが存在する事も忘れてはいけない。 誰か憎い相手でも夢に出てきたのだろうか。ふっと一息つこうと油断した隙を狙ったかのように思いっきり首を締めてきた。
「やば、ちょっ、おま…」
反射的に腕を引き剥がそうとするも力は強まる一方で、ほぼ気絶寸前まで来ていた。意識を手放しそうになった瞬間、兄の力が一気に弱まり優斗の胸にだらりと垂れた。突然酸素が入ってきたために激しく咳き込み兄が飛び起きる。
「大丈夫か!?な、何があったんだ?」
お前のせいだよと言いたかったが、咳が酷すぎて言葉を発する事すら難しかった。兄は慌ててベッドから降り、しばらく背中をさすってもらったり水を飲んだりして、ある程度落ち着いた。
「おーい、生きてる?」
「……」
「おー、い?」
「…ばか…」
言葉を発するとまた小さく咳き込む。本当はビンタして怒鳴ってやろうかと思ったが、ここまで来ると流石にやる気も出ないものだ。テレビでも見るかと兄が電源を付けようとした瞬間、優斗の脳裏にある出来事が蘇る。
『はっ、馬鹿!後ちょっとだったのに!』
『知らねぇよ。てか人んちで朝っぱらから勝手にゲームしてて、お前の方が馬鹿かよ。』
『違いますー!それはお前がいつまで経っても起きないから起こしてあげたんです!あーあ、何て優しい兄様なんだろうなぁ感謝しろ!』
『黙れクソ兄貴。』
音量も下げずイライラした勢いでぷつりと切ってしまったテレビの電源。その中で流れっぱなしの戦闘BGM。それを思い出す時間は一秒にも満たなかっただろう。そして結末は一つ…。
「待て兄貴!」
「え?」
カチッとリモコンの電源ボタンの音がなると同時に、壮大な戦闘BGMにボスがやられた時の金切り声、戦闘終了を伝える味方キャラの盛大な叫び声。その瞬間は、十秒にも三十秒にも思うほど長く感じた。それら全てが同時に流れ部屋ごと吹き飛ばされるのではないかと言うぐらいの音圧が襲いかかってきた。 兄が反射的に再度テレビの電源を落とす。突然現れる静寂に耳がキーンと痛み、今度こそ本当に倒れるのではないかと思った。息切れをしながら兄の方を見ると何故か笑っていた。
「…った。やったよ優斗、ついにボス倒せたよ!」
わーいと歓喜の声を上げながら手を掴んでくる兄を振り払う事も出来ず、安堵とイラつきの溜息を吐き思わず横になる。
「優斗?おい、大丈夫か?」
「…あぁ、無理…ほっといて…。」
苦笑しながら言う優斗に駿斗は何故か爆笑していた。しばらく笑いあった後、兄が青ざめた顔でスマホを見ながら言った。
「…LIVE、配信しっぱなしだった。」