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かめちょん
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#nmnm
かめちょん
876
#短編集
🙂
2,288
夕方。
神社の石段を上りながら、元貴は深いため息をついた。
「……なんだったんだ、今日」
屋上で見た光景が、何度も頭の中をよぎる。
人を喰らうような禍々しい呪霊。
その呪霊を、何のためらいもなく抱き締め、口づける青年。
そして。
その愛情に応えるように、人の姿を取り戻していく呪霊。
「……いや、意味分かんないでしょ」
誰に言うでもなくぼやく。
「呪霊って、あんな照れるもん?」
思い出しただけで、滉斗が真っ赤になって固まっていた顔が浮かぶ。
「……なんなんだよ、あの二人」
苦笑しながら鳥居をくぐる。
その瞬間だった。
ざわっ——
空気が震えた。
「……?」
境内の空気が、一瞬だけ張り詰める。
元貴は立ち止まる。
(なんだ?)
神社の結界が、ほんの少しだけ反応した気がした。
けれど次の瞬間には、何事もなかったように静けさが戻る。
「気のせい……か?」
首を傾げながら歩き出す。
すると。
「元貴ぃぃぃ!」
「うわっ!?」
本殿の奥から、白髪の老人が猛ダッシュで飛び出してきた。
「じいちゃん!?」
「止まれぇぇ!」
「なんで!?」
肩をがっしり掴まれる。
祖父は元貴の顔をじっと見つめた。
「……お前」
「な、なに」
「とんでもないもんに会うたな?」
元貴は一瞬固まる。
「…………」
「図星じゃな」
「いや、まぁ……」
「人か?」
「人ではある」
「霊か?」
「霊でもある」
「なんじゃそれ」
元貴は困ったように頭をかく。
「説明が難しいんだよ」
「じゃあ一言で言ってみろ」
少し考えて。
ぽつりと答える。
「……恋する呪霊」
祖父は数秒黙った。
「…………」
「元貴」
「うん」
「疲れとるなら寝ろ」
「いや、本当なんだって」
「恋する呪霊なんて聞いたことないわ」
「僕も今日初めて見た」
「わしも初めて聞いたわ」
元貴は苦笑する。
「だから説明するよ」
境内を風が吹き抜ける。
「ちょっと全員呼ぶかの 」
老人は静かに本殿のほうを向いた。
「おーーい」
すると。
「どうしたのー?」
「ごはんー?」
「お客さんー?」
「なんじゃ騒がしい」
「じーちゃんまた転んだ?」
次々と人が出てくる。
祖母。
父。
母。
叔父。
叔母。
妹。
従兄。
「元貴が帰ってきたぞー!」
「おかえりー!」
「今日も霊に追いかけられたかー?」
「違う違う」
「じゃあ憑かれた?」
「それも違う」
「呪われた?」
「僕じゃない」
「ほぉ」
家族全員の目が、一斉に元貴へ向いた。
嫌な予感しかしない。
「話せ」
「話してください」
「聞かせろ」
「聞きたい!」
「気になるー!」
元貴は深いため息をつく。
「……分かったよ」
「ただ、 長くなるよ」
⸻
三十分後。
「……ということ」
境内は、しんと静まり返っていた。
誰も喋らない。
元貴は思う。
(まぁ、そうなるよね)
すると。
祖父がぽつりと呟いた。
「十年前か……」
元貴が顔を上げる。
「じいちゃん?」
祖父は遠くを見るような目をした。
「あの日、この神社が一晩中揺れた」
「……え?あのときの?」
「突然、とんでもない霊気が空を裂いた」
「神主仲間も大騒ぎじゃった」
「『何かとんでもない呪いが生まれた』と」
元貴の背筋がぞくりとした。
「それって……」
「間違いない」
祖父は静かに頷く。
「あの子らじゃ」
「涼架くんと……滉斗くん」
境内へ沈黙が落ちる。
祖父は少しだけ笑った。
「ようやく会えるんじゃな」
「…………」
元貴は嫌な予感しかしなかった。
そして。
その予感は当たる。
祖母が手を叩く。
「会いたいわぁ!」
母も頷く。
「会いたい!」
父も腕を組む。
「ぜひ」
叔父。
「見たい」
叔母。
「かわいそうな子たちねぇ」
妹。
「お兄ちゃん連れてきて!」
従兄。
「俺も!」
元貴は頭を抱えた。
「……いやいやいや」
「なんで全員そんな乗り気なの」
祖父はにやりと笑う。
「決まっとる」
「こんな面白……いや」
咳払いを一つ。
「珍しい呪い、一生に一度見られるかどうかじゃ」
「今『面白い』って言いかけたよね?」
「気のせいじゃ」
「絶対違う」
祖父は何事もなかったように湯呑みを手に取る。
「元貴」
「なに」
「明日、呼んできなさい」
「……は?」
「涼架くんと滉斗くん」
元貴は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「いやいやいや!」
「あの呪霊だよ!?」
「神社だよ!?」
「普通入れないでしょ!」
祖父は、ふっと笑う。
「普通の呪霊なら、の」
その一言に。
元貴は口を閉じた。
祖父は湯呑みを置く。
「二人で一つの善なる呪いなら」
「この神社も、拒まんよ」
その言葉だけが、静かな境内に落ちた。
元貴は空を見上げる。
(……また、面倒ごとが増えそうだ。)
そう思いながらも。
口元には、少しだけ笑みが浮かんでいた。
⸻
翌日。
「……ここ、で合ってる?」
涼架は目の前にそびえる石段を見上げた。
緑に囲まれた古い神社。
鳥居の向こうには、静かな境内が広がっている。
「うん」
隣の元貴が頷く。
「僕の家」
「……思ってたより立派」
「よく言われる」
元貴は苦笑した。
「代々神主やってる家だからね」
その横で、黒いモヤがゆらりと揺れる。
「……」
滉斗はいつもの異形の姿で、涼架のすぐ後ろにいた。
赤黒い瞳が、じっと鳥居を見つめている。
「ひろ?」
涼架が振り返る。
「どうしたの?」
滉斗は小さく首を傾げた。
「……や、な゛ぁかんじぃい゛」
黒いモヤが少しだけ濃くなる。
元貴は振り返った。
「やっぱり分かる?」
滉斗はこくりと頷く。
「ここ、結界張ってあるから。 普通の呪霊なら入れない」
「……じゃあ、ひろは?」
涼架の声に少しだけ不安が混じる。
元貴は肩をすくめた。
「正直、僕もどうなるか分からない」
「でも、 じいちゃんが『大丈夫』って言うなら大丈夫なんだと思う」
その言葉に、滉斗は涼架を見る。
涼架も、小さく笑って頷いた。
「一緒に行こ」
その一言だけで十分だった。
涼架はそっと滉斗の手を握る。
滉斗も赤い顔をしながらそれを受け入れた。
そして、 二人は並んで鳥居をくぐった。
――その瞬間。
ゴォォォ……
境内の空気が震えた。
滉斗の身体を包んでいた黒いモヤが、一気に渦を巻く。
「ひろ!?」
涼架が思わず手を伸ばす。
黒い霧が身体を覆い隠した。
巨大だった異形の身体が縮む。
腕が細くなり。
角のような突起が消え。
歪んだ口が閉じる。
やがて霧が晴れると――
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
二十三歳ほどの姿。
涼架と同じくらいの背丈。
黒髪に、少し幼さの残る顔立ち。
全身を黒いモヤが薄く漂っているものの、異形だった面影はほとんどない。
「……ひろ?」
滉斗は自分の手を見つめる。
指を開いたり閉じたり。
頬に触れたり。
「……あれ」
今までより、ずっと滑らかな声。
自分でも驚いているらしい。
「しゃべれる」
「ひろ!」
涼架は思わず笑顔になった。
「すごい!」
「いつもの人の姿より、大人になってる!」
滉斗は照れくさそうに笑う。
その瞬間。
「おぉーーーーーーい!!」
境内の奥から大きな声が響いた。
「来たぞーーーー!!」
「ほんとだ!」
「どこどこ!?」
「わぁ!」
元貴は頭を抱えた。
「……だから言ったじゃん」
「うち、こうなるって」
本殿の奥からぞろぞろと人が現れる。
「わぁ…多いねぇ」
涼架が思わず呟いた。
「でしょ」
元貴は遠い目をした。
祖母が涼架の手をぎゅっと握る。
「あなたが涼架くん!?」
「は、はい」
「かわいいわねぇ!」
「えっ!?」
叔母もうんうん頷く。
「写真よりかわいい」
「写真!?」
元貴が目を逸らした。
「昨日、家族会議用に養成所のホームページ見せた」
「元貴ぃ!?」
「仕方ないでしょ」
「説明しづらかったんだから」
「だからって!」
わいわい騒ぐ大人たち。
「後ろの子もイケメンさんねぇ」
滉斗は涼架の後ろへ隠れていた。
「ひろ?」
「……いっぱ……いる」
「緊張してる?」
こくり。
その様子を見た元貴が吹き出す。
「昨日まであんなに威嚇してた呪霊と同一人物とは思えないんだけど」
滉斗は少しだけ睨む。
「……わらうな」
「ごめんごめん」
全然反省していない。
その時だった。
今まで黙っていた祖父が、一歩前へ出る。
空気が変わる。
笑い声が自然と止んだ。
祖父は滉斗をじっと見つめる。
滉斗も祖父を見つめ返す。
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
祖父はふっと目を細める。
「……そうか」
「やっぱり、お前さんじゃったか」
滉斗が首を傾げる。
「……?」
祖父は空を見上げた。
「十年前」
「この神社が一晩中震えた日があった」
元貴が静かに息を呑む。
「じいちゃん……」
「儂ら神職の人間は皆、空を見上げた」
「あまりにも大きな霊気じゃった」
「誰もが、とんでもない穢れが生まれたと思った」
祖父はゆっくりと滉斗へ視線を戻す。
「じゃが違った」
「儂は、昨日ようやく分かった」
「……あれは、お前さんらじゃった」
境内に静かな風が吹く。
滉斗は何も言えない。
涼架も黙ったままだった。
祖父は二人を見て、穏やかに笑う。
「よう来たな。 二人とも」
「ここなら、安心してええ」
その一言に。
滉斗の周りを漂う黒いモヤが、ふっと穏やかに揺れた。
まるで。
神社そのものが、二人を拒まず、静かに迎え入れたようだった。
祖父は滉斗と涼架を見つめたまま、小さく頷く。
「……上がりなさい」
「茶でも飲みながら話そう」
⸻
畳の部屋。
ちゃぶ台を囲むように座る一同。
涼架は正座。
滉斗はその隣。
元貴は「また始まった……」と言いたげな顔で湯呑みを持っている。
祖母がお茶請けを並べながら、にこにこ笑う。
「ありがとうございます」
涼架がぺこりと頭を下げる。
その隣で滉斗は、まじまじと羊羹を見つめていた。
「……?」
「ひろ?」
滉斗は困ったように首を傾げる。
「……たべられない」
「あっ」
涼架も気付いた。
「そっか……」
呪霊である滉斗は、食べ物を口にできない。
祖母は一瞬だけ寂しそうな顔をした。
「そっかぁ……」
「じゃあ、見る専門ね」
「おばあちゃんがいっぱい食べるから!」
「いや、それは違うでしょ」
元貴が即座にツッコむ。
部屋に笑い声が広がる。
滉斗もつられて笑った。
⸻
しばらくして。
祖父が静かに口を開いた。
「元貴」
「昨日、お前が話してくれたじゃろ」
「はい」
「滉斗くんが呪霊になった日のことじゃ」
「……うん」
祖父は湯呑みを置き、少し遠くを見るような目をした。
「さっきも話したがの。あの日、この神社は夜中に大きく震えた」
「神棚の榊が全部倒れたほどじゃ」
「儂らは皆、巨大な穢れが生まれたと思った」
「退魔師も神職も、大騒ぎじゃった」
祖父は苦笑する。
「じゃが、いくら探しても何も見つからんかった」
「姿もない。場所も分からん。どこから生まれたものなのかすら分からんかった」
元貴が眉を寄せる。
「……それが、滉斗だった」
「そうじゃ」
祖父は滉斗を見る。
「正確には、滉斗くんだけではない」
「……え?」
「お前さんが死ぬ間際に抱いた願い」
「涼架くんを守りたい。離れたくない。もう一度、涼架くんのそばにいたい」
滉斗の指が、わずかに動く。
「その願いが、死んだ魂をこの世へ縛りつけた」
「それが、お前さんらの呪いの始まりじゃ」
滉斗は黙ったまま、自分の手を見る。
「……おれ」
「うむ」
祖父は穏やかに頷く。
「じゃがの」
「ここからが大事なんじゃ」
祖父の視線が、涼架へ移る。
「滉斗くんは、死んだあとも涼架くんのそばにおった」
「ずっとじゃ」
「……うん」
涼架は小さく頷く。
「それこそ、十年も」
「普通なら、それだけ長い間ひとつの人間に取り憑き続ければ、呪霊と人間のどちらかが先に壊れる」
「じゃが、お前さんたちは壊れなかった」
元貴が黙って聞いている。
「むしろ、滉斗くんは涼架くんのそばにいるほど強くなった」
「そして涼架くんも、滉斗くんがいるほど霊的な力を持つようになった」
涼架が目を瞬く。
「……俺が?」
「そうじゃ」
祖父は頷いた。
「気づいておらんかもしれんがの」
「涼架くんの周りには、随分と多くの呪霊が寄ってきておる」
「……呪霊が?」
涼架がきょとんとする。
「うむ」
祖父は窓の外へ視線を向けた。
「お前さんの持つ力は、普通の生霊とは比べものにならん」
「それだけ強い霊気を持っておれば、当然、それを喰らおうとするものも出てくる」
「実際、涼架くんの周りには、呪霊が何体も寄ってきておった」
「じゃが――」
祖父の視線が滉斗へ移る。
「そのたびに、滉斗くんが追い払っておる」
滉斗が気まずそうに目を逸らした。
少しだけ黒いモヤが増す。
「……だって」
「りょぉか……に、ちかづくぅ……」
「そういうことじゃ」
元貴が小さくため息をつく。
「……なるほどね」
「だから僕が昨日見たときも、涼架の周りだけ妙に空気が違ったのか」
「そうじゃろうな」
祖父は頷く。
「そしてな」
「涼架くん自身も、知らず知らずのうちに呪霊を退けておる」
「え?」
涼架が目を丸くする。
「俺が?」
「例えばじゃ」
祖父は指を一本立てる。
「なんとなく悪いものが近づいたと思ったとき、急に身体が軽くなったことはないか?」
「……ある」
「誰もいない場所なのに、何かが近づいてきたと思った瞬間だけ妙に寒気がしたことは?」
「それも……ある」
「それから」
祖父は少し笑った。
「嫌な予感がする場所に行ったはずなのに、なぜか何事もなく帰ってこられたこと」
涼架はしばらく考える。
「……いっぱいある」
元貴が呆れた顔をする。
「いっぱいあるんだ……」
「うん」
「じゃあ、今まで全部偶然だと思ってた?」
「思ってた」
「天然すぎない?」
「だって分かんないもん」
祖父が笑う。
「それは偶然ではない」
「涼架くんの力が、無意識に周囲の呪霊を退けておったんじゃ」
「ただし――」
祖父の声が少しだけ低くなる。
「お前さんの力は、ただ祓うだけではない」
「強い霊気を持つ者には、それを利用しようとするものも寄ってくる」
「だからこそ、滉斗くんがおる」
涼架が滉斗を見る。
滉斗は何も言わず、ただ涼架の手を握った。
「滉斗くんが涼架くんを守る」
「涼架くんは無意識に周囲の呪いを退ける」
「そうやって二人がお互いを支えておるからこそ――」
祖父は穏やかに笑った。
「今の二人の力になっておるんじゃよ」
「そんな感じで、涼架くんの側にも、滉斗くんを手放さない力があったんじゃ」
「罪悪感もあるじゃろう」
「『俺のせいで死んだ』という想いも」
「それでも、それだけではない」
祖父は二人を見つめる。
「涼架くんは、滉斗くんに生きていてほしかった」
涼架の瞳が揺れる。
「……うん」
「姿が変わっても」
「人間じゃなくなっても」
「それでも、お前さんは滉斗くんを滉斗くんとして見ておった」
「だから、滉斗くんは消えなかった」
「そして同じように、涼架くんもまた滉斗くんによって、この世に繋がれた」
元貴が小さく息を吐く。
「……なるほど」
「片方が一方的に縋ってたんじゃない」
祖父が頷く。
「そういうことじゃ」
「滉斗くんが涼架くんを繋ぎ止め」
「涼架くんも滉斗くんを繋ぎ止めた」
「二人がお互いを離さなかったからこそ、二人ともここにおる」
涼架は自分の胸元へ手を当てる。
「じゃあ……俺も……」
祖父はその先を急かさなかった。
涼架はしばらく黙ってから、ぽつりと呟く。
「……俺も、生霊みたいなものなの?」
「うむ」
祖父は静かに頷く。
「人として生きながら、死者をこの世に繋ぎ止めるほどの力を持った」
「そういう意味では、お前さんも立派な呪いの一部じゃ」
「……俺も、呪い」
涼架の声が少しだけ沈む。
その隣で、滉斗が涼架の手を握った。
「りょうか」
「……ひろ」
「りょうかはわるくないよ」
涼架は滉斗を見る。
祖父も、そんな二人を見ながら静かに笑った。
「そうじゃ」
「呪いという言葉に、怯える必要はない」
「呪いとは、ただの力の名前じゃ」
「その力を何に使うかは、お前さんたち次第じゃからの」
元貴が腕を組む。
「つまり……」
少し考える。
「二人とも、相手をこの世に繋ぎ止めるために、ずっと力を使い続けてるってことか」
「簡単に言えば、そうじゃ」
「……なるほどね」
元貴は頷いた。
一度。
二度。
そして。
「……いや、待って」
「ん?」
元貴の顔から、少しずつ笑みが消えていく。
「それ、十年間?」
「そうじゃ」
「毎日?」
「そうじゃな」
「ずっと?」
「ずっとじゃ」
「…………」
元貴は二人を見た。
涼架。
滉斗。
二人とも、何のことか分かっていないような顔をしている。
「……バケモンじゃん」
「え?」
涼架が目を丸くする。
「いや、だってさ」
元貴は頭を抱えた。
「霊力って、普通はそんな簡単に使い続けられるもんじゃないんだよ」
「一時間も力を維持できたら、それだけで十分すごい」
「それを十年間?」
「しかも、ただの結界とかじゃない」
元貴は滉斗を見る。
「死んだ人間を、本来ならあの世へ行くはずだった魂を、この世に繋ぎ止め続ける」
「そんな常識外れの力、どれだけ霊力を食うと思ってんの?」
滉斗はぽかんとしている。
「……わかんない」
「僕も分かりたくないよ」
元貴は深いため息を吐いた。
「普通なら、とっくにどっちかが限界になってる」
「なのに二人とも十年間ずっと維持してる」
「しかも――」
元貴は涼架を見る。
「涼架は自分でも気づかないうちに、周りの呪霊まで追い払ってるんでしょ?」
「……うん」
「滉斗は滉斗で、涼架に寄ってくる呪霊を片っ端から追い払ったり、異形になって莫大な霊力消費をしたり…」
「うん」
「…………」
元貴はしばらく黙った。
そして、祖父を見る。
「じいちゃん」
「なんじゃ?」
「僕、この二人のこと普通の人間と呪霊だと思ってたんだけど」
「うむ」
「撤回する」
「なんと?」
元貴は二人を指差した。
「こいつら、二人そろって規格外だよ」
祖父が愉快そうに笑う。
「どうじゃ、元貴」
「異常さが分かったかの?」
「……十分すぎるほど分かったよ」
元貴は肩を落とす。
「むしろ分かりたくなかった」
涼架が苦笑する。
「そんなに?」
「そんなに」
滉斗が小さく首を傾げる。
「……おれたち、すごい?」
元貴は即答した。
「すごいよ」
「怖いくらいにね」
「……そっかぁ」
涼架は少し嬉しそうに笑った。
「ひろ、すごいんだって」
「りょぉかも……すごぉい」
「えへへ」
「…………」
元貴は二人を見つめる。
「なんで本人たちが一番のんきなの?」
「知らん」
祖父は笑った。
元貴は二人を見る。
滉斗は相変わらず涼架の手を握っている。
涼架も、それを嫌がるどころか嬉しそうに握り返していた。
元貴はしばらく眺めてから、ぽつり。
「……そりゃ、離れられないわけだ」
「お互い様じゃん」
「え?」
涼架が首を傾げる。
元貴は呆れたように笑った。
「いや、なんでもない」
「ただ……」
二人を見ながら、肩をすくめる。
「愛が重いなぁって思っただけ」
「……ぶっ!」
涼架が吹き出す。
「そこ言う!?」
「だって事実でしょ」
「ひどい!」
滉斗まで少し恥ずかしそうに俯く。
祖父は楽しそうに笑った。
「まぁ、元貴の言うことも間違っとらん」
「おじいちゃんまで!」
「愛が重いくらいが、ちょうどええこともある」
「いや、呪いなんだけど?」
「それも含めてじゃ」
「含めるなよ……」
元貴は呆れながら湯呑みを手に取った。
その横で。
涼架と滉斗は、顔を見合わせる。
そして。
どちらからともなく、小さく笑った。
二人を繋いでいるものが何なのか。
もう、二人とも分かっていた。
それは呪いで。
それは祈りで。
そして何より――
互いを想う気持ちだった。
⸻
その時。
「ひろ」
涼架が滉斗の肩に頭をのせる。
「ん?」
「ありがとう」
滉斗は照れくさそうに笑う。
「……りょうか」
「すき」
「うん、 俺も 好き」
「……」
元貴が目を逸らした。
「……始まった」
祖母がにこにこしている。
「若いっていいわねぇ」
「いや、おばあちゃん。 片方、呪霊だから」
「細かいことはいいの」
祖父まで笑い始める。
滉斗は真っ赤。
「りょ……りょうか……」
「照れてる」
涼架がくすっと笑う。
「かわいい」
滉斗は両手で顔を隠した。
元貴は深いため息をつく。
「昨日まで異形だったとは思えない」
「恋ってすごいね」
⸻
帰り道。
夕日が石段を赤く照らしていた。
「今日はありがとうございました」
涼架が頭を下げる。
祖母が手を振る。
「またおいでねぇ!」
「次はご飯作っとくから!」
元貴がぼそっと呟く。
「だから滉斗は食べられないって」
「雰囲気よ」
「便利な言葉だな」
笑いが起こる。
その後ろで。
祖父が元貴を呼び止めた。
「元貴」
「ん?」
祖父は二人の背中を見つめながら言う。
「これからも、 あの二人を頼む」
元貴は少しだけ黙った。
「……めんどくさいんだけどね」
「知っとる」
「放っといたら、また屋上行きそうだし」
「うむ」
「だから」
元貴は肩をすくめる。
「しょうがない」
「友達だから」
祖父は満足そうに笑った。
「それで十分じゃ」
⸻
石段を下りる三人。
真ん中を歩く涼架。
右には、だんだんと姿が変わっていく滉斗。
左には、ため息をつきながら歩く元貴。
「元貴」
「なに?」
「また遊び来てもいい?」
「家族が許可したからね」
「好きに来れば」
「やった」
滉斗も嬉しそうに笑う。
「……また、くる」
「うん」
元貴は苦笑した。
「でも、 次はあんまいちゃつくなよ」
「……がんばる」
「頑張るじゃなくて守って」
「でもさぁ、神社限定だよ?滉斗の大人姿」
「堪能しておくしかないでしょ」
「りょおかぁ…かぁいいねぇ」
「あぁもう!めんどくさいなぁ」
三人の笑い声が、夕暮れの参道に響いた。
神社の境内では、祖父が静かに目を閉じる。
「あの日、世界を震わせた祈りも」
「ようやく、居場所を見つけたようじゃの」
風が、木々を優しく揺らした。
それは、呪いが消えた音ではない。
誰かが、その呪いを受け入れた音だった。
コメント
1件
うわあ、この話、すごく良かったです……!元貴くんの家族が全員ノリノリで「会いたい!」ってなるの、笑ったけど、その裏でおじいちゃんが語る十年前の震えや、滉斗くんと涼架くんが「お互いを繋ぎ止めてきた」という真実にじーんときました。二人が“呪い”でありながら“祈り”でもあるって表現、すごく好きです。神社の空気に受け入れられたラストも、胸がじんわり温かくなりました🌷