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カチ、カチ、と一定のリズムを保った壁掛け時計の秒針の音が部屋に響く。
窓越しに差し込む茜色の光と、床に落ちた影の輪郭さえも遠のく様な感覚を覚えながら、
静寂の中、ただシャーペンが紙の上を滑る。
チラッと前方を一瞥すれば、同じように轟くんが課題に取り組んでいた。
僕はそれを見て一層肩の力を抜く。
………な、なあんだ
ほんとに勉強するだけなんだ。
僕の部屋で轟くんと二人なんて、その、すごくドキドキするから何かと思ったら、
良かった、良かったよ、ほんと
「…緑谷?」
「わっ、あ、ご、ごめんね」
ついジロジロと不躾に眺めてしまい、
それに気づいた轟くんはやや怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見やった。
僕はあはは…と誤魔化し笑いながら課題に戻る。
LHR終わりからずっと挙動不審で恥ずかしい…
なんか僕ばかりドキドキして、僕ばかり意識している気がする。
告白してきたのは向こうなのに。
前提として、僕は轟くんもかっちゃんも嫌いじゃない。
寧ろ好ましくて、でもそれが恋愛感情なのかと問われたら手放しに肯定する事は出来ない。
しかし、もし告白がどちらか片方からだったなら、付き合っていたかもしれない。
好きじゃないのに付き合うなんて不誠実かもしれないけど、
でもそこから好きになる可能性だってある訳だし、
そうなっても良いと思える程には、僕は轟くんもかっちゃんも大好きだ。
だから、嫌じゃないんだ、別に。
それどころか真っ直ぐに好意を向けられると嬉しいし、ドキドキするし、
なんと言うか、堪らない気持ちになる。
…僕は、僕をどうするか決めかねている。
悪く言えば二人の気持ちを弄んでいる。
二人のことを恋愛的に好きという訳ではないが、そうなる可能性はあって、
現状どちらの事も同じくらい好きで、どちらにもドキドキしていて、
二人の想いを無碍にしたくないと言いつつ、
決断を先延ばしにして時間を浪費している。
分かってるんだ、こんなの良くないって。
でも、だって、どうしたいいかわからない
いま、こうして轟くんと二人きりになるのだってこんなに意識してから回ってるのに、
かっちゃんの事を思うとどうしても一歩を踏み出せない。
僕は、どうしたら
ぼくは
「……りや」
「…どりや」
「みどりや」
「ッハイ!?」
ふと認識できた声に思わずビクッと身体を強ばらせた。
轟くんは眉尻を少し下げて、僕の顔を覗き込む。
「緑谷、大丈夫か、お前」
「へ?な、なにが…?」
「さっきから全然手が動いてねぇ。なんかぼーっとしてるし…考え事か?」
轟くんは一層心配そうな表情を浮かべた。
ここ三年…正確には二年間に散々言われた事で、
僕はどうやらなんでも自分を犠牲にして一人で抱え込む質らしく、
悩み事は相談しろと耳が痛くなる程クラスメイト
…特に、飯田くんや轟くん、切島くん、上鳴くん
女子からは麗日さんからよくお叱りを受けた。
他人の為に考えなしに飛び込んでいく自覚はあるけれど、
それ以外なら皆に支えてもらってばかりで、そんな風に叱られるなんて心外だけど、
そんな事もあってか、僕がこうして悩んでいる風な様子を見せると、周りの人達は少し過保護になった。
う、うーん
確かに、考え事っちゃ考え事だったけど……
でも、これは全く、君たちの…
君たちのせいだよ…!
いや、僕も悪いけど…………!!!
「え……っと、大した事じゃないよ。ごめんね」
「……」
轟くんが訝しげな表情のまま僕を見据える。
僕はウーンと困り果てることしか出来ず轟くんの方を見つめ返した。
必然的に轟くんと目が合う。
その水晶のように透き通る瞳と、整った造形の顔立ちに思わず見蕩れそうになる。
轟くんをA組きってのイケメンだと思う人は多いし、僕もそう思う。
すると、不意に轟くんはシャーペンを机に置き、
こちらに視線を向けたままぽそりと囁くように呟いた。
「……緑谷、手、握ってもいいか」
……………………………へ
「………へ、」
少しの間、僕の思考が停止する。
手、握る?
誰が、誰の、
轟くんが僕の?
えっ、あっ、なん、え、き、急に?
思わず冷や汗が背筋を伝う。
やけに顔が熱い、赤くなってないといいな。
僕の動揺を他所に轟くんは続ける。
「…緑谷がすげぇ構えるから、咄嗟に課題なんて言っちまったが、俺はお前が好きだ」
「…『轟くんがそんな事するはずない』…って言ってたが、俺も男だ。そんな純粋じゃねぇよ」
「好きなやつと二人きりになりてぇって言う下心があるの、緑谷にはわからねぇか?」
「…………と、どろき、く……」
ドッッッッッッッッ!!!!
とか言う変な音が心臓から聞こえた。
シャーペンを強く握る僕の無防備な右手に上からやや熱いくらいの体温が重なる。
轟くんの手が僕の手に乗ってる。
触れてる、ふ、触れ…ッててててて手が、手がががが
「緑谷…俺は、お前を恋愛的な意味で好きで、その中には劣情も含まれてる」
真っ直ぐと視線が合う。
轟くんの顔から目が離せない。
混乱のなかよく見れば轟くんの頬がいつもより少し赤くなっていることに気づいて、
僕はさらに胸がいっぱいになった。
「ヒーロー実習で押し倒されたりした時はすげぇドキドキするし、首筋に流れる汗を見て更に興奮するし…今二人きりなのも気が気じゃねぇくらいなんだ」
ぼくは、いま、なんの話しをされてる?
あんまり頭に入ってこない。
我ながらあまりに流されやすすぎて困ってしまう。
でも、仕方ないだろう
だって本当に心臓が痛いくらいなんだ
今までヒーローばかりで恋愛なんてまともにしてこなかったし、初めての事ばかりなんだよ
カタリと音を立てながら、僕の手からシャーペンが滑り落ちた。
その隙を見てか、指と指の隙間に轟くんの指が絡み付いてくる。
「……緑谷…」
「……嫌って感じの顔には見えねぇな」
やはり僕は抵抗できない。
ぼんやりと周りの景色が輪郭を失っていく。
ただ息をするのも瞬きをするのも忘れて、
熱っぽい表情の轟くんを見つめた。
そしてそのまま少しずつ近づいてくる轟くんに、どこか非現実的な感覚に陥って、
あ、
あ、
うわあ、
どうしよう、くっつきそう
僕は、
どうしたら
もう、
_____と言う寸での所で、思わずかっちゃんの顔が頭を過ぎってしまった。
「と…ッとととどろきく、こ、こここれ以上はぁ…っ!」
グッと轟くんの肩を持って顔を背ける。
ギュッと目を瞑って、強制的に轟くんを見ないよう努めた。
しかしそれはそれで少し掠れた轟くんの美低音がダイレクトに鼓膜に響いて困った。
「いやだ、緑谷、みどりや……」
「はぅ……………………」
ギュッと手を握る力が強まった。
普段の彼からは想像も出来ないほど甘えた幼い声色に
身体の至る所がむず痒くなる気持ちと、
どうしようもなく守ってあげたくなる気持ちで頭がぐちゃぐちゃになる。
さっきから僕は轟くんに頭をぐちゃぐちゃにされてばかりだ。
観念して、轟くんの顔を見遣る。
すると、とろんと表情を蕩けさせた轟くんが
ほんとに愛しいみたいな表情で僕をじっと見据えていた。
「轟くん…そ、その顔、ズルいよ……」
「…?わりぃ」
思わず文句を言ってしまった。
轟くんは、何も悪くないのに、彼自身よく分からないまま
その善性からか謝罪と、それに合わせてこてんと首を傾げた。
その動きもあざとくて堪らなくなる。
「と、轟くん…自分の顔がかっこいいの分かってやってるよね…!?」
これについても文句を言わなければ気が済まなかった。
「いや…顔は関係ねぇだろ」
「あるよっ!なんて言うか、轟くんの顔で迫り寄られるのってものすごい破壊力なんだから…!!!」
「は、破壊…?」
「ああもう!違うよ…!これは誇張表現で…っ!」
「……か、かっこよすぎて、ど、ドキドキするって…意味……」
「!」
あまりの気恥しさに言葉尻を小さく濁しながらそう呟く他なかった。
顔どころか全身熱い。
ギュッと握られた手も、頭も心臓から血液が巡るところ全て茹だるように熱い。
もう顔を上げる気力もなく項垂れる僕の頬をするりと轟くんの指先が滑る。
その度ガチガチに身体を固め、
指先に誘導されるように顔を上げると、 轟くんが優しく微笑んだまま僕を見下ろしていた。
「…ならよかった、全部そう思って欲しくてやってんだ」
なんだそれ
はじめてきいた
そんなかっこいいせりふ
これらを全部天然でやっているのだから末恐ろしい。
天然?
いや少しの打算くらいあるかもしれないけど。
わからない
もう轟くんがわからない
というか、なんかそんなのどうでもいい
「でも、緑谷の方がかっこいいぞ」
ふと、いつもの調子に戻った轟くんにそんな事を言われて、思わずギョッとした。
「エッ!?ぼぼぼ僕なんかは轟くんに比べたらそんな全然全然全然」
「んな事ねぇ。自分を卑下するのはやめてくれねぇか」
「…緑谷の顔は、俺の好きな顔なんだ。」
「そ、そんな…」
自分の顔をわざわざ好きだなんて言う人に出会ったことが無さすぎて
何故か絶望したような反応の仕方になってしまった。
だってくるくる癖毛で、濡らしても何しても治らなくて、
そばかすもあって、轟くんに比べたら鼻も低くて顔も丸いし、
造形的に整ってるとは言い難い。
いや勿論この顔に、身体に産んでくれたお母さんとお父さんのことは大好きだけど、
それと一般的なイケメン像と僕とではかなりかけ離れた印象と言うか…
正直轟くんが何を持ってして好きな顔と言ってくれているのか分からないと言いますか…
「…緑谷、」
「はゎ」
「かっこいい、すきだ、みどりや、みどりや、見てるだけでドキドキする………」
「……え、えぇ………」
じわりと手のひらにどちらのものかも分からない汗が滲む。
「と、轟くんには僕の顔がどんな顔に映ってるんだよぉ………」