夕暮れ前。空の色が茜に染まりはじめた頃。
山の中腹の木陰で、
酒吞童子・いふは、烏天狗・りうらを待っていた。
「来ねぇかと思った。」
「……来たじゃん。」
りうらは、目を逸らしながら、でも逃げる気配はなかった。
ふたりの間に、少しだけ沈黙。
いふが、瓢箪を一口だけあおる。
「飲む?」
「いらねぇ。お前、酔ってんの?」
「酔ってたら、こんな怖ぇことしねぇよ。」
「……なにが“怖ぇ”んだよ。」
「お前に、本気で言うこと。」
りうらが、ゆっくりと息を飲んだ。
いふは、視線を逸らさずに言った。
「俺、お前のこと……ちゃんと好きだ。」
りうらの羽が、わずかに震えた。
「冗談だと思ってたかもだけど、
からかってたのも、ちょっかいかけてたのも、
全部、ほんとはお前の気を引きたかっただけ。」
「……知ってた。」
「は?」
「お前の冗談、分かりやすすぎんだよ。」
「じゃあなんで、怒った顔した?」
「……わかってたけど、本気じゃないって思いたくなかった。
もし本気だったら、俺……どうしたらいいか、わかんなかったから。」
「……それ、今でも?」
「……今は、ちょっとだけ、わかる気がする。」
りうらはゆっくりと歩み寄り、いふのすぐそばに立った。
「俺も、お前のこと、好きだよ。」
「……!」
「ずっと、ふざけて笑ってるのに、
誰よりも、他人の顔色見てんのも、
誰かが落ち込んでたら、気づかれないようにそばにいるのも――
俺、知ってるから。」
いふは、思わず目を伏せた。
こんなふうに、ちゃんと見られてるのが、照れくさくて仕方なかった。
「……ありがと。」
「お前が言ったんだろ。“もうちょっとだけ見てて”って。
俺、もうちょっとだけじゃなくて、ずっと見ててもいい?」
「……バカ。もう、お前にだけは言われ放題だな、俺。」
「じゃあ……」
りうらが、そっと手を伸ばす。
いふの手に、触れた。
はじめて、ちゃんと。
「あらためて。よろしく。」
いふは、手を握り返しながら、
ほんの少し、酒と涙のにおいを滲ませて笑った。
「こちらこそ。よろしくな、俺の“天狗”。」
空の色は、ゆっくりと夜へ向かっていた。
でも、ふたりの足元には、確かな一歩が刻まれていた。
コメント
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始めまして!🙌 いつも陰ながら見させてもらってます!! 今日いっぱい投稿されてめちゃ嬉しいです!!じっくり見させてもらいますー!✨