2話 好きな人の名前
『好きです!!』
気づいた時には口から溢れたその言葉を、戻すことなどできなかった。
ただ、口から溢れ出た言葉がこの空間に余計な程の空白を生み出したのには違いないだろう。
彼は、その目をぱちくりと大きく見開いていた。その表情にはっとして、
『あ、えと。すいません。急にこんなこと言われても困りますよね。』
と言うと、彼は動揺こそしているが落ち着きの見える態度で
「えっと、そうだね。吃驚はしたかな。君の想いは嬉しいけど、、ほら、高校生男児と成人男性が付き合っているのはあまり世間体としてもよくないと思うんだ。だから、20歳になってまだ君が僕を好きでいてくれたなら、その想いをまた伝えに来てよ。」
と優しく言ってくれた。しかし、これは実質振られたというべきなのか。20歳になった時にまた会える保証なんてない。そうこう考えているうちに、彼は書類を全部拾い終えたようで背を向けて去ろうとしている。名前を。そうだ、名前を聞いておこう。
『あの、名前を教えて貰えませんか! 』
また、彼は目を見開く。そんなに開くと、目がこぼれ落ちてしまいそうだな。そう思った。
彼は、間をおいてこう言った
「、、、姫川。姫川蒼。じゃあね。」
手を小さく振って彼は去っていった。
「おい、乙部遅刻するぞ。」
深春の声で現実に引き戻される。時刻を確認すると、冷や汗が浮かんできた。やばい。本当に遅刻する。