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〇〇 side
― もう一つの発表 ―
撮影の合間、控室の空気が少しだけざわついていた。
「松村北斗さん、映画決まったみたいですよ」
その一言で、胸が一瞬だけ強く打つ。
差し出されたスマホ。
そこに並んでいた大きな見出し。
“主演決定――『秒速5センチメートル』実写映画化”
思わず息を止める。
あの作品。
触れられそうで触れられない距離。
時間に引き裂かれる想い。
何年経っても消えない感情。
静かで、残酷で、どうしようもなく切ない物語。
北斗に、似合いすぎる。
ニュース動画を再生する。
「繊細な演技力が評価され、主演に抜擢」
画面の中の北斗は、少し照れたように笑っている。
誇らしい。
本当に、すごい。
でも同時に、胸の奥がきゅっと締まる。
今、私は廉の隣で“余命1年の彼女”を生きている。
北斗は、届かない想いを抱え続ける役を生きる。
同じ“切なさ”でも、物語は違う。
スマホを返してもらい、自分の端末で記事を開く。
関連ニュースには、私と廉の映画の記事も並んでいる。
並んだ名前。
不思議な感覚。
負けたくないわけじゃない。
でも、置いていかれたくもない。
私はトーク画面を開く。
“北斗”
いつも通りの名前。
なのに、今日は少しだけ距離を感じる。
何て送る?
軽く?
それともちゃんと?
深呼吸。
指を動かす。
『映画、決まったんだね。おめでとう』
シンプルな一文。
送信ボタンの上で、ほんの少し迷う。
でも、止めなかった。
ポン、と小さな音。
送信。
数秒。
既読はつかない。
そりゃ忙しいよね。
私は台本を開く。
“ずっと、忘れないで”
ページをなぞる。
北斗は今、別の台本を握っている。
別の世界で、別の誰かを想っている。
それが、少しだけ寂しい。
スマホが震えた。
反射的に画面を見る。
“北斗”
一瞬、呼吸が止まる。
『ありがと』
短い。
でも、そのあとに続いた。
『お前もすごいな』
胸の奥が、じんわり熱くなる。
私はすぐに返す。
『そっちの方がすごいよ。秒速だよ?』
既読。
少し間が空く。
その時間がやけに長い。
やがて届く。
『似合うって言われた』
ニュースの言葉。
私は小さく笑う。
『似合いすぎ』
本音。
すぐに返ってくる。
『負けねえから』
その一言に、胸がきゅっとなる。
北斗らしい。
私は打つ。
『負けないよ』
戦うんじゃない。
並びたい。
同じ時代に、同じ場所に立ちたい。
スマホを胸に当てる。
それぞれの物語。
それぞれの切なさ。
でも、どこかでちゃんと繋がっている。
私は深く息を吸った。
ーーーーーーーーーーーーー
北斗 side
― 通知が鳴った瞬間 ―
主演発表の日。
正直、実感はまだなかった。
“主演決定――『秒速5センチメートル』実写映画化”
画面に並ぶ文字を、何度も見返す。
あの物語を、自分が背負う。
嬉しい。
でも、それ以上に怖い。
静かな楽屋。
テレビではワイドショーが流れている。
「名作『秒速5センチメートル』が実写化。主演は北斗さんです」
コメンテーターが真剣な顔で言う。
「繊細な感情表現が求められますね」
「難しい役どころです」
分かってる。
簡単じゃない。
派手な感情爆発もない。
ただ、静かに、時間に置いていかれる想いを抱え続ける役。
その重さを、ちゃんと感じていた。
テレビはそのまま別のニュースへ。
「永瀬廉さんと姫野〇〇さんの映画も大きな話題です」
雨のシーンが流れる。
キス寸前の距離。
“リアルすぎるとネット騒然”
目を逸らさない。
自然だな、と思う。
ちゃんとヒロインで、
ちゃんと相手役で。
並んで立っている。
胸の奥が、静かに熱を持つ。
そのとき、スマホが震えた。
画面に表示された名前。
“〇〇”
心臓が、一拍遅れる。
メッセージを開く。
『映画、決まったんだね。おめでとう』
たった一文。
でも、その文字がやけに温かい。
見てくれてたんだ。
忙しいはずなのに。
話題の真ん中にいるはずなのに。
俺は短く打つ。
『ありがと』
それだけじゃ足りない気がして、少し考える。
そして続ける。
『お前もすごいな』
本音だった。
雨のシーンの映像が、まだ頭に残っている。
返信が来る。
『そっちの方がすごいよ。秒速だよ?』
思わず小さく笑う。
重さを分かってる言い方。
俺は打つ。
『似合うって言われた』
ニュースで言われた言葉を、そのまま。
少しだけ照れ隠し。
すぐに返ってくる。
『似合いすぎ』
胸の奥がじんわり熱くなる。
だから、自然と出た。
『負けねえから』
強がりじゃない。
並びたい。
同じ時代に、同じ場所で。
すぐに届く。
『負けないよ』
短いのに、強い。
スマホを握りしめる。
〇〇は今、別の男の隣で切なさを演じる。
俺は、届かない想いを抱え続ける役を生きる。
物語は違う。
でも、背負う重さはきっと同じ。
台本を開く。
最初のページ。
遠く離れていく二人。
ふっと思う。
役の話じゃなくても、
人は少しずつ距離ができていく。
でも――
負けない。
奪うためじゃない。
並ぶために。
静かに、そう決めた。
ーーーーーーーーーー
廉 side
― もう一つのニュース ―
〇〇との映画が話題になって、数日。
朝からスマホの通知は止まらない。
『れん〇〇尊い』
『距離感リアルすぎる』
『今年一番泣く映画』
ありがたい。
ちゃんと届いてる証拠や。
でも、話題の波の中にいると、少しだけ足元が浮く感覚もある。
楽屋でテレビをつける。
ワイドショーが俺たちの映画を取り上げている。
雨のシーン。
キス寸前の距離。
「自然な空気感が話題です」
自然、か。
それはきっと、長い時間を知ってるから出る呼吸や。
無理に作らなくていい距離。
画面が切り替わる。
「続いてのニュースです――」
表示されたテロップ。
“主演決定――『秒速5センチメートル』実写映画化”
一瞬、目が止まる。
北斗。
思わず画面に視線を戻す。
「繊細な表現力が評価され、主演に抜擢」
スタジオでも期待の声。
難しい作品や。
派手じゃない。
静かに心を削る物語。
北斗に、合う。
正直にそう思った。
同時に、胸の奥が少しだけざわつく。
〇〇は今、俺の隣でヒロインを生きてる。
北斗は、別の切なさを背負う。
同じ時期に、それぞれ主演。
偶然にしては出来すぎてる。
スマホを開く。
トレンド欄には、俺たちの映画と、北斗の映画が並んでいる。
名前が同じ画面にある。
変な感じやな。
そのとき、ふと気づく。
さっきまで横に置いてあった〇〇のスマホが、静かに伏せられている。
撮影前、少しだけ表情が柔らいでいた気がした。
誰と連絡してた?
いや、詮索する立場じゃない。
でも、分かる。
あの顔は、誰かにちゃんと想いを届けた後の顔や。
北斗に連絡したんやろか。
考えた瞬間、胸の奥が少しだけ重くなる。
嫉妬、とは違う。
ただ、静かな焦り。
俺は今、〇〇の隣に立っている。
カメラの前では、恋人役。
でもそれは、物語の中だけ。
現実は違う。
北斗はきっと、別の形で〇〇の隣に立とうとしてる。
主演として。
同じ時代を背負う存在として。
負けたくない、とは思わない。
でも――
並んでいたい。
〇〇の視界に、ちゃんと映っていたい。
テレビの音が消える。
静かな楽屋。
俺は台本を開く。
雨のシーン。
彼女を抱き寄せる場面。
役としてじゃなく、
今この瞬間をちゃんと掴まなあかん。
北斗がどれだけ切ない物語を背負っても、
俺は俺の物語を本気でやるだけや。
スマホが震える。
〇〇から。
『今日のシーン、よろしく』
たったそれだけ。
でも、その文字を見て、胸の奥が少し軽くなる。
俺は打つ。
『任せとき』
短いけど、強く。
並ぶのは、物語の中だけかもしれない。
それでも今は、
俺が隣にいる。
その事実を、ちゃんと握りしめた。