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私とジスランが結婚してから、三か月が経った。
ドリアーヌ王妃が亡くなったと訃報があったのは先月頭の事。ドリアーヌ王妃が亡くなったのはドートリッシュ王国に戻る道中だった。ジスランの母親ロランスの命日を待たずに、慌てて帰還しようたしたドリアーヌ・ドートリッシュ。
別荘の一件が耳に入り、さぞかし王城に残して来たグレイアム王子を心配しただろう。別荘でのジスラン暗殺未遂には、おそらくドリアーヌ王妃も関わっている。ともすればグレイアム王子にも疑いが掛かるテロ行為。ドリアーヌ王妃は厳しくも聡明な方だと聞いていたが、正常な判断を失っている。自分の亡き後の息子の立場を心配し不安定になっていたところを、黒幕に利用された可能性が高い。
ジスランも亡き王妃の関与を疑っていたが、グレイアム王子に配慮して特に追及する気はないらしい。ジスランは強靭な精神を持つ王子と思われているが、非常に繊細で優しい人だ。過去に蟠りがあっても、グレイアム王子が母親を失った悲しみに共感し胸を痛めている。忠臣だったギル・ブトナの裏切りに関しても、眠りにつけなくなるくらい自責の念に駆られていた。ジスランを知れば知るほど私は側にいて彼を守りたい気持ちを強くしていた。
ドリアーヌ王妃の遺体をドートリッシュ王国まで移送し、三週間の準備期間をし厳かな国葬がおこなわれた。
グレイアム王子はドリアーヌ・ドートリッシュの生前の希望通り、祖国バルニエで永眠させて欲しいと懇願した。しかし、ギディオン国王は死者の希望より国の体裁だと彼を突っぱねた。
グレイアム王子は国葬からドリアーヌ・ドートリッシュの寝室に篭り伏せっている。
私は現状不在の王妃の代理としての仕事を正式に請け負い忙しくしていた。
ジスランと私は相変わらず、週に一回は私の寝室で朝を迎えている。
「おはよう。フェリシア。よく寝ていたな」
目を開けると愛おしそうに私を見つめるジスランがいる。
「ジスラン⋯⋯ちゃんと眠りましたか? 体が資本ですよ」
彼の頬をつねりながら、また眠らず私の寝顔を見ていた事を注意する。
「僕の体調は心配しないで。フェリシアの寝顔を見られるのに寝てしまうのが勿体無いだけなんだ」
「やっぱり、寝てない。さあ、来てください王子様」
私はベッドの上に座りジスランを膝枕する。
ジスランは安心したように私の膝に顔を擦り付けゆっくり目を瞑った。
毎週あるお決まりの時間。
扉をノックする音と共にエマの困った時の声がする。
「フェリシア様、お休みのところ失礼します。ブランクモン・ノリッジ公爵閣下がお見えです」
ジスランは起き上がり怪訝な顔をする。
「どうぞ入って頂いて」
私は夜着の上にガウンを着て、ノリッジ公爵を迎えた。
ブランクモン・ノリッジは部屋に入り私とジスランを見て、作ったような微笑みを浮かべる。
「いやいや、お噂に聞いていましたが本当に仲睦まじいですな」
「ノリッジ公爵、不躾にこのようなプライベートな場に来たのだから用件を簡潔に言え」
先程の甘えたジスランが嘘のような険しい表情。
「ジスラン王子殿下、実は妃殿下の了承を得てからお伝えしようと思っていたのですが⋯⋯」
「なんだ?」
「本日の午後、王子殿下の側室候補との交流を目的としたランチ会を企画していおります」
私はノリッジ公爵の提案に目を瞑った。
この三ヶ月、定期的に私の寝室を訪れていたジスラン。
貴族たちの中で私が不妊なのではないかと、噂が流れ出していることは知っていた。
「僕は側室は娶らない。僕の妻は生涯フェリシアだけだ」
ジスランは私を抱き寄せる髪を撫でてくる。
私の想いは複雑。
結婚式前夜、彼は当然のようにゆくゆくは側室を娶ると言っていた。
今の彼の感情はきっと一時的なもの。期待してはいけない。
「ノリッジ公爵、私は側室選びを了承します。ジスラン王子殿下を支えてくれる女性が一人でも増えるのは良いことです」
口角を上げ笑顔を作る。
私はこの提案を受け入れるしかない。
そもそも、私は契約終了後もジスランと一緒にいる気がない。
将来的に彼の側で彼を支える人間は必要。
ジスランが私を切ない瞳で見つめていたけれど、私はそれに気が付かないふりをした。
ノリッジ公爵が下がって、ジスランと部屋に二人きりになる。
「ジスラン、着替えましょうか。新しい妻と対面する特別な日です」
彼と迎える朝は私が着替えを手伝う事になっている。前日に用意しておいた淡いラベンダーの礼服に手を伸ばそうとすると彼に手首を掴まれた。
「ちょっと、ジスラン」
そのまま私はベッドの上に押し倒された形になる。
「新しい妻? 本気で言ってるのか?」
怒りを抑えるような彼の声に胸が痛くなる。
「私だけでは不十分だとおっしゃったのはジスランの方です」
私は結婚前夜の彼を思い出し、涙が溢れてくる。
「あの時はすまなかった。今は本当にフェリシアだけをずっと思い続けると、僕の名にかけて誓うよ」
ジスランが私の涙に口付けする。私は思わず彼を押し退けた。
「ジスラン、着替えましょう。今日も午前中から公務ですよ」
「⋯⋯」
傷ついても構わないから、ジスランの胸に飛び込みたい気持ちは日に日に膨れ上がっている。それでも期待して裏切られる恐怖が勝った。
♢♢♢
ジスランの側室候補を集めたランチ会。
私は当然出席する気などなかった。
「ジスラン、私を連れて参加するのは不適切かと」
「フェリシア、君は僕の気持ちを知りながら、このようなランチ会の参加を強いるのはなぜだ。君は僕と最初から一年後に別れるつもりなのか?」
ジスランは私をよく見て、私の考えることを常に想像している。
彼に図星をつかれ私は黙りこくるしかなかった。
ジスランを囲んだ側室候補とのランチ会に私が現れると、参加者は戸惑った顔をした。
周りの人間の視線が一気に場違いの私に集まる。
ジスランがゆっくりと口を開く。
「皆様、今日はわざわざ王宮まで御足労いただきありがとうございます。今、僕の隣に座っているのは僕が唯一愛している妻、フェリシアです」
ジスランの挨拶に一瞬、訝しげな顔をした参加者も高貴な人間らしく表情を整えた。
「ジスラン王子殿下にお会いできるのを楽しみにしておりました。聖女パウラです。微力ですが王子殿下のお力になれれば幸いですわ」
太陽に反射し輝く肩までのプラチナブロンドの髪に、黄金の瞳。
何百年かに一度現れるという聖女。小柄で幼さを残すルックスながら、特別な力を持つ女。
そういえば、鏡の女はジスランは聖女にハマると言っていた。
それから何人もの女性の自己紹介があった。しかし、女の私から見ても一人の女性から目が離せない。見惚れてしまうような美貌と洗練された美しい所作。
鏡の女がジスランは聖女の後に洗練された侯爵令嬢にハマると言っていた。
きっと彼女だろう。
藍色の艶やかな髪は上品に纏め上げられ、アクアマリンの瞳からは聡明さが滲み出ている。
「クリスティナ・ボネと申します。今日はジスラン王子殿下の生まれ年のワインをお持ち致しましたので、是非ご賞味ください」
柔らかい表情で私とジスランに微笑み掛ける侯爵令嬢クリスティナ・ボネ。女の私でも惚れそうで私の心は何故かざわめいた。
メインのマヒマヒのポワレが運ばれてきた。
「このお食事に合いそうな白ワインなので、ジスラン王子殿下も気にいって頂けると嬉しいです」
クリスティナ侯爵令嬢の合図と共に、ワインが私以外の皆のグラスに注がれる。飲酒できるのは二十歳からだ。
白ワインというが、ほんのり琥珀色。
保存状態が悪くて酸化した可能性もあるが、ここまで変色するだろうか。
コルクに穴を開いていて、そこから酸素が入れば急速に酸化してワインが変色する可能性がある。
コルクに細い穴を開けて、そこから毒を注入した可能性に辿り着く。
「ジスラン、失礼致します」
私は手元にあった銀のフォークを手に取り、ジスランのグラスに入ったワインを掻き混ぜた。
「なんて、不躾な」
誰かが私の行動を咎める声が聞こえたが関係ない。
「今、僕の妻を愚弄するような声が聞こえたが気のせいか?」
ジスランの怒りの声が聞こえるが、彼はこれからもっと怒ることになるかもしれない。
「ジスラン、銀が変色しました。ワインに毒が入っております」
私の言葉を聞くなり、ジスランがグラスを振り上げ投げつけようとするのが分かった。
私はその不躾な行為を止めようと咄嗟に彼の手首を掴んだ。