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〔三人称〕
「――フィオレンティナを殺してちょうだい」
フレデリカは、思わず足を止めた。
グレイヴ邸の応接室。扉の向こうから聞こえてきたのは、奥様――ロザリア・グレイヴの声だった。
奥様の向かいに座っていたのは、高貴な装いの少年だった。年の頃は十五歳ほど。ついさっき、玄関先で会った。気さくな物腰のお客様で、フレデリカにも「屋敷の掃除? 頑張ってるね!」と屈託なく笑いかけてきた。
少年に、奥様は今、何を頼んだ?
「フィオレンティナって、例の王子様? 犯罪奴隷墜ちした奴」
「今はノクス・ネクロヴァルトという魔術師に引き取られているわ。彼もろとも、あの娘を始末してほしいの」
「えー。それさ、ロザリア様は大丈夫なわけ? 王子様を殺せば……」
フレデリカは扉に耳を寄せる。少年が言いよどむ先は、彼女も知っている。フィオを殺せば、当主であるグレイヴ卿が黙っていないはずだ。
「それなら大丈夫。二人は今任務中でね、ゴードン・フィールディングという男を追ってるの」
「ああ、俺にも騎士団から依頼が来てたよ。竜を支配する魔術師だっけ?」
「貴方にも依頼を受けてほしいの。任務に協力するって名目で、竜人の街ウィローデールに潜入してもらう。で、自称革命家を追って街を訪れた二人を殺す。探す手間は省けるし、フィオの死も任務中の巻き添え事故で処理される。いい考えと思わない?」
「ん? いやいや、俺も依頼を受けるなら、任務は達成の義務は負うぜ? フィオレンティナも、ネクロヴァルド家の兄ちゃんも、革命家フィールディングも、奴を護る千の竜人も、全員殺さないとダメじゃん」
「簡単でしょう? 貴方なら」
少年は特に否定しなかった。
「竜族は一応、王国と契約を交わした味方だよな。皆殺しでいいの?」
「五百年前に交わした化石みたいな盟約よ。長年寒冷の地に追いやられ、鬱憤をためながらも武力を磨く一族……王国からしても目の上のたんこぶでしょうよ。テロリストの手に堕ちたって名目が使えるなら、排除できた方がいいわ」
「全方位人類サイドが悪い話だな、それ。街ごと潰しちゃってもいい感じ?」
「好きになさい。どうせ細かい加減は苦手でしょ?」
奥様は紅茶を飲んでいたらしい。
カチャリ、と陶器の触れ合う音がした。
それが一つの合図になった。
「OK! 問題なし。任せといてよ!」
少年が軽い口調で言った。
フレデリカは口元を押さえた。
――フィオが、殺される。
この屋敷を追い出され、犯罪奴隷として悪名高い魔術師に売られたとは聞いていた。
それでも足りなかったのか、今度は刺客まで差し向けて、奥様は刺客まで差し向けて、殺そうとしてる。
何とか、何とかしないと――。
***
少年が、軽い足取りで玄関を通り抜けた。フレデリカはただじっと、彼の背中を見つめていた。
このまま行かせたら、フィオが殺される。
何とかして知らせなければ。
でも、どうやって?
ウィローデールという街が何処にあるのかも知らない。あの少年を尾行したところで、途中で見失うに決まっている。
少年は門へ続く石畳を歩いていく。もうすぐ、玄関の外に出る。
フレデリカは考えた。ただ、何も浮かばない。頭の中は何一つまとまっていないのに、少年を追いかける。
「あの! 待ってください!」
「あ?」
少年が振り返った。
不思議そうに眼を見開いて、フレデリカを見ている。
「あれ? さっき盗み聞きしてた奴じゃん」
「……えっ、気づいてたんですか?」
「ロザリア様は気づいていないと思うぜ? 俺は普通に見逃しただけ」
「……何で?」
「別に内緒話でもないし。フィオレンティナは賢者の石を盗み出した大罪人。追って粛清は当たり前だろ?」
フレデリカはうつ向き、奥歯を嚙み締めた。
――みんな、嘘つきだ。フィオさんがそんなことするはずないのに。それなのに、彼はフィオを殺すと言う。どんな名目でもいい。彼に付いて行って、私が、止めないと。
「……私を、弟子にしてください!」
「あ?」
「何でもします! 私を貴方の弟子に、付き人にしてください。私、魔術師になりたいんです!」
「へえ、何で魔術師になりたいの?」
「それは……」
当然、考えていない。
さっきから、どの言葉も、口から先の出まかせだ。
少年はフレデリカの顔を見つめ、ただじっと真面目な顔で、彼女の答えを待っている。
「……魔術師には、世界を変える力があるから」
少年が吹き出した。
「あはははは! 何だそれ!」
「す、すみません!」
「いや。いいよお前、核心ついてる。面白い奴だな」
腹を抱えて笑い始める。
怒ってはいないらしい。
むしろ、ずいぶん楽しそうだった。
少年はニッと笑った。
「いいよ、お前が使える奴なら連れていく」
「本当ですか!?」
「ああ」
「あ、ありがとうございます!」
よかった。
フレデリカは胸を撫で下ろした。
これで、この少年についていける。ウィローデールまで行けば、フィオに奥様の企みを伝えられる。何とか、少年より先にフィオを見つければば――
「話は決まり。だったら、こうだな」
少年の言葉に反応して、フレデリカは顔を上げた。
その瞬間、銀色の光が喉元を走った。
「――――?」
何をされたのか、わからなかった。ただ、急に、息ができなくなった。
「……っ、ぁ……?」
フレデリカは喉に手を当てた。ぬるりとした感触。指先が、真っ赤に染まっている。自分の血だ。
少年がナイフを握っていた。刃先から、赤い雫が落ちている。
刺した?
少年の顔に何か特別な変化はなかった。
談笑していたときと変わらないテンションで、普通に斬った。何かこう、気負いとか、覚悟を決めるとか、何か、あるんじゃ――どういう情緒で刺したの、この人。
膝から力が抜け、フレデリカは石畳に倒れ込んだ。
「――ッ、……ぁ!」
助けて。
そう叫ぼうとした。でも、息が吸えない。
熱い。痛い。
両手で喉を押さえる。指の隙間から、次々と血が溢れ出した。フレデリカは、彼女を見下ろす少年と目が合った。
「傷つくね。裏切られたって顔はよしてくれよ」
少年はポケットへ手を入れる。
ころん、と何かが石畳を転がり、フレデリカの目の前で止まる。
宝石だった。
血のように赤く、内側から微かな光を放っている。。
「賢者の石。アイツが絵に描いた複製品だから、一回きりで壊れるけどな」
少年は目を閉じ、誇らしげに胸に手を当てている。
「俺は、生まれてこの方、嘘をついたことが一度もない。約束は守るさ。お前は俺の弟子となる。ウィローデールにも連れて行こう……二分の一を外さない程度に、お前が使える奴ならな」
フレデリカは震える手を伸ばした。
賢者の石へ。
あと少し。あと、ほんの少しで指が届く。
視界が暗くなっていく。
フィオ。
フィオに、知らせなきゃ。
彼女に、恐ろしい脅威が迫っていると――彼女も、ノクスという魔術師も、フィールディングとかいうテロリストも、千を超える竜の軍勢も、すべてを殺せる魔術師が迫っていると。
薄れゆく意識の中、フレデリカは少年の声を聴いた。
「そうだ、うっかりしてた! どうかしてんな。せっかくの初弟子に、名乗るのを忘れてたぜ!」
暗闇に落ちる直前。感覚は薄れ、賢者の石に手が届いたかも定かでない。それなのに、少年の声だけは、フレデリカにもはっきり聞こえた。
「俺の名前はアシオ・グレイヴ。世界最強の血を継ぐ男さ」
花月夜れん
2,800
ひより
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百はな🍑
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コメント
4件
更新滞ってすみません。いろいろヤバくて。 これからはもう少し頑張ります。
ああ、これ、すごく好きな展開でした……! フレデリカがフィオを助けようと咄嗟に嘘をつくところ、そしてそれが全く通用しなかったあの手際の良さ。アシオの「談笑してたときと同じテンションで刺した」って描写にゾッとしました。賢者の石が偽物だって明かされる瞬間も巧い……。彼女の善意が真っすぐだったからこそ、余計に切なかったです。