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(うぅ~まだか、まだなのか……)


あの後コンビニに赴き、お菓子や夕ご飯を買って用意されていた部屋に向かった。


スマホをいじったりテレビを見たりして時間を潰していたが、タケシ先生のことが気になりすぎて、内容がまったく頭に入ってこない始末――。


お酒が入るといつもより愛想が良くなるので、もしかすると誰かに言い寄られている可能性だってある。だってタケシ先生ほどのイケメンを放っておく女は、まずいないと思われる。


恋人がいないとわかった途端に擦り寄って、少しでも仲良くなるべく積極的に話しかけるだろう。

しかも傍にはあの御堂がいる。俺の目が届かないのをいいことに、ここぞとばかりに迫っているかもしれない。


どんどん膨らんでいく、ありえそうな妄想で頭が押しつぶされそうになっているうちに、ベッドの上でウトウトしてしまった。


どれくらいの時間が経ったのか――扉を激しくノックする音で目がぱっと覚めた。


急いで飛び起きて鍵を解除してドアを開けたら、着ているスーツが血まみれになっているタケシ先生と御堂が並んで立っているではないか。


「ちょっ、どうしたんだよふたりとも!」


俺の問いかけを無視したまま、さっさと中に入っていくタケシ先生。らしくないその様子を見ていたら、御堂も中に入ってきた。


「宴会の帰り道で、通り魔に襲われてケガをしている通行人に遭遇した。そのせいでこの有様になったんだ」


扉を閉めてタケシ先生のあとに続いた御堂が、丁寧に説明してくれたのはいい。タケシ先生と俺のためにこの部屋を用意していた御堂が、どうしてここに入るなり、着ているスーツをポイポイ脱いでいくんだ?


「王領寺くん、どうした? 不満そうな顔して」

「どうしたなんて……。御堂さんが何で、ここにいるのかなと思いまして」


ジト目で質問に答えた俺を見て、してやったりな顔をした御堂が憎たらしくて仕方ない。


「だって最初から周防とここに泊まろうと思って、リザーブしておいたんだ。君が来ることなんて知らなかったし」

「あぶねー! やっぱりタケシ先生に手を出そうと、ちゃっかり企んでいたんじゃないか!」


キーッと怒ってみせたら、御堂のヤツは苦笑いを浮かべながら、まぁまぁというジェスチャーを両手でした。


俺がギャーギャー騒いだら「うるさいぞバカ犬!」ってすぐに怒鳴ってくるはずのタケシ先生が妙に静かなことが、さらなる恐怖心を煽った。


御堂のヤツは気になったけどスルーして、振り返ってみる。俺に背を向けたまま、ぼーっとその場に突っ立っていた。


「周防、俺の着替えやるから、さっさとシャワー浴びてこい」


すると今度は俺の存在を無視して、御堂がタケシ先生に話しかけた。


「でも……」

「いつも着替えは大目に持ち歩いているから、気にする必要はない。服に血をつけたままでいたら、王領寺くんに嫌われちゃうぞ」

「わかりました。ありがとうございます」


あからさまな理由にツッコミを入れず、振り返るなり頭を下げて素直に従う姿に驚きを隠せなかった。


俺からの視線をびしばし浴びているというのに、横をそのまま通り過ぎ、無言で着替えを受け取る。パタンとバスルームに続く扉が閉まった途端に、御堂が大きなため息をつきながらベッドに腰かけた。


「御堂さん、タケシ先生と何かあったんですか?」

「あったよ。急患を目の前にしてるのに、アイツが応急処置を怠ったんだ」

「あのタケシ先生が応急処置をしないなんて、そんなことはありえない……。俺が病院で頭を打ったときや、北海道のお父さんのいる島で溺れた子どもを助けているのに」

「詳しいやり取りはわからない。俺は救急車を呼ぶのに電話していたし。刺したヤツは刺されたヤツ以外には手を出していないから、通り魔じゃないのかもしれないな。なにか恨みがあって、めった刺ししたのかも」

「めった刺しの重症患者の手当てを、タケシ先生がしなかったっていうのかよ……」


信じられない事実を独り言で告げたら、御堂は黙ったまま首を縦に振った。


「周防らしくないだろ。医者として最低だ」


(今、どんな気持ちでいるんだろう? めちゃくちゃ落ち込んだ顔をしていたから、あとで励ましてあげなきゃ)


「アイツ、急患と熱心に喋っていたっけ。好きなヤツがどうとか、片想いなんて単語が出ていたな」

「片想い――」

「俺が周防を叱って応急処置をはじめたらその手伝いをせずに、患者の手を握りしめていたんだ。医者のくせにそれはないだろと内心呆れ果てていたら、んーと確か……『運命の人は、この世でひとりとは限らない。俺がそうだった、きっと巡り逢うことができる』なぁんて格好良く言い放っていたっけ」


御堂は意味ありげに俺の顔を見つめるなり、顔の片側だけを歪めるように笑いかけてきた。


「王領寺くんが周防にとって、運命の人だったんだな」

「それは……」

「謙遜することないさ。本人が認めてるじゃないか、俺がそうだったって」


タケシ先生が急患に告げた言葉を反芻してみる。


『片想い』というワードは間違いなく、桃瀬との恋愛についてだとすぐにわかった。だがそれを今日初めて逢った急患に教えるのは、どうにもおかしい。急患が苦しげに言ったセリフに反応して、それを告げたのだろうか。


それと『運命の人』についてのくだりは、重症の急患が生きられる理由を与えるために、励ました言葉だったりするのかな。


「王領寺くんに頼みがある」


考え込んでいたところになされた、御堂の頼み事にぎょっとする。


「へっ? 俺に?」

「そう。だって俺は周防にとって、ただの先輩っていう立場だからさ」


肩をすぼめて眉間に皺を寄せる微妙な表情の御堂は、今の俺にとって人畜無害に見えた。


「何でしょうか?」


弱りきった顔を見ながら、恐々といった感じで訊ねてみる。


「今日の出来事で周防は医者として、なんらかの壁にぶち当たったと思う。これまで自分がしてきた治療の意味や存在をもとに、とことん悩むと思うんだ」


タケシ先生が医者として悩む――。


「ドライな性格をしていたアイツが、君と付き合ったことにより、いい意味で変わったのがわかったからさ。だから悩んでしまう結末に至ったんだけど。支えてやってほしいと思って」


そんな難しそうな悩みに、俺がタケシ先生に寄り添うことができるのだろうか。


「どうやって、タケシ先生を支えたらいいんでしょうか?」


本当はこんな大事なことを、御堂に相談したくはなかった。だけどやるからには自分のできることがしてやりたいと考え、恥を忍んで訊ねてみる。


「王領寺くんは周防の元患者であり、運命の相手という名の恋人だからね。アイツが口にしたことに対して、自分の思ったことを素直に伝えたらいいと思う」

「俺が思ったことを、タケシ先生に素直に伝える……」

「先輩の俺が言えることは、医者の立場から技術面についての指導ができる。だけどメンタルまでは支えることはできない。というかアイツはプライドが高いから、そこまで踏み込ませてもらえないんだけどさ」


うつむきながら瞼を伏せて語る御堂に、何て声をかけていいか分からなかった。タケシ先生の指導医として、そして好きな相手だからこそよく見ている言葉だと思った。


「基本素直になれない周防だけど、王領寺くんの言うことに関しては耳を貸すと思う。面倒くさくて我儘な男だけど、支えてやってくれないか?」

「分かりました。面倒くさくて我儘なところもひっくるめて、俺はタケシ先生のことが好きですから。しっかり支えます!」


とても難しい問題なのかもしれない。それでもできることをしてやりたいと思ったし、恋人の俺が支えなくて誰が支えるんだという気持ちで、御堂に答えてやった。


「やっぱり、周防が選んだだけのことはあるんだな。年下とか関係なく、アイツを任せられるって思った」


ベッドから腰を上げるなり、右手を差し出してきた。


「王領寺くん、周防を頼んだよ。腕のいい医者を、これ以上失うわけにはいかないからさ」


屈託のない笑顔で微笑みかけられたお蔭で、御堂の差し出した右手を素直に握りしめることができた。


落ち込んでしまったタケシ先生を助けるために、こっそりと同盟を結んだ瞬間だった。

恋わずらいの小児科医、ハレンチな駄犬に執着されています

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