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とにかく起き上がって安心…で、次回はついにネオナチ野郎こと蜂起軍の話に入っていくんですね!!もう既に心が痛い 楽しみにしてます!!!
※続きです!間を開けてしまいすみません
今回、駄作のくせに割と長いので読んでくださる方は全然斜め読みしてもらって大丈夫です
何か、酷い物音が聞こえた気がして、目を開けた。
「……………」
一番最初に見えたものは、さっきと一緒だった。部屋の隅に先ほどと同じように掲げられたままの、自国の国旗。はっきりした青と黄が目を刺激する。柔らかな光が目になだれ込んで来たのを感じた。それと同時に───
「だから言ったんだ‼︎ 」
───威勢の良い、怒鳴り声も。
「だから、一人でもこの部屋に残しておくべきだと!あんなに酷い状態になってしまうまで気づけない、そのリスクを考えてのことだったんだ!それなのにお前は‼︎ 」
「だーかーら!」
怒声に被せるように、他の声が炸裂する。
「君は馬鹿か⁉︎ 本当のリスクとは命を落とすこと、僕らの使命はその命を守る事にあるだろう⁉︎ 僕が何も考えなしに僕ら総員が戦況処理に当たるよう指令を出したって言いたいのか⁉︎ この戦いに負けた時、死ぬのが誰か考えたことがあるのか⁉︎ 」
「あるさ!あるに決まっているだろう⁉︎ でもだからって一人くらい残しておいたって大丈夫だっただろうが‼︎ その場その場のケアだって必要だろうが‼︎ 」
「今回は確かに大丈夫だった!でも!あの時ロシアに押されて僕らが敗戦してたらどうなっていたって言うんだ‼︎ 今頃ウクライナは───ッ‼︎ 」
言いかけて、ゴクッと喉を鳴らしてその続きを言うのを躊躇った。言葉の続きを想像するなど容易かった。「今頃ウクライナは」、死んでいた、と、そう言いたかったのだろう。
声ですぐにわかった。言い争いをしているのは部下二人だった。空軍のネボと、陸軍のゼム───幾重にも折り重なった条件を全て突破し、ウクライナ第一の側近として彼の下に仕えることとなった、強く、聡く、彼からしてみればかわいい部下の好青年二人だ(もう一人、海軍のモレが居るはずなのだが、彼はこの場にはいなかった)。
意識が覚醒しかけているのに、それを伝えないでいるのがなんだか申し訳なくて、ウクライナは声を出そうと息を吸い込んだ。しかし、声は依然として出なかった。
「…………かひゅっ……」
微かにそう喉が鳴っただけだった。身じろぎもままならず、少しばかりの絶望が頭を掠めたがしかし、言い争っていた二人は、あんなに大声で話していたにも関わらずすぐに、彼のその様子に気づいたようだった。さっと顔色を変え、ウクライナを見た。
「えっ……あっ、ウクライナ⁉︎ ウクライナ、目が覚めたの⁉︎ ウクライナ‼︎ 」
「ウクライナ様‼︎ だっ、大丈夫ですか⁉︎ 体調は、頭の痛みとか、何か俺らにできることとかありますか⁉︎ 」
さっきまであんなに激しく言い争っていたにも関わらず、瞬く間に態度を変え、心配そうな表情に変わった顔二つに覗き込まれて、ウクライナは思わず苦笑した。そのまま、ゆっくりと首を左右に振る。幸いな事に目眩も頭痛も、ほとんど無くなっていた。
安堵した顔で、二人は同時に身を引いた。その様子があまりにもシンクロしていて、なんだか本当の双子のようでおかしかった。ウクライナは微笑んだ。が、ネボの方はそれ以上、ウクライナに顔を見せることなく身を翻し、「……モレに伝えて来ます」とだけ言うとすぐに部屋を出ていった。彼が出て行く直前、グイ、と目元を袖で拭ったのを、ゼムもウクライナも見逃さなかった。
「……なにさ、強がっちゃってさ……」
ベッドサイドに跪いたゼムが、ネボの後ろ姿を見ながらポツリと呟く。その、妙に強張った顔をウクライナは見つめた。思わず、手を伸ばして、ゆっくりとゼムの頬に触れていた。
「……っ、え……?」
ゼムが困惑したように大きく目を見開いてウクライナを見た。
「う……ウクライナ……?」
ゼムは、思わず自分の頬に触れているウクライナの手を取り、握り込んだ。微かな温かさが、ウクライナの少しばかり冷たい指先を通して伝わってくる。ベッドの上から、穏やかな視線が自分を射てくる。
「……ケフッ……」
声を出そうとして再び失敗した。喉から出て行くのは、掠れた空気だけだ。だから。
「え、わっ、ちょ、ちょっと待って!手?手を貸せば良いの?」
ウクライナは無理やりゼムの手のひらを上に向かせると、そこに人差し指を立てた。その手のひらの上を、ゆっくりと何かを書くようにしてなぞってゆく。
「あ、指文字⁉︎ ちょっと待って……え、えっと……ご?ご……『ご……め、ん、……なさ、い……』?……ウクライナ……なんで……」
「………」
軽く咳払いした。それでも、掠れた空気のような、しゃがれた声しか出せない。ゆっくりと、一言一言、区切るように言葉を吐き出した。
「……めいわく、を……かけ、て、しまっ……た、から」
これだけのことを伝えるのに、何十秒もかかってしまう。それでも、ゼムは辛抱強く、ウクライナが言い終わるのを待っていてくれた。
「…………ぁ」
言葉が終わるなり、小さく声を上げたゼムはゆっくりと身を引いた。ウクライナの手を握ったままだった右手はそのままに、左手を自身の目元にあてがった。
「だ……だめ、だな……。僕も、アイツのこと、強がってる、とか言いながら……ダメだ、これ……」
彼の左手から、ぼろぼろと涙が溢れて落ちた。彼はくしゃりと顔を歪め、嗚咽した。
「う……ウクライ、ナ……ほんとっ……ほんとに……っぅ、目、覚めて……良かっ……た……」
「……」
まだ全身に力は入らなかった。それでも、今出せる渾身の力で、ウクライナは、ゼムの手を握りしめた。
「……ごめんね」
酸に焼かれた喉がヒリヒリと痛んだが、構わず謝る。ゼムはブンブンと首を振り、やがて、ウクライナの横たわるベッドに突っ伏した。小さな嗚咽は、なかなか止められないようだった。
ウクライナはゆっくりと視線を巡らせた。
ベッドから突き出た自分の腕が、先ほどとは違う服をまとっていることに気づいた。加えて、自分の下に敷かれたシーツの質感も違うので、おそらく新しいものに変えられているのだろう。次亜塩素酸ナトリウムの薄いニオイが鼻をついた。
本当に、情けない醜態を晒してしまったものだと思う。ウクライナはゼムに気づかれないようにため息をついた。全くもって不思議な身体に生まれついてしまったものだ。
(まさかアイツが、あそこで出てくるとは思わなかったな───)
目を閉じれば、未だにあの鮮やかな赤と黒が瞼の裏にまざまざと浮かんだ。声だって思い出せる。自分に似ているようでどこか違う、あの、聞こえないはずの音が聞こえているような、不思議な感じ……
「………」
チラリと横を見ると、突っ伏したまま肩を震わせるゼムがいた。手を伸ばして彼の頭を軽く撫でてやると、「……やめてよ……ヒグッ、まるで僕が、子ども……みたいじゃんか……」と、国であるウクライナからしたらまだまだ子どものゼムが、そんなことをモゴモゴと言っているのが聞こえた。ウクライナは人知れず微笑んだ。それから、大人しく横になったまま天井を見た。
───話さねばなるまい。
信用しているはずの彼ら三人にさえ、詳細を伝えたことはなかった。しかしもう、全て秘密のままにするわけにはいかないだろう。今が潮時、洗いざらい全部、話す時が来たのだ。この身体のこと、人格のこと、幼少から付き合ってきたアイツのこと───。
「……話さなきゃ」
掠れ声で呟いた。決心をした彼の目の端に映るは、美しい青黄旗。
そんな彼の背を押すが如く、病室の扉が開き、長身の男が飛び込んできた。
「ウクライナ‼︎‼︎ 」
切羽詰まった怒号が、自分の名を叫ぶ。
あぁ。やっと、呼び捨てにしてくれた。
「……モレ」
溢れた涙を拭おうともしない彼の名前を愛おしそうに呼ぶ。それから、彼に続いて目を赤くしたまま病室に入ってきたネボに笑いかけた。
「ネボ……あと、きみだけ、だよ」
「えっ……」
彼の困惑したような顔を見つめた。
「さっきの、ぼく、見て、わかった……でしょ。ぼく、は、きみたちが……おもうほど、かんぺき、な、ヒトじゃ……ない。身体、制御する、こと……すら、まんぞくに……できない。だから、さ、」
「…………」
「お願い……だよ……せめて、ぼくのこと、」
「……、」
「……呼び捨てで、良い、から………」
ネボは、唇を噛んで下を向いた。涙の雫が数滴、床に落ちた。
それからウクライナは、顔は拭かれるわ水は大量に飲まさせられるわの手厚すぎるくらいの世話をされた(いくら「もう大丈夫だって!」と声を上げても、なかなか三人が止まることはなかった)。そのおかげ(?)で、十数分後には無事に喉の調子を取り戻すことができたのだった。
何度か咳払いをすると、ウクライナは周りを見まわした。自分の右側にゼム、左側にネボとモレが立っている。
「………じゃあ、始めるね」
ウクライナがそう切り出すと、途端にピリッとした空気があたりに漂った。
「………彼の話、するの、初めてだよね。もう知ってると思うけど、彼の名前は……ロマン。名前が欲しいと言った彼のために、かの偉大な指導者であらせられる方の名前を、受け継がせてもらった。だけど……」
そこまで言ったとき、不意にズキッとした痛みが頭に走り、ウクライナは顔を歪めて額に手をやった。すかさずモレが注射器を取り出す。先ほど打たれたものと同じタイプのものだ、おそらく中には強力な睡眠剤などが入っているのだろう。しかし痛みはそれ以上は酷くならず、すぐに引いた。ウクライナは顔を上げた。
「……うん。大丈夫そう……続けるよ」
キュッと固く結ばれていた口が開き、言葉を紡いだ。
「彼の名前は、ロマンっていうんだ。彼は、ぼくが物心ついた時から既に僕の中に“居た”。何も知らなかった当時の僕は、お気楽にもただの楽しい話し相手ができたとしか感じていなかった。父さんや兄弟が家にいないとき、ひとりぼっちで寂しいときとかに、よく話し相手にしてたんだ。はは、側から見れば一人で喋ってる変な子に見えただろうね……彼の声が、僕以外の人に聞こえることはなかったから。それほどまでに信用してたんだ、アイツのことは───あの日、アイツが……ロマンが、実際に行動を起こすまでは」