※続きです
⚠️一瞬旧国出ます!
※話の舞台が過去です
その日、ウクライナは家の中に一人きりだった。たまたま全員が家を空けていたのだ。と言っても、まだ兄弟たち全員が生まれていたわけではなかったので、家族全員がいないといえども数が知れていたのだが。まだまだ幼かったウクライナは、いつも通り一人遊びしながら留守番をしていた。寂しくはなかった。だって、“彼”がいたから。
“彼”はまだウクライナの中に生まれてそれほど経っていなかった。いつ、どのようなきっかけで“彼”がウクライナの中に生まれたのかはウクライナ自身もはっきりとは分からなかった。しかし、“彼”は話し上手で活発で、ウクライナの知らないようなことをたくさん話してくれるから、いつしかウクライナは“彼”のことを良い友達のように感じていた。
その日も、家に一人きりのウクライナとウクライナの中の“彼”は、おしゃべりに興じていた。“彼”が物知りであるが故に、話のネタが尽きることはなかったが、その日“彼”は、少しばかりそわそわしているようだった。“彼”の話はいつも通り面白いものばかりだったが、ウクライナは少しそれが気になっていた。
話にひと段落ついたところで、聞いてみた。
「ねぇ、君さ、今日ちょっと変じゃない?」
『……変?そうか?』
なんでもないことのように答えた“彼”だったが、ウクライナは不審そうに首を傾げるばかりだ。
「うん。変というか……なんか、気になることでもあるの?」
『……分かるか?』
「うん!だって僕ら、もう長いこといっしょにいるでしょ?」
“彼”は笑った。
『ハハハ!ウク、お前面白いな!まだまだお前はガキンチョだろ。長いことっつったって、たかが知れてらぁ!』
ウクライナは少しばかりむくれた。“彼”は、時々トゲのあることを言う。それに、下品な言葉遣いも。でもそれが逆に新鮮で、ウクライナが“彼”のことを気に入っている一つの理由でもあった。
「ねぇ、何かかくしてるの?教えてよ!」
『はぁ?気になるの?』
「きになる!ねぇ教えて!」
ロシアと共同で使っていた、自室のソファに腰掛けてウクライナは脚をパタパタさせた。“彼”は笑った。
『はは、しょうがねぇなぁ……トクベツだ、教えてやるよ』
「ホント⁉︎ 」
『あぁ。俺が計画してることには、お前にもひとっ走り働いてもらわなけりゃいけないからな。その報酬だ』
まただ。“彼”はこうやって難しい言葉をよく使う。それでも、なんだかその『計画』とやらが面白そうで、ウクライナは目を輝かせた───“彼”が、本当に計画していることが何なのか、全く知る由もなく。
“彼”は上機嫌そうに続けた。
『……その前に、なんだが……なぁ兄弟。俺のこの大事な計画を遂行する前に、俺、欲しいものが二つあるんだ。それ、くれねぇか?』
「ほしいもの?」
ウクライナは首を傾げたが、すぐに答えた。
「もちろん、いいよ!僕がよういできるものなら!」
『ハハ!上等!じゃあ早速一つ目。俺、名前が欲しい』
「なまえ?」
『そう。名前だ。いっつもお前に「君」って呼ばれるんじゃ、俺、居心地悪くてよ。だから名前、くれねぇか?』
「……いいよ」
ウクライナは少しばかり考えたが、良い考えが浮かばず、「ちょっと待ってね」と言うとソファから飛び降り、部屋を走りでた。すぐに父親の書斎につくと、本棚から分厚い一冊を取り出し、ページを繰り始める。
『な、なんだ?』
少しばかり動揺した様子の“彼”に構うことなく、ウクライナはすぐに「あった!」と声を上げた。
『……何してたんだ?』
「探してたの。君のなまえ。これ、たぶん君にぴったりだよ!」
『……その本は?』
「父さんが、僕のために書いてくれてるの。僕のきろく?みたいなものなんだって」
『……へぇ。んで?俺の名前は?』
「これ!」
ウクライナはページの一箇所を指し示した。
「君のなまえ!この人、国民をひきいたすごい指導者なんだって!だから、君にこのなまえ、あげるね」
ウクライナが指し示していたところに書かれていた名前。それが、[ロマン]だったのだ。
「今日から君のなまえは、ロマンね!呼びやすいし、いいなまえでしょ?」
『……………』
一瞬の間。その後に、“彼”───ロマンの笑い声が、ウクライナの中で爆発した。
『あ゛ははははははははははははははははは!お前……っ、ガチか!俺にそんな高尚な名前つけるとか……ガチで面白い!あははははははははははははは‼︎‼︎ 』
「……なんだよ、そんな笑わなくたっていいじゃんかぁ」
ウクライナはムッとした顔をした。“彼”ことロマンは、すぐに『悪ぃ悪ぃ』と謝ったが、ウクライナの気は晴れなかった。しかしそれも束の間、すぐにロマンがまた話し始めた。
『ま、ありがとな。この名前は大切に使わせてもらうぜ。で、あと一個、欲しいものがあるんだが───と、その前に』
「?なに?」
『今日さ、お前の父親───ソ連はいつ帰って来るんだ?』
「父さん?」
ウクライナは首を傾げた。
「えと───たしか、父さんが一旦、この家に帰ってくるはず。そしたらその次に、ベラとカザフを、迎えに行って───」
『ソ連は何時ごろ帰ってくるんだ?』
「んーと、あ、もうすぐだ」
『あぁそうか。ありがとな』
ロマンはそう言うと、含みのある笑いを漏らした。ウクライナは戸惑った。
「ねぇロマン!やっぱり君、今日少し変だよ!どうしたの?僕、何かやっちゃった?」
『いや?お前は何も悪くねぇぞ。あとは───そうだな。俺の、もう一つのお願い、聞いてもらおうかな』
ウクライナは若干ドキドキしながら待った。今日の“彼”はどこかおかしい。何をお願いされるのだろう。いつものように、聞いて、楽しくなるようなものだと良いが………
『なぁウクライナ』
「なに?」
『俺にさ、』
ロマンがそう言った刹那だった。
ドクン‼︎ と、ウクライナの小さな心臓がこれでもかというくらいに強く、脈打った。息が詰まり、血液が逆流するかのような感覚にとらわれる。しかし声を上げる間もなく、ロマンの声が頭に響いて───
『俺に、その身体貸してくれよ。ウクライナ』
そこからウクライナの記憶は曖昧になった。分からない。何が起こったのか、分からない。理解しきれなかったのだ。気づけば体の自由を失っていた。それはとても奇妙な感覚だった。自分の意識は確かにある。でも動きたいように動けない。意識をギュッと縮小されてしまった感じだった。まるで、身体の隅っこのほうに押しやられてしまっているかのような。動けないから、喚いた。それなのに、身体は動かせず、それどころか───
「………へぇ。こんな感じか」
あろうことか、自分の口から出てきたのは思ってもいない言葉だった。それが、ロマンが喋りたくて喋っている内容であると悟るのにそう時間はかからなかった。
「あー、やっぱ身体があるって良いな。全部感じられる。光も、匂いも、感触も───こんなに最高なら、もっと早く計画を実行に移すべきだったな」
自分の口なのに、自分が思ったことを喋れず、さらに思ってもいないことを喋らされる。完全にパニックに陥ったウクライナはとにかく叫んだ。叫んで喚いて、意識の中では暴れ回って───
ついに、ロマンが動きを止めた。顔を歪めて頭に手をやる。
「……っあ、いっ………た……痛ぇ……クッソ……」
どうやらウクライナが暴れたせいなのかロマンは頭痛を発症したようだった。ウクライナ自身は痛みなどこれっぽっちも感じていないものの、自分の身体が、自分の意に反して両手で頭を押さえる。ここぞとばかりにウクライナはロマンの身体の中で叫んだ。
『返して!僕のからだ返してよ‼︎ 』
「クソッ……誰が、返すか……!まだ計画は実行すらできていないんだ!こんなの想定外だ……!カギは、なんだったんだ……⁉︎ 反感、か⁉︎ 考えてすら……いなかっ……た……‼︎‼︎ 畜生が……っ‼︎ 完全に……俺の落ち、ゔッ」
言いかけたロマンは刹那、近くにあったゴミ箱に頭を突っ込んで吐いた。ウクライナは悲鳴をあげた。
『ロマン!やだやめて、ロマン‼︎‼︎』
「畜生がッ……‼︎ お゛ぇっ、クソが、喋んな……っ‼︎ 」
ロマンはそれだけ言うと乱暴に口許を拭い、ふらつきながら立ち上がった。踏ん張って倒れないようにしているが、脚がガクガクと震えている。
その姿が、目の前に置かれていた姿見に映った。それをロマンの視界越しに見たウクライナは今度こそ絶叫した。
鏡に映っていたのは自分では無かった。いや、着ているパーカーもズボンも頭の上のヴィノクも、確かにウクライナのものだ。しかし顔は───
その頃はまだソ連が生きていた。だからウクライナの顔は兄・ロシアと同じように、美しい赤と青の二色だったのだ。それが今はどうだ。 目の下あたりから下まで全て、黒、だった。パーカーの袖から突き出た手も、黒に染まっている。目から上は見た者の目を射るような鮮やかな紅。
拒絶の絶叫が、耳をつんざいた。
「いっ……つ」
頭を押さえ、よろめいたロマンはタタラを踏んで近くの机に手をついた。ダン!と激しい音がして机が揺れ、上に乗っていた書類がバサバサと音を立てて床に散らばる。ロマンが毒付いた。
「クソ……クソが……っ、体力の消費が……こんなにも、激しいなんてっ……‼︎ もういい、このまま実行してやる……‼︎ 」
『ロマンやめて!ねぇ、計画って何するの⁉︎ 』
「は、はぁ⁉︎ あぐっ……そんなの、一つに決まってんだろうが……‼︎ 」
ウクライナの怯えたような震える声に、鬼気迫る様子のロマンが答えた。
「お前の……父親を、ソ連を、殺す……‼︎ 」
……どうしてこうも、物事が劇的に起こることがあるのだろうか。ロマンが良い終わった瞬間だった。
ガチャ、と。玄関の開く音が聞こえた。最初にこの家に帰ってくるのは、弟でも妹でも、兄でも無い。父親だ。続いて、
「ただいま」
と、無慈悲にもソ連の声が微かに聞こえた。
その後、ウクライナが何を叫ぼうと、ロマンは決して応じようとしなかった。ただ、頭痛と嘔気に震える手で机の上の万年筆を握りしめると、そのまま入口から見えないように机の陰に身を潜めた。ウクライナは絶望した。
あぁ、だめだ、ロマンは止まることは無いだろう。このままいけば間違いなくソ連は襲撃される。いくらソ連といえども、急襲にどれだけ耐えることができるか。お願いだ、父さん。どうか、この部屋には入ってこないで───‼︎‼︎
階下から、ソ連の声が途切れ途切れに聞こえてきた。どうやらウクライナを探しているようだった。「ウクライナ?いないのか?」という声を皮切りに、ソ連のウクライナを呼ぶ声がどんどん鮮明になってくる。やがて、書斎に続く階段に脚がかけられた音がした。
「ウクライナー?」
ソ連の声。それと同時に、階段を登る足音。それが、どんどん近づいてくる。
『やだっ‼︎‼︎ 』
ウクライナは短く叫ぶと、ロマンの中で暴れ回った(と言っても暴れるイメージしかできなかったが)。それでもロマンには効いたようで、ガクッと首を折ったロマンは体勢を崩して床に手をついた。しかし、まだ持ちこたえている。
「まだだ───まだ耐えなきゃならねぇ……!もう直ぐ、憎いソ連をぶち殺せるっていうのに───‼︎ 」
ますます、ロマンは右手の中の万年筆を握る手に力を込めた。
その時だった。
ついにソ連が書斎にたどり着いた。カチャンという軽い蝶番の音が響いて、部屋のドアが開けられる。それに続いて、ソ連の声が聞こえて……
「ウクラ───」
ロマンは、最後まで言わせなかった。机の陰から躍り出るなり、万年筆をペン先を前に構えてソ連に突っ込んだ。ウクライナは叫んだ。ロマンは止まらなかった。ソ連までの距離を一気に詰める程の跳躍。ソ連の驚いた顔が、スローモーションのように、ロマンの視界を通して眼前に迫った。彼は立ち尽くしていたソ連の肩口に喰らいつき、あやまたず、万年筆を首筋に突き立てた───ように見えた。
「───は?」
ロマンの、困惑したような声。
ぐるんと世界が回った。一瞬の後、地面に叩きつけられていた。背中を強打し、息が詰まる。
「───ガハッ……!」
衝撃で胃液が迫り上がり、口から溢れ出る。目の前に星が飛んだ。息を吸えず、視界が狭窄した。
何が起こったか理解し切る前に、ソ連が覗き込んできた。低い声が大気を震わせる。
「…………息子の身体から出ていけ」
「………」
体は動かせなかった───ロマンは、動けなかったのだ。
『……父さん』
ウクライナは思わず呟いていた。自分を覗き込んだソ連の顔、その表情は、ウクライナが今まで見たことのないものだった。知らない父の顔、戦場ではこのような顔をしているのだろうか───いつもの、優しく穏やかな笑みをたたえた顔では無かった。冷酷非道な男、まるで人を殺すことすら平然とやってのけるような───
「───ぅぐっ」
ロマンが呻いた。それと同時に、ウクライナは意識が浮上するような感覚を覚えた。ソ連の手刀が、見事に自分の首筋に入ったことを理解したのは数秒後だった。直ぐに、ウクライナは意識を飛ばした。
おかしいなロシア主人公のはずなんだけどな…
とりあえず報告だけさせていただきます!試験期間に入ってしまったため、投稿が大幅に遅くなることが予想されます。ごめんなさい
読んでくださってありがとうございます。
コメント
4件
ソビエ父さんカッコよ
脳内蜂起軍だわーいわーい!!!! 万年筆で首を刺そうとする状況が好きです 苦しんでる表現とかセリフの間の扱い方がお上手です ありがとうございます!!!!