ボールペンをノックしてペン先を出したりしまったり、繰り返しながら図面を見詰める。机の上に広げられた学園の見取り図。食堂から3年教室、特別教室の並び迄がチェックされている。占領の印。反対側、体育館から1、2年教室と、その向こう側、中等部棟には印が無い。
「難しい顔。マリカ困ってる」
唐揚げに爪楊枝を刺して、正面から3年の長野忍が話しかけて来た。私の可愛い子。
「状況が分からない」
答える私に、横から1年の女子が頭を擦り寄せて来る。先程、食堂に来た際に手に入れたばかりの子だ。
長野忍が空腹を訴えた為、食堂を占拠しようと訪れると、そこに居た。6人の非戦闘の同族が入った人間に守られて、食事をしていた。床に座って、手掴みで、只々白米を食べていた。余りにも不憫な様子に呆れ、保護した。
私の側近が軽く威嚇しただけで、その6人は壁側迄下がり、しゃがみ込んで震え出した。おそらく、ジーナの子等。紐で縛って隅に置いているが、反抗する様子も無くボンヤリしている。
横の1年女子は、勧められるままに動いた。行儀良く席について食事するよう注意すると、大人しく従って食べ始めた。箸やフォークの使い方も分からなくなっていたので、手取り足取り教えてあげた。ただそれだけで、私に懐いた。懐く事に不思議は無い。本来そういう生き物だから。その点では、領寺沙奈は異常だ。それはさておき。
壁側の6人を見る。抵抗が無過ぎる。私の非戦闘員はもっとしっかりしている。この様な扱いを受ければ当然抵抗する。
「ジーナが側に居ないから、腑抜けになっちやったね」
長野忍が言った。
「どういう事?」
私は聞く。
「マリカは、自分が女王だから気付かないんだよ。女王以外の僕等はさ、女王が側に居てくれないと、存在が弱くなるって言うのかな?限りなく小さくなる感じ」
言いながら長野忍は1年女子を爪楊枝で刺した唐揚げで指す。
「その子は最初から今迄、どの女王にも近付けなかったからもう、これくらい」
唐揚げと反対の手の親指と人差し指で輪を作って見せた。
「彼女はまだ良いよね、僕と同じだから。マリカが居れば大丈夫。でも他の子達はさ、自分の女王じゃなきゃダメなんだ。もう少ししたら、体の持ち主が出て来るよ。消えはしないけど、もう抑え付けてコントロール出来なくなる」
そういう物なのか。
1年女子は、私のウエストにぎゅっとしがみ付き、幸せそうに目を閉じる。
私は彼女の肩を抱いて、ボールペンで見取り図の中等部棟を指す。
「なら、私のもう1人の可愛い子とジーナはここかしら」
恐らく体育館と1、2年教室は、人間達が押さえているのだろう。今の話が本当ならば、女王と離れていた我等の子等は簡単に捕らえておける。
「もう1人の「アレ」は分からないけど、ジーナはそこじゃ無い。学校の外に行ったよ」
「ほう・・・」
「一之瀬夏乃がジーナだよ。僕の斜め後ろの席。一之瀬夏乃凄いね、ジーナは彼女を上手く支配出来てなかった」
言いながら思い出したのか、クスクスと笑う。
「磯野流喜と一緒に帰って行った。笑っちゃうよね。磯野流喜が市長だよ。今頃殺し合ってるかも。2人共死んじゃってたりして」
そうなっているのか。殺し合い云々は別としても、そういう事ならば人間共は指導者不在では無いか。小娘相手ならば楽勝。
私は、長野忍の頭を撫でた。良い子だ。とても役に立つ。
嬉しそうに目を細める長野忍。可愛い子だ事。
「ジーナが居ないのなら、ここには・・・」
私は中等部棟の部分をトントンと叩く。
宿敵が巣食っている、そう考えて間違いないだろう。
リリアナ。
最古の女王。年寄りの婆。視力も失った盲目の古参。
腹立たしいあの女。今でも耳からあの女の声が離れない。アレは言った。「マリカ、お前のやり方には賛成出来ない。手を引かないなら消す」この私に向かってそう言ったのだ。1番若く、1番強い女王であるこの私に。
アイツのせいだ。今起こっている、この不可解な異世界での状態。アイツが何かやったに違いない。
お前なんかにこの私が消せるものか。何の目的で何をしているのかは知らないが、私がお前を消してやる。
その為にはまず・・・。
「人間達の巣食うルートか。アスランが邪魔だねぇ」
甘い匂いは普通に効果的だが、あの男にだけはあちらの世界でも効かなかった。こちらの世界でも効果は無いだろう。
「・・・誘き出してみるか」
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