『裏切りの微笑み』

数日後、由香はあることを決心していた。天城との過去に終止符を打つため、彼と再び会うことにした。それが自分を完全に解放するための最後の一歩だと感じたからだ。だが、その決断がどれほど重いものであるかは、心の中で分かっていた。彼との対面が、予想以上に激しい感情を呼び起こすことを。
由香は一人、指定されたカフェに足を運んだ。周囲には人々のざわめきが響いているが、その中で彼との再会に向けた胸の鼓動が大きく響く。まだ心の中に残る不安と恐れを感じながらも、もう一度きちんと向き合わなければならない。

カフェの隅に座っている天城を見つけた瞬間、由香の体が一瞬固まった。彼は相変わらず魅力的で、目を奪われるような美しい顔立ちをしていた。しかし、彼女の心はもうその外見に惑わされることはなかった。

天城は、由香が現れると微笑みながら手を振った。その微笑みには、彼がまだ彼女を引き寄せたいという思いが込められているようだった。

「来てくれてありがとう。」天城はゆっくりと声をかけた。由香は席に着きながら、冷静に彼を見つめ返した。

「話があるって言ったけど、何か理由があるんですか？」由香は言葉を選びながらも、心の中で覚悟を決めていた。

天城は一瞬、目を伏せたが、すぐに彼女の目を見据えた。「正直、君がまだ怒っているのは分かっている。でも、あれから色々と考えたんだ。君にどうしても謝りたくて。」

由香は冷静に返した。「謝るって言っても、もう遅いんですよ。私たちの関係はもう終わったんです。あなたがしたことは簡単に許せることではない。」

天城は黙って下を向いた。それでも、しばらくしてから再び由香の目を見つめた。「分かってる。でも、君が僕を完全に拒絶するのは、どうしても受け入れられない。」

由香は静かに深呼吸をし、目を閉じた。彼の言葉に心が揺れることはなかったが、その裏にある痛みを感じ取った。天城は本当の意味で後悔しているのだろうか、それともただ自分を正当化したいだけなのか。彼の気持ちは、彼女にはもうわからなかった。

「天城、私はもうあなたのために生きたくない。私の人生は私が決めること。」由香の声は穏やかだが、決して揺るがなかった。

天城はその言葉に、しばらく黙ったままでいた。そして、やがて苦しそうに顔をゆがめながらも、静かに答えた。「わかった。でも、君が幸せになることを心から願っているよ。」

その言葉には、どこか寂しさと無力感が混じっているようだった。天城は何も言わずにコーヒーを一口飲み、再び彼女を見つめた。

「私、あなたに期待しないし、過去を引きずりたくもない。」由香はそう言って、最後の一歩を踏み出す決心を固めた。「だから、もう会うことはない。私たち、完全に終わったの。」

その言葉が、二人の関係の終わりを告げた。天城は一瞬だけ微笑んだが、その表情はどこか切なげだった。彼は静かに席を立ち、由香に背を向けて歩き去った。

由香はその後、何も言わずにコーヒーカップを見つめていた。自分の中で、確かに過去を切り離す感覚があった。しかし、その感覚が完全な解放ではないことも理解していた。天城との関係はもう戻ることはない。彼との思い出や痛みを背負って生きることが、これからの彼女にとっては重要なことだと感じていた。

「これからは私が私を大切にする。」由香は心の中でそう誓い、静かにカフェを後にした。

その日、彼女は初めて自由を手に入れたのだと感じた。そして、それが彼女の新しい人生の始まりであることを、深く心に刻み込んだ。