テラーノベル
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真っ暗な知らない空間に、気づけば立っていた。
…いや、知っている。これは、毎年見る悪夢で、俺が捨てきれない感情で。俺が、過去に縛られているという証拠だ。
ぽたり。水音がした瞬間、声がした。
_お前に人権なんてない。
__お前に生きている価値なんてない。
___鬼なんて、お前なんて、生まれなきゃよかったのに。
「っ…!」
6月17日の5時9分。
毎年、誕生日は悪夢で目が覚める。いつもは夢を見ないのに、この日だけは夢を見る。故に、毎年憂鬱でしかなかった。
「…くそ。」
こんなことで気が滅入っていてはキリがない。そんなことはとっくの昔にわかっている。抑も、そうできていたらこうなっていない。名前のつけられない感情が胸の中で渦巻いている。それを誤魔化すように、前髪をくしゃりと掻き混ぜた。【ポーカーフェイスであれ。】それを掲げ始めたのはいつからだっただろう。嗚呼、駄目だ。良くない方向に頭が回ってしまう。今日はこれから仕事がある。体を起こし、床に足をつけた。その瞬間_幻聴なのは分かっているが_耳元で誰かが、『お前なんて死んだ方が世の為だ』『お前なんか居なければ。』そう囁いた。わかっている。あいつが、あいつらがそんなことを言わないと。それでもその声は、無陀野と京夜、後輩や仲間の声が重なって聞こえて。呼吸に失敗したような音が、喉から漏れた。冷や汗が背中を伝う。息が上手く吸えない。呼吸がだんだん浅く、早くなるのを感じる。酸欠により視界が明滅する中スマホに手を伸ばした。
画面が上手く見えない。
指先が震えて、何度も失敗する。
呼吸がうまくできない。肺が焼けるみたいに熱い。
やっと1番上の連絡先に電話をかけることができて安心してしまい、意識を落とした。
今日は偶然早く起きていた。丁度休みを貰っていたから真澄隊長から貰った黄色のビオラを眺めながら、ちょっと高めの珈琲を飲んでいた。久しぶりの休暇っていいな、なんて思いながらゆっくりしていると、電話がかかってきた。まだ5時30分なのに?と思いながらもスマホを見ると、表示されていた名前は真澄隊長だった。何かあったのだろうかと不思議に思いながらも電話に出る。
「真澄隊長?大丈夫ですか?」
物音ひとつしない。
「…真澄隊長?」
前言撤回。微かに、空気が漏れているような引き攣った音が聞こえる。
__今日は何日だった?
6月17日。真澄隊長の誕生日。もしかして、例の悪夢を見てトラウマがまたフラッシュバックしたのだろうか。
返事が返ってこないということは、意識が無いだろう。それならとてもまずい。合鍵は以前、緊急時用に預かっている。あの人が無言通話だなんてするはずがない。
嫌な予感しかしない。階段を駆け下りながら、最悪の想像が頭をよぎっては消える。違う。今優先すべきなのは、一秒でも早くあの人のところへ行くことだ。
「~ぅ!」
だれかに、よばれているきがする。
だれだ。わからない。こわい。いやだ。さわるな。
「~み隊長!」
ちがう、しってる。こいつは、だいじょうぶ。
こわくない。でも、こわい。どうして。いやだ。
たすけて、ほしい。
「真澄隊長!」
馨にそう呼ばれて、意識がちゃんと浮上した。
「か、っ」
「はい、馨です。ちゃんと鍵閉めました。大丈夫ですよ、僕しかいません。」
安心させるように馨が背中を摩ってくれた。
「ゆっくり、息吐いてください。」
馨に言われた通り、深呼吸を繰り返す。
少しずつ、少しずつ、ちゃんと息が吸えるようになって、酸素がきちんと頭に回って、視界が安定した。
「か、おる」
「はい。」
馨と目が合う。それだけで安堵した自分が居て。
_ああ、もうだいじょうぶだ。
ふっと全身から力が抜けて、馨に全体重を任せた。
「っと、」
少し驚いていたものの、馨はきちんと俺を受け止めてくれた。馨の背に手を回して、服をぎゅっと握った。
「…かおる」
「はい?」
もう過呼吸にはなっていない。それでも、馨は俺の背を摩る手を止めないでくれている。それが、何よりも嬉しくて。目頭が熱くなり、視界がじわりと滲んだ。それがバレたくなくて、馨の肩に顔を埋めた。
「…僕や、無陀野さん達の前くらいなら、泣いてもいいんです。」
「貴方が泣いても、責める人は居ませんから。」
優しくそう言う馨の声で、また涙が零れる。
泣くことなんてほぼない。だからだろうか、ずっと苦しくて、辛くて。だというのに、馨が居てくれるだけで安心できて、大丈夫だと思えて。
「っ、…は」
自分でもわかるほど震えた声が喉から漏れた。
「な、んで、まいとし…っ」
毎年こうなってしまうのか、なんて弱音を吐きそうになった。唇を噛んで、もう二度とそんな言葉を出ないように口を噤む。鉄錆のような味が口の中に滲む。
「隊長。偶には、弱音吐いてもいいんですよ。」
「そのために、僕がいるんです。」
きっとこいつは、俺が無陀野にも花魁坂にも、弱音を吐けないことなんてわかりきっているのだろう。
だからこそ、こうやって俺に寄り添ってくれている。
「…かおる」
「何ですか?真澄隊長。」
「…っ、」
俺の生死なんてこいつに委ねることではないし、他人に聞くことでもない。それでも、馨なら俺の欲しい言葉をくれる気がして。
「…俺、は。」
「はい。」
_いきてても、いいのか。
そう、聞いてしまった。
「…当たり前でしょう。」
「無陀野さんも、花魁坂さんも、四季くん達だって貴方が居ることを望んでる。」
「僕だってそうです。…あなたが居ない未来だなんて、望んだことは一度もありません。」
「…あなたは当たり前だと言いますけど、僕はあの時、貴方に救われていなければここに居ないんですよ。」
そう言いながら馨は俺の涙をそっと、優しく指で拭った。
「ね、真澄隊長。もう、大丈夫なんですよ。」
ああ、こいつが言うのならきっと大丈夫だろう。
そう思った瞬間、疲れがどっと溢れた。
馨が抱き締めて撫でてくれるから、もうきっと、あの悪夢を見なくて済むだろう。
暫く何も話さず背を撫でていると、真澄隊長の呼吸が穏やかになっていた。やっと眠れたようだ。悪夢は見ていないようで、いつもの姿とは真逆のあどけない表情で眠っている。先程まで泣いていたので、睫毛が濡れて束になっている。それでもまだ僕の服から手を離す気はないようだった。それはこの人なりの信用の証で、頼っていいと判断されたということで。それがとてつもなく嬉しくて仕方がなかった。もう少し見ていたいがこのままだと体を痛めてしまう。それの揺れで起きたら蹴ってくださいね、なんて思いながらも真澄隊長を抱えてベッドに転ぶ。内心謝りながらも服を掴んでいる真澄隊長の指を一本一本、丁寧に外した。どうやらそれがお気に召さなかったようで、眉間に皺を寄せている。布団を手元に持っていったが、違うというように手を彷徨わせている。僕の袖に触れた瞬間、安心したように表情が和らいだ(といっても眉間の皺が無くなっただけだが。それでも心なしか和らいでいる)。思わず、小さな笑い声が漏れた。真澄隊長に服の袖を掴まれてしまっているため空いた手で、ふわりとした猫のような髪を撫でた。偶に触らせてもらえるこの柔らかな感触が好きだ。勿論真澄隊長の事は好きだけど。きっと猫咲はドン引くんだろうな、なんて思いながらスマホに手を伸ばす。花魁坂さんと無陀野さんで迷って、結局無陀野さんにかけることにした。数秒もたたないうちに電話がつながった。
「馨か。真澄のことか?」
「はい。」
「…少し待て。京夜を呼んでくる。」
花魁坂さんを呼んでくれるようだ。ありがたい。
数秒後、電話が花魁坂さんに代わった。
「馨君、連絡してきてくれてありがとね。今年もまっすーは見ちゃったのかな?いまはどうしてる?」
「はい。今日は雨なのもあるのか気が滅入ってしまったみたいで、例年よりひどかったです。今は落ち着いて、隣で寝てますよ」電話の向こうで、安堵の息が漏れる音がした。
「あ、そうだ。まっすーが起きてからでいいんだけどさ。後日僕が検診行くからって伝えておいてくれる?ダノッチも来ると思うよって。」
「分かりました。ちゃんと伝えておきますね」
んん、と真澄隊長が何かに怯えるように身を捩った。ゆっくり頭を撫でれば、ほっとしたようにからだから力が抜けてゆく。
「ダノッチ聞いたー?!まっすー馨くんの隣で寝てるんだって!」
受話器越しに大きな声が聞こえた。耳がキーンと鳴っている。
「そんなに叫ばなくとも聞こえている。」
「だが、真澄が人前で寝ることなんて滅多にない。」「起きてないってことは熟睡してるんでしょ?凄いよねぇ」
「…馨くん。」
先程までの明るい声色が、静かになった。
「はい。」
「今のまっすー、1人にしないであげてね。起きた時に誰もいなかったら、怖くなっちゃうだろうから。」
その言葉に、目線を真澄隊長に落とした。
さっきまであんなに怖がっていたのにも関わらず、今は穏やかに眠っている。それでも、僕の袖を意地でも離さなくて。きっとまだ、不安なのだろう。
「勿論です。」
「馨くんならそう言ってくれると思ったよ」
くすくすと花魁坂さんの笑いが聞こえた。
「馨。また何かあったら連絡しろ。」
「分かりました。失礼します」
電話を切った。部屋に静寂が戻る。窓の向こうではまだ雨が降っていて、暫く晴れそうにない。なんなら雨音が激しくなっている。それに反応するように、真澄隊長の眉間に皺が寄った。
「…大丈夫、大丈夫ですよ。」
聞こえていない。分かっていても、そう言ってしまう。
そっと、優しく撫でれば表情が和らぐ。きっとこの人は、人に触れられるのは好きな方なのだろう。素直になれないだけで。せめて、あと数時間は。貴方が眠れる間は。貴方が悪夢を見ないよう願う。
コメント
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読ませていただきました…。冒頭の悪夢の描写、特に「お前なんて生きている価値がない」という声が重なって聞こえるところ、とても胸が締め付けられました。馨さんが「泣いてもいい」「あなたが居ない未来なんて望んだことがない」って言うシーン、本当に温かくて…。トラウマを抱える人が、誰かに「生きていていい」と言ってもらえることの重みが、静かに伝わってきました。続きが気になります🌷