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にとぱん
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『Element6』
通称、EL6。
六人組の男性2.5次元アイドルグループとして活動を始めて、一年半が経った。
春希は、グループのリーダーとして、今日もメンバー全員が集まったスタジオを見回していた。
「じゃあ、次の曲いこう。イントロから合わせよう」
「はーい」
「了解」
「おっけー」
それぞれが返事をしながら、定位置へ散っていく。
ツバサはストレッチをしながら、センターにつく。
ねいろは、その隣で何かふざけた動きをしてツバサにちょっかいをかけている。
JILは笑いながらそれを見ていて、
ていくはスマホで振り付け動画を確認していた。
そして、その少し後ろに、832。
ペットボトルのキャップをしめて床に置き、だるそうに立ち上がる灰色の髪の毛。
彼はゆっくりと自分の立ち位置へ向かう。
「みつ、そこ一歩前じゃね?」
「ん?」
「立ち位置」
「あ、ほんとやぁ。ごめん」
「ん、大丈夫。でも本番近いし、もうミスるなよ」
「そしたら、また春希が教えてくれるから大丈夫」
「はぁ?笑」
いつものやり取りだ。
いつもの雰囲気で、いつもの会話。
俺と832はEL6が結成されるよりも、ずうっと前からの付き合いだ。
だから、メンバーの中でも特別気を遣う必要がない。
何を考えているのか分からないような顔をしているくせに、急に甘えてきたり。
かと思えば、誰より落ち着いていたり。
でも、長く一緒にいるからこそ、832のことがなんとなく分かることが多い。
「じゃあ、今回の新しい振り確認するね」
振付師がそう言って、音源を流す。
靴の音がキュッキュッと鳴る。
曲の中盤。
俺と832が隣り合う部分があった。
ラップの部分。確か歌詞割りも一緒だったはず。
「…あー、そうだ。ここなんだけど、春希さんと832さんの振り付けがちょっと特殊でね、」
「へぇ」
「なるほど」
「1回説明するね。まず832さんが、ここで_」
振り付け師にされるがままの832。
ターンをして、正面を向いている春希にかぶるように移動する。
「ここで、なんだけど。 春希さんが832さんの肩に手を置く。」
「はい」
俺に背中を向けてる832の肩に、俺の手をのせる。
「そうそう、そのまま半回転してみて。本番は片手だと思うけど」
「?、」
テクテクと2人で半回転する。
「んー、もっと自然にしてほしい!」
振り付け師さんのアドバイスをうけながら2人でクルクルと回るが、いまいちコツが掴めない。
「むずいな」
「分からん」
振り付け師さんは腕を組む。
「んー、なんかもっと色気がほしいんだよね!」
「色気…かぁ」
「エロがればいいん?」
「ちげーだろ」
3人で悩み込み始めたとき、ふと832が言う。
「…なあ、俺と春希が向き合えばいいんじゃね」
その言葉に振り付け師さんが目を見開いた。
「…というと?」
「…だから俺が春希にかぶったときのターンを半回転にして、向き合う 」
「え!たしかに社交ダンスみたいに動きやすそう」
そこからは早かった。
向き合うと832の動きに合わせやすくなり、格段に回りやすくなった。
「…いやー、なんか、2人に色気が足りないんだよね。」
「春希が本番プンプン出してくれるから大丈夫っすよ」
「そうじゃなくて…なんかこう…」
「…あ!」
ポンッと手を叩いた振り付け師さんは、俺に動かないように指示すると
俺と向き合っている832の背中をグイッと押した。
832の顔が、近づく。
「え!ほら良いじゃんこれ!」
少し角度をつけた、832の顔。
まるでキスをするように見せる振り。
「……え」
思わず声を漏らすほど近い距離。
「え、なにこれ。俺、春希とキスすんの?」
「まさか!笑」
振り付け師さんは嫌そうな顔をしている832に笑いかける。
「フリだよ、フリ!角度的に正面から見たらキスしてるように見えるってだけ」
832は不服そうな顔で、こちらを見る。
「………にしても、近けぇ」
「こっちのセリフだわ!w」
そう言いながら離れる。
「いいね!ここ、2人の見せ場にしよう!」
振付師さんは何気なく言う。
「まじっすか」
「まじまじ。色気があって最高!」
「まぁた春希がエロがってるってことや」
「www」
「コレット、絶対喜ぶと思うよ」
「…これ、さてはメロいってやつか」
「そうそう」
「なら、やるか。」
832はすぐに納得したように頷いた。
「いや受け入れが早ぇよ」
「まあ、振り付けだろ。マジでちゅーするわけじゃねぇから」
「まあそうだけど」
「ならいい」
あまりに淡々と頷く832にツバサがツッコむ。
「832、こういうの苦手そうなのに!やるんやね」
ツバサが笑う。
「…まあ、苦手やね」
「やっぱり!」
スタジオに笑い声が響く。832の渋い顔を見て俺も思わず笑ってしまった。
「まあまあ。」
「春希はいいの?」
「俺?」
あぐらをかいて水を飲むていくに聞かれる。
「832が春希にキスするみたいな振り」
「別にいいよ。仕事だし」
そう答えた瞬間。 832が俺を見る。
「……じゃあ、春希は平気なんだ」
「うん?」
「なんでもない」
832はそう言って、目を逸らした。
俺は少し不思議に思ったが、深く考えることはしなかった。
それからライブ当日まで、練習は順調だった。
「春希」
「ん?」
832との例の振りの練習も順調。
「ここ、もうちょっと顔近づけてもいい?」
「いいよ」
「…本当に?」
「うん。振りだし」
「……そう」
何度やっても、ただの振りだった。
832が俺に顔を近づける。
俺が少し微笑むと832が角度をつけて顔を寄せる。
鼻が触れ合うか触れ合わないかの、ギリギリ。
互いの唇が触れそうな、その寸前で離れる。
何度繰り返しても、何も起こらない。
だから俺は慣れたし、きっと832も慣れていた。
きっと俺たちを推してくれているコレットが喜ぶのだろう。 それくらいの認識だ。
そして迎えた、ライブ当日。
ステージの上に6人で立つ。
大勢のコレットの歓声とペンライトの光に包まれる感覚。
眩しいぐらいの照明。会場の端から端まで鳴り響く音楽。
何度も練習した振り付けは成功。 曲の間に挟むMCのトークも順調。
俺はいつものように笑っていた。
いつのまにかライブも終盤になっていた。
曲が進む。
そして、例の振りがある曲へ。
イントロで曲が分かったらしいコレットたちの歓声に身をつつみ、踊って歌う。
例のパート。
2番のサビ前。
832が俺のほうへ向かってくる。
832がターンをして、正面を向いている俺にかぶるように移動。
俺が向き合った832の肩に、片手をのせる。
そのまま半回転。
832の顔が正面にくる。
「……」
832と目が合う。
「……」
(…綺麗な目してんなぁ。)
いつもより赤い唇。長いまつ毛。
まぶたが閉じて、唇が近づいてきて、
俺はいつも通り目を閉じる。
あと少し。
あと少しで、いつものように離れる。
つもりだったのに。
_ちゅうっ。
(………え?、)
唇に、やわらかいものが触れた。
すぐに離れて、状況が理解できないまま目を開ける。
「………、//」
目の前には耳が赤い832。
離れる時
ふわっと832の髪の匂いがして、
「………ぇ、?」
俺の頭の中は真っ白だった。
客席から、とんでもない歓声が上がる。
身体が固まったまま動けない。
だが目の前の832は 何事もなかったような顔で、次の振りへ移った。
顔に熱が集まる感覚。
「……っ、////」
俺だけが取り残されたみたいだった。
曲は続いている。 歌も続いている。 照明も、歓声も。
全部いつも通り。これまで通り。
なのに、自分だけが何も分からなくなっていた。
832は平然としていた。
だから俺も必死に表情を作った。
笑わなければ。
リーダーなんだから。
ライブ中なんだから。
そう思うのに、顔が熱い。
耳まで熱い。
心臓がうるさい。
隣を見る。
832は普通に歌っている。
(……みっちゃん)
分からない。
今、彼は何を考えながら歌っているのか 。
そして、事故だと割り切れずに、こんなに動揺している自分も、分からない。
ただ、動揺は声にも顔にも出さない。出せるわけがない。
結局、ライブが終わるまで、俺は自分でもよく分からないままステージに立ち続けた。
唇の感覚が残ったまま。