『正確には、あなた自身が「魔ギア」になったというべきかもしれませんね』
女はさらっととんでもないことを言い放ちやがった。
「それは……俺の身体を改造したということか?」
『やはり前世の記憶があると話が早いですね。これまでのこともそうですが、あなたがこの世界の住民だったとしたら、今の話の百分の一も理解されていなかったでしょう』
「肯定の意味として受け取って良いんだな?」
俺は女を睨みつけ、右手の拳に力を込める。
『おや?怒りの感情を感知しました。何を怒っていらっしゃるのですか?』
「ふざけんな!勝手に人の身体を弄っておいて、それで俺が怒らないとでも思っているのか!!」
『しかしそうしなければ、あなたの二度目の人生はすでに終わっていたのですよ?「魔ギア」を融合させることによって、あなたの肉体を再生したのですからね』
「それも元はと言えばお前が――」
『元の身体に戻すことも可能ですよ?』
「――え!?」
『しかしその場合、あなたは左腕を失ったまま元の生活に戻ることになります。そして近い未来、この世界の人たちと同様に死ぬことになるでしょう』
「……それはこの世界の人類も滅びるという事か?」
『私はこれまで静かに適正者が現れるのを待っていたのですが、そうのんびりもしていられない事態が起こりました。そこで急遽、この「魔ギア」選抜用ダンジョンを創ったのです』
「……のんびりしていられない事態?」
『この世界と地球のある世界との次元の亀裂が急速に大きくなっているのです。このままでは近いうちに「熾天使」に近しい階級の天使たちがこの世界へと顕現することになります。そうなれば現状の人類の戦力では対抗しきれないとの計算結果が出たのです』
俺の想像も出来ないほどに発達した科学文明を簡単に滅ぼした天使たちがこの世界にやってくる?
『あなたには今、二つの選択肢が提示されています。一つは「魔ギア」を解除し、元の自分の身体に戻り、他の人たちと共に滅びの道を行くというもの』
「……もう一つは?」
『「魔ギア」の力を使い、世界を救う英雄として天使たちと戦い、生き残る道です』
俺が……英雄に?
『まあ、私はあなたがどちらを選ぼうとも構いませんよ。あなたの選択肢がこの世界の運命を左右するのだとしても、私はあなたの自由意思を尊重します』
……嫌な言い方をしやがる。
こいつは最初から俺に選択肢なんか無いのが解って言っているんだ。
「俺は……その「魔ギア」は……天使たちに勝てるのか?俺が戦えば、この世界を救うことが出来るのか?」
『計算上の確率は「21.63873%」です』
「――十分だ」
そう言った俺に、女は満足そうな笑みを向けた。
日没から降り出した雨は次第にその勢いを増していき、普段なら人の行き来の多い時間帯にも関わらず、道行く人の姿はほとんど見かけなかった。
やや寂れた雰囲気の薄暗い酒場のテーブルで一人酒を飲む男。
店に辿り着くまでに濡れたローブを背もたれにかけ、運ばれてきたグラスを無言で見つめている。
「カイン、ここにいたのか……」
そんな姿を店に入ってきたハンスとサレンが見つけて声をかけてくる。
「…………」
近づいてきた二人に気付いて視線を向けたカインだったが、その目には全くといっていいほどに覇気が感じられない。
その顔を見た二人の胸に鈍い痛みが走る。
「気持ちは分かるが……もう一週間だ。そろそろ気持ちを――」
「まだ一週間だ!まだ一週間しか経ってない!アベルさんは絶対にどこかで生きているはずだ!」
突然大声を出したカインに、店の中にいた他の客も何事かと注目する。
「落ち着けカイン。あれからギルドは何度もアベルさんの捜索隊を出している。あのボスのいた部屋だけじゃなく、すでに二階層の捜索も終了したらしい。それでも……」
「あの部屋には何もなかったんだろ!ボスも出てこなければ転移ゲートも現れない!なら、きっとアベルさんがボスを斃して、そして何かが起こったに違いないだろ!」
「カイン……。あなたの気持ちは分かるわ。でも、あなたも理解しているんでしょう?あの魔物をアベルさんが斃すことがどれだけ無茶だってことを……」
「………暴走したクロードたちを止めることが出来ず、不用意にも後を追ったことで全員があの場所に閉じ込められてしまった。そして最後に俺たちはアベルさんを見棄てて……」
「カイン……」
「俺はクロードを責める資格なんて無い……。俺も同罪なんだ……」
徐々に掠れていくカインの声。
言葉の最後は屋根を打ちつける強い雨音にかき消された。
――ピシッ
その時、雨音を貫くように何かが割れるような高い音が聞こえた。
その音はカイン達だけでなく、街にいた全ての人の耳に届いていた。
「……何だ?」
カインの胸に到来したのは例えようのない不安。
彼の本能的な何かが、これから起こるであろう災いを敏感に感じ取っていた。
世界がひび割れ、繋がる二つの世界。
狭間より顕現せし天使、その異形と無慈悲な殺戮により悪魔と呼ばれる。
二対四枚の白金の雄大な羽を持ち、主たる熾天使の命を受け実行せんとする者。
中位三柱が一柱【力天使】。
二千四百年もの永き時を経て、ここに異世界への進出を果たしたのである。
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