「もう、やめませんか。」
そう言われて早1週間。あの後俺は酒のせいにして頷いて、今まで通りいようねと約束を交わした。
気の迷いだろう。MENの恋心も、芽生えかけてた俺の感情も。
なにもかも、綺麗さっぱり。無かったことにして、忘れてしまおう。
その方が互いにとって幸せなのだ。
《ぼんさん。今って時間空いてます?》
メッセージを告げる音がなり、確認すると社長からのメッセージだった。
どうしたんだろう、珍しい。
暇ですよと返すと電話がかかってくる。
「お疲れ様っす〜」
『お疲れ様です。』
「急にどうしたんですか?珍しいですね」
『単刀直入に言いますけど、MENとなにかあったでしょ?』
語尾こそ疑問形だが確信を得ている言い方だ。なんでこうも鋭いかねぇ。
「…なんでですか?」
『だって急に距離近くなったと思ったらまた急に距離離れたじゃないですか』
「…そんな離れてた?」
『いえ。そんなには。ただ、メンバーは薄々感じてると思いますよ。』
上手くやれてると思ってたんだけどなぁ。まあいつもあれだけ素直に向き合っているメンバーに対して嘘をつく方が難しいか。
「はぁー…そっかぁ」
『…言えないこともあるでしょうし、深追いはしませんけど。』
早く仲直りしてくださいねと言うと電話が切られてしまった。
はぁ。正直面倒くさいし丸く収まる気もしないが、社長命令だ。仕方あるまい。
必要最低限のものだけ持って、家から出た。
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突然インターホンが鳴る。
来客に一切の心当たりがない。何もしたくなくて居留守を使っていたら、何度も押された。
「あーもううるさい!誰です…か、」
「…よう」
扉を開けると緩く微笑む想い人が立っていた。
「急にごめんね」
「いいっすけど…今俺ん家なにもないですよ」
「はは、いいよそれくらい。気使うなって。」
床に座ったぼんさんが、バシバシと正面の床を叩くので大人しく正面に座る。
「…それで、どうしたんですか?こんな急に」
「仲直りしよーと思って。」
「喧嘩とかしてましたっけ」
「ほら、こないだの。」
聞く前からなんとなく察していたけど。やっぱりそのことか。
「…俺からは言いたいことないですよ」
「……そっか、そうね。でも、俺からはあるから。聞いて?」
聞きたくないことだって、好きな人が紡ぐ言葉ならなんだって聞きたくなってしまうものだ。正直、かなり怖いけれど、俺には頷くことしかできない。
「…ありがと。MENってさぁ、俺のこと好きでしょ?」
「えっ…、ま、まあ。はい。」
「今もまだ好き?」
これは、どういう質問なんだろうか。この好きは、なにとしての好きなんだろう。
「……はい。好きですよ、ずっと」
わからないけど、どういう意味にしたってぼんさんのことは好きだ。
「そう?よかった。」
「……ぼんさ、」
「もうちょっとだけ聞いてて」
話そうとすると人差し指で口を抑えられる。
「俺ね、だいぶ前から知ってたのよ。そういうことする前から。」
まるで死刑宣告を待つ被告人のような面持ちで告白される。
「…知ってましたよ」
「えっ…!?」
でも、ぼんさんが被告人なら俺は共犯者だ。
「ぼんさんが俺のこと好きじゃないのも、流されたのか優しさなのかはわかんないすけど、情で付き合ってくれてたのも。知ってます」
「…優しさならあんなことしないでしょ」
「はは、確かにそうっすね。でも、俺嬉しかったんで。」
今だって嬉しい。あんなことがあってもまだ俺と普通に話してくれて、仲を修繕しようとしてくれて。ほんとうのことを話してくれて。
「おれ、俺ずるいんですよ。ぼんさんは酒で流されただけだったのに、その後も関係を続けてくれたのが嬉しくて。全部気づかないふりしてでもぼんさんと繋がってたくて、」
「うん。」
「でも、やっぱり心が繋がってないのは辛くって。」
「……うん。」
「俺の我儘に付き合わせちゃって、ごめんなさい」
少し、ほんの少しだけ心の突っかかりが無くなったような気がする。
辛いけど、ほら。初恋は実らないって言うだろ。
「…あのねぇ、MEN何も悪くないだろ」
「…?」
「吹っかけたのも俺、続くよう仕向けたのも俺。酒に流されたのはMENの方でしょうよ」
「…いえ、俺が悪かったんです」
「MENは悪くないってば」
「ぼんさんの方こそ何も悪くないです」
「なんでそういうとこ頑固なのよ、酒に流されたくせに」
「ブーメランですよ?」
完全に売り言葉に買い言葉だ。
子供みたいな喧嘩に、どちらからともなく笑い出す。
「はぁ、MENといると30年くらい若返っちゃう」
「俺と居たら長生きできるってことっすか?」
「ふは、バカ」
結局、ぼんさんと居るのが一番たのしいのだ。
「ごめんねぇ、傷つかせちゃって。」
「いえ。ぼんさんに惚れた俺が悪いですから」
「…言うねぇ」
悪戯っぽい笑顔を浮かべると、両手で力強く頭を撫で回される。
「ちょ、ぼ…ぼんさん!?」
「MEN」
「なに…っ」
上を向こうとすると撫でながら押さえつけられる。
「俺さ、MENのこと好きだよ。」
「………はい?」
「だから、好きだよ。MENのこと。」
「はあ?」
「怒るなって!なんていうかさぁ、健気さ?一途さ?が可愛くって。つい、ね。」
「つい…」
「そ、うっかり。」
納得いかない。ぼんさんは時折物凄くクズな部分を見せるが、基本的にはいい人だ。俺より一途で可愛くてぼんさんを好きな女の子なんてたくさんいるだろう。
「納得いかないって顔してるだろ」
「ウッ」
「ふっ、俺もさ。よくわかんないのよね。…元カノの話とか嫌だったらごめんけど、俺告られて付き合ったことしかないからさぁ。たぶんちゃんと人好きになるの初めてだよ」
「はい……?」
「疑うのか照れるのかどっちかにしなさいよ、全く」
だって、そんな話、にわかには信じがたい。
「……初恋ってことですか?その歳で?」
「うるさい。まあ、初恋はあれじゃない?幼稚園児のときに終わってるんじゃない?」
「…そう、ですか。」
そうですか。2回同じ言葉を繰り返して、なんとか状況を飲み込む。
「MEN、MENは?」
「……さっき言いましたけど」
「何回でも言ってよ」
俺は長い間片思いを拗らせていたのに、ぼんさんはこんな一瞬で手に入るなんて、羨ましいな。よくわからない責め方をして、少しだけ逡巡したのち、口を開いた。
コメント
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フルサワさん、作品に関係無いコメントすいません。 フルサワさんのアカウントのスクショって撮ってもよろしいでしょうか お返事お待ちしております。