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◈読む前に
この作品は物語の前提として、”天使滅亡後、主は執事の身を守るために彼らの元から離れた
という設定になっております。
若干マイナス気味になっておりますので、苦手な方はブラウザバックを。
読めそうな方は、是非ご覧下さい。
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生暖かく、湿った空気が頬を撫でた。梅雨も明けた7月上旬の気温は、もうすっかり夏が始まったことを表している。
空は朱色に染まっており、空の心臓が今にも溶けだしそうなほど真っ赤に燃えていた。
買い出しの帰りに、広場を歩く。
重たく破れそうな紙袋に、少し買いすぎたかな、なんて考えていると、広場で駆け回る子供たちの話がふと耳に入った。
「何願い事したー?」
「そんなの、織姫と彦星が会えますように、に決まってるじゃん」
「俺はねー、」
ああ、そういえば今日は七夕だったか。
やはり大人になると、季節の行事など忘れていってしまうのだと実感する。
元気に駆け抜けていく子供たちに、どこか懐かしさを覚えた。
広場の塔の鐘が、たった今18時になったことを告げる。
さあ。わたしも早いところ宿に戻らないと。少し歩くスピード速めて、街角を曲がったとき。
色鮮やかな紙たちが、風になびかれて踊っている。短冊だけでなく、折り鶴や吹き流し、綱飾りなどで華やかに飾られたその笹は、目を瞠る程のあまりにも見事なものだった。
流石は東の大地だ。ここは前の世界と文化がよく似ている。
近くの台に、羽根ペンと短冊があった。今なら人も少ないし、わたしも書いてみようかな。
見渡すと、幸せそうな顔をした人ばかりで、少し真似したくなったのかもしれない。
私は迷わずにペンを走らせる。わたしの、一世一代の願い。
常に、願っていることだ。
私は書き終えた短冊を笹に結んだ。途中、ふと隣の短冊が目に入る。
少しくすんだ、赤色の短冊。
願い事の部分が捲れていて、かなり前に結んだということが伺える。
名前の部分だけが、はっきりと見えるような形だ。
わたしは、それから目が逸らせなかった。
なぜならそこには、私がよく知ってる字で、私がよく知ってる人の名前が書いてあった。
そういえば、いつの日か彼らと共に、この笹飾りを見に来たことがあった。
そのときはなんてお願いをしたんだっけ。首をひねり、記憶の中から思い出を拾い出す。
そう。あのときはたしか、
『皆とずっと一緒にいられますように』
だったかな。
世知辛さなんて知らない、ただ純粋にこれから先もずっと彼らと共に人生を歩むんだと、そう信じて止まなかった頃の私の願い。
結局、それが叶うことはなかった。
あの日は、執事たちはお願い事を秘密って言って教えてくれなかったんだっけ。
わたしのお願いだけ見られて、恥ずかしくて、ちょっと不服だったけど、みんなが心底嬉しそうに、ずっと一緒にいましょうねって約束してくれて、私も嬉しくて。
あのときの思い出が、胸をくすぐる。
それと同時にどうしても、気になってしまった。
あのとき見せてくれなかったんだから。今度は私の番。
そう思って、捲れた部分の短冊を見る。私は目を瞠った。
『主様に会いたい』
思わず涙が溢れた。縄で絞められているような、心の痛みがした。
ずっと一緒にいようって言い出したのは私なのに、それを破ったのも私だ。
それなのに私を憎んだり恨むことなく、ただ『会いたい』と願う彼らに、私はただひたすら謝ることしか出来ない。
「ごめんね、」
私はとめどなく溢れる涙を抑えられない。水面のように波打つ夕焼けが、あまりにも幻想的で、あの日のようで。
貴方たちを守りたいという私の自分勝手なエゴによって始まった逃避行。
それでも、いつかはまた会えると、そう願わずにはいられない。
またどこかで会ったらそのときは、謝りたい。謝らせて欲しい。許されない私の自分勝手を。
暫く呆然としていて、すっかり太陽も沈んだことに気づかなかった。
さっきまでオレンジ色に輝いていた空は、深い藍色に変わっていた。私は足元に置いた紙袋を拾う。
夜になると一気に涼しくなるものだ。生ぬるい夜風が、頬を撫でた。
『みんなが幸せに生きていますように』
短冊に書いた願いをもう一度、空に向けてお願いする。
星がそれに応えるように、きらきらと瞬いたような、気がした。