四方田裕哉は田舎の公立高校に通っている、数学が大の苦手の普通の男子だ。ちなみに、まわりからは裕哉をもじって「よもめぇ〜」と呼ばれている。
「数学なんか使うわけねぇだろ」
そうぼやきながら、数学の課題ワークを頭を抱えながら解いていた。窓の外では、月明かりが空を紺色に染めていて、外ではカエルが大声で歌っている。
「全くわかんね。期末赤点やんけ」
やっても無駄。裕哉はそう決めつけ、ワークを閉じ、不貞寝した。そしてそのまま夜を越した。
朝だ。嬉しい金曜がやってきた。が、裕哉は時計を見てハッとした。遅刻寸前。 この時間はもう裕哉の親は仕事に行ってしまっているので、自力で起きなければならない。
裕哉は通学先である南部(みなべ)高校へと急いで出発した。午前八時の道。七月も中盤で凄く暑い。油蝉が大声で鳴いている。油蝉の声が夏の暑さを後押ししている。汗ばむ中、全力で自転車を漕いで学校へ向かった。
なんとか遅刻を免れた。校門を通り、自転車小屋に自転車を止め、教室に入る。
「っす、よもめぇ〜。遅刻スレスレやん」
同じクラスのメンバーであり、親友の明尾春馬がよもめぇ〜に声をかけた。
「っす。やべぇ遅刻しかけたわ。ってか期末ヤバくね?マジ数学赤点やわ」
「いやホンマにな。俺も数学ヤベーわ」
「お前は全部やろ」
「うるせぇわ」
チャイムが鳴ってしまった。二人はいつものように喋って朝休みを終えた。長い一日が始まった。
午前中を気合いで過ごし、四限の終わりを告げるチャイムが鳴った。授業で重くなっていた体がフッと軽くなった。昼休みが始まった。
「飯だ、飯だ」
「明尾家は今日は弁当休みだから、パン買って来るわ」
「そんな日あるん?」
「お母曰く何か今日はそうらしいわ。購買行ってくるから待ってて」
明尾は勢いよく教室を出て行った。
ふと、裕哉は教室の隅を見た。裕哉と明尾達とは対角にあたる左前の角席で一人で本を読んでいる子がいた。周りはもう既にランチムーブなのにどうしたものかと、つい見入っていると、不意にその子がチラッと振り返った。裕哉と目が合った。パッチリとした大きな目に細い縁のメガネをかけたその子は恥ずかしそうに、即座に目線を逸らした。裕哉も気まずそうに目線を逸らした。
彼女の名は四辻夏帆。裕哉は彼女が誰かと喋っているところを見たことがなかった。試験の際、名簿順で裕哉の一つ前の席に彼女が座るが、少し背の低い子だ。裕哉と同じ部活に所属しているが、もちろん二人は喋ったことがない。
すると、購買に行っていた明尾が帰ってきた。
「おい、焼きそばパン売り切れやったからメロンパンしか無かったぞ」
「昼飯メロンパンて」
「ふははは、菓子パンかぁ」
二人は昼食を摂る。裕哉はまた夏帆の方を見た。もう本は読み終わったようで、弁当をちょぼちょぼと食べていた。
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