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始めたて
🟩
「…ただいまー。」
返事が返ってくることを期待しているわけではないが、なんとなく声を上げる。
案の定、物音や返事なんてない。そもそも起きていようがいまいが、状況的に考えて彼が音を立てる可能性は低いだろうし、家にいないことだって充分考えられる。まぁあの身体でそれほど動けるのかわからないが。
「…ただいま……」
いた。
そのことに安堵感を抱くと同時に、酷く重い何かが俺を苦しめる。
ベッドの上で静かに眠り続けている彼は、一体いつになったら目を醒ましてくれるのだろう。すでに回復ポーションは飲ませているので、身体の傷は塞がっている。
過去に大怪我を負い瀕死状態になった俺を助けてくれたポーションを彼にも飲ませた。薬屋で買ったそれは、目の前で眠っている彼が作ったものだった。その効果が如何なものか身をもって体感している。
だが、彼は数日間目を開けていない。
またいつか必要になるかもと、残していたものだったから効果が薄れていたのかもしれない。俺が使っていたから量が足りなかったのかもしれない。
それとも彼がこの状態を望んでいるのだろうか。
細く綺麗な髪を撫でても、美しいアメジストは薄い瞼で遮られたまま。ゆるやかに上下する胸、そこに耳を当てると確かに聴こえる心音。トクトクと聴こえる心地良い心音は穏やかに眠りを誘う。
あぁ、ダメだ。
まだすることがあるじゃないか。
沐浴のために服を脱がせ、露わになった白い背中には多くの縫合痕があった。腕や脚にもうっすらと浮かぶ縫合痕を見るたびに、あのときの光景が脳裏をよぎる。
致命傷となる腹部や頭部は防御したようだが鋭い爪による引っ掻き傷は深かった。ポーションが治してくれたのは浅い傷と内部の損傷。完全に血を止めるには縫うしかなかった。
「俺が、もっと早ければ……」
タオルで拭うたびに後悔に苛まれ、懺悔し、自身の浅はかな行為を責める。近くだったからと俺の家に連れてきたが、医者に見せた方が良かったのではないだろうか。そうしたら石膏像のように滑らかなこの身体に傷跡は残らなかったのではないかと。
でもしたくなかった。
あの光景をみた瞬間から、ずっとずっと俺に付き纏っている気持ちがそうさせたんだ。
血の海に横たわる肉体。
痛みで小刻みに震える四肢。
赤く染まりゆく外套。
辺りに散らばった肉片。
皮膚を喰われ露出した筋肉。
目や鼻からあふれる血液。
どこも見ていない宝石。
目が離せなかった。
誰もが目を背けたくなるような凄惨な姿になった彼が、何よりも美しかった。
願わくばその瞬間を見たかった。
花は枯れるときが何よりも美しいのだと、散り際こそ花の醍醐味なんだと誰かが謳っていた。それを聞いたときは何一つ理解できなかったが、こういうことなのではないかと今なら思う。
何よりも美しい花を誰にも見せたくなかった。誰の手にも触れさせたくなかった。誰にも渡したくなかった。いや、渡したくない。彼の声も名前もききたいし、いろいろなことを知りたいけれどこのまま2人きりでもいい、だなんてなんとも不謹慎だ。
「はぁーー……本当に何してんだよ、俺…」
ポーションはそう安くない。
俺には醸造の知識なんてなく、作れるのはシチューみたいに簡単なものだけだ。彼のために薬草やポーションを買っては、稼ぐためにまた狩りへ出る。動物の間で噂が広まるのかなんて知らないが、近場の獲物が減ってきているため、最近では遠方に行くことも増えている。
「声、聴きたいな。」
最後に聞いた呻き声が耳に張り付いている。苦痛に満ちたか細い声がずっと。俺の中で彼は延々と苦しんでいる。かつて接客してくれたときの、少し舌足らずな鈴虫のように澄んだ声を聴きたい。
「なぁ、あんたの名前知らないんだよ。」
何度話しかけても反応はない。
分かりきっていることなのに期待して毎日、毎朝、毎晩話かけている。はたからみた俺は健気に写るのか、惨めに写るのか。あのときの彼は生を望んでいたのか、死を望んでいたのか。
結局は俺の自己満足だ。
彼をまだ見ていたかったから生き長らえさせている。話したいと願っているから起きるのを待っている。あわよくばその先を、なんて思っている。聖人や命の恩人なんていいものではない。
ここにいるのはただの愚者。
罰せられるべき咎人だ。
自分が犯した罪を払拭するように濡れたタオルで身体を拭い、自分が犯した罪を隠すように清潔な服を着せる。
明日はもう少し、遠くへ行こう。
🟪
「……?…」
見たことのない部屋。
内装から俺の家でも病院などでもなく、個人宅であることが分かる。窓の外はカーテンで見えないが、鳥が囀っているなら森の中だろう。日が差してしないから陰鬱とした森深く、または暮れ時から夜だ。
しかしなぜこんなところに居る?
待て、記憶を遡ろう。
おそらくは昨日、いつもと変わらずポーションを作っていた。素材が足りなくなったから採集のために森へ入って、珍しいものが生えていたから採って…それから……それから、どうした?
思い出せない。
滅多に見られないものを採っていたのは覚えているのにそれから先を覚えていない。いや、そんなこといまはいい。思い出すことより、一刻もはやくここから逃げ出すべきだろう。衰弱ポーションでもかけられているのか、力を入れることが出来ない身体を無理矢理動かす。
「…っあ”…!?」
ベッドから転がり落ち、緑のカーペットで身体を打つ。鈍い痛み。自分の身体ではないかのように上体を起こすことすらままならず、何度か試みても無駄だった。力なく突っ伏すと空っぽの胃が痛いほど鳴く。空腹度合いから二日ほど食べていないかもしれない。枷はついていないが意識を奪わって拉致、監禁の可能性はかなり高い。未然ではあったが実際に数度経験している。今回もそれならば、この状態が見られるのはかなりーー
「…だ、まー」
「っ!?!」
人の声。
扉が開閉する振動。
恐らくは玄関。
家主が帰ってきた。
どうする?
この体勢では逃げ出そうとしたことは明白。どんな意図で俺を連れてきたのかわからないが、監禁が目的の場合、激昂し枷を付けられるかもしれない。従順なフリをする?眠りについたフリをする?ベッドに戻るか?いまから?あんなに試して無理だっただろ。
思考にのめり込み聴覚が疎かになっていた。
睨んでいた扉が、開いた…
「……おま”っ!!!」
「っ!!」
浴びせられた怒号に身体が跳ねる。
これで従順なフリも寝たフリの線もなくなった。完全なるあく、しゅ…??
なんで……
なんで抱きしめられてるんだ?
「よかった…まじでもう目覚めないかと……」
「ぇ”っ…あ”……??」
「…いつから床にいたんだよ。ごめんな?帰るのが遅くなっちまって。」
ここにきて上手く発声できないことに気づく。彼の発言から考察するに筋力が低下してしまうほど、長期間寝ていたのか?
一体なぜ。いつからどのくらいの期間?そもそもこいつは誰なんだ?
頭の中はフル回転なのに、身体が、口がなにも言うことを聞かない。
「ある程度は動かしてたけど急には立てねぇだろ。」
「あ”、、ぁ”のっ…な”っにち…」
「…話せねぇのか。十七日…十七日間、寝てたんだ。もう少しゆっくりしてろ。」
鍛えているからそこそこ体重があるのに難なく抱え、ベッドに寝かせてくれる。
十七日間……?
自身の肉体がとても清潔な状態だったから、せいぜい二日程度だろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。ずっと世話をしてくれていたのか?昏睡状態の俺を半月以上も?
「飯は?再生のスプラッシュポーションはたまにかけてたけどなにも食ってないだろ?」
「ぇ”……ぁ”、ぃや”…」
「あぁ”警戒してんのか…んっ……ほら何も入ってないから……飲める?」
「ん”……!?!ゴホッッゴホッ…!オェ”ッ…ッッオ”……」
濃い味付けがされたそれを胃は受け付けず、吐き出してしまう。飲み込んだのはたった一口だったのに、一気に満腹中枢が刺激された。酸濃度の高い胃液に食道を焼かれる。
「ごめ”っ…なさ”……」
「…俺が無理させた、ごめん。」
再生か回復だろう。舌先に落とされたポーションで痛みが鎮まる。差し出された水をゆっくり嚥下すると、視界の端で見慣れた色が揺れていた。
「…い”たの、か……」
「コイツ…あんたのオオカミだろ?同じリボンつけてるし。他のヤツらは……その、ごめん…」
「そう”、か…」
震える手を伸ばそうとすると、オオカミの頭まで手を運んでくれる。ふんわりとした感触、若々しい新芽の匂い。どうやら俺だけではなくこいつの面倒もみてくれていたらしい。
ふと、あのときの光景が脳裏に浮かぶ。突如として眼前に現れた複数のモンスターから、身を挺して護ってくれた。善戦空しく声をあげて倒れていくオオカミたち。
そしてモンスターのターゲットは俺に向く。
防ごうとした腕を折られる。
鈍らが背中を叩き切る。
鋭い爪が皮膚を裂く。
柔い脚を喰まれる。
痛みなどなかった。
ただただ熱かった。溶鉱炉で熱された鉄塊を押し当てられているような、まだ冷え切っていない溶岩石に触れたような気がした。とにかく傷口が熱くて熱くて、血溜まりの温度が心地よかった。
ポーションや武器が入っているリュックは遠くに置かれている。このまま喰われてしまうのだと思っていた。
一閃。
モンスターは横薙ぎにされ、遠くへ吹っ飛ぶ。ろくに焦点が合わない目では何があったのか正しく捉えられなかったが、きっとそれは彼だったんだろう。
「あ”りがと…」
「いや…もっと、もっと早く見つけれてたらっ…」
「っ…ぁ”……」
後悔に苛まれている彼を呼ぼうとして口篭った。なんて呼べばいいのか分からなかった。まだ名前を知らないじゃないか。
「っなぁ”ぇ”…きいて、な”…」
「…シャークん。」
🟩
「ただいまー。」
「ん、おかえり。」
家に帰ってくると出迎えてくれる返事と暖かい食事の匂い。今日は何を作ってくれているのだろうか。スマイルが作ってくれるバランスの良い料理には多様な植物が使用されている。起きてから二週間も経っていないのに、近くを散策しては摘んできているらしい。外套や装備を外している間に、一人用の小さなテーブルが色とりどりに飾られる。
「まだ寝てていいのに。」
「動けるし、これくらいさせて。」
「…これは、飾りの花?」
「あぁ、それは体力回復に効果があるとされているキク科レウカンセマム属の花だ。こっちは筋力増強に効果がある同じキク科のセントーラ・シアナス。塩漬けしてるからそのまま食えるよ。」
「へえ…その辺にめっちゃ生えてるけどそんな効果があったのか。」
「こいつらが生えるバイオームはいろんなところにあるんだが、ここまで生えているのは本当に珍しい……環境がいいんだろうな。」
植物学者なだけあって植生が好きなのか、嬉々として話し続ける。早口なくせにあまり回っていない滑舌がなんとも愛おしい。最近では、スマイルの声を聴きながら食事するのが恒例となっている。いままで独りで生きてきたことに寂しさは感じなかったが、随分と寂しい生活をしていたんだなと思う。こんな蜜を知ってしまったら、元の味気ない日々を呪ってしまいそうだ。
「この辺って珍しいのいっぱい生えてんの?」
「人が入ってこないからな。もっと探索して研究したいくらいにはある。」
「……じゃあずっとここにいればいいじゃん。」
「あぇ、いや……仕事があるから。」
「まあそうだよな…」
そうだ。
俺は狩人として狩りに出ているように、スマイルも植物学者として、薬屋としての仕事がある。ポーションを作れる者はそう多くない。スマイルが作っているレベルともなると、ごく僅かだろう。だからこそ作られたポーションにはもちろん、それを作るスマイル自身にも相当な価値がある。何度か身の危険があったため今回もそれなのだろうと思っていたと聞いた。そんな状況に彼は晒されているんだ。
向けられた刃からスマイルを護りたい。
これは利己的行動ではない。入りこそ一目惚れだったが、共に生活をし日々を過ごす中でどんどんスマイルの内面を知った。どんどんスマイルのことが好きになっていった。
愛情にも等しい擁護欲。
いや、愛しているから護りたいんだ。
だがそれも結局は独りよがりな想いで、スマイルは元の生活に戻ることを望んでいるのならば、それを尊重すべきだろ。
スマイルの身体はほぼ回復している。あと2.3日もすればこの家を出るだろう。
……もうすぐお別れだ。
今すぐにでも出てきそうな言葉を飲み込むために飯をかき込む。これは邪魔な感情、スマイルにぶつけたら迷惑をかけるだけだ。早々に食べ終わってしまったので皿を洗いに行く。
「俺が洗っとくからそれもちょうだ、」
「んっ、」
「っ!?ごめっわざとじゃっ!!」
「……分かってる。」
顔を向けた瞬間、互いが軽く触れた。
心臓が跳ね上がる。
俺がこんな思いをしているとは梅雨知らず、スマイルは相変わらず淡々とした態度をしている。
まあなんとも思われてないよな。
俺が一方的に好意を寄せているだけなんだから。
一か月。
あっという間の一カ月だった。
俺の視界は蔦が壁を這い、庭には数多くの植物が植えられている白樺製の一軒家を捉えていた。
あの日にポーションを買った薬屋。
スマイルの家。
「ごめん…」
「なにが?」
「傷…残った。ごめん…俺がもっと早く帰ろうと思ってたらこんな傷だらけにならなかったのに…本当にごめん……」
「シャークんのせいじゃないだろ。俺も油断してた。あの場で死んでもおかしくなったんだ。充分感謝してるよ。荷物もここまで運んでくれてありがとう。」
荷物を受け取ろうと手を伸ばす。
これを渡したらこの関係はなくなってしまうのだろうか。友人のように付き合いが続く?狩人と植物学者だぞ。山奥に住んでいる俺と街付近に住んでいるスマイル。会おうと思ってそう簡単に会える距離ではない。ただ一か月を共に過ごしただけの人になってしまうのでは?
やっぱりどうしても離したくない。
「っ、スマイル!!」
「ちょっ!シャ、シャークん!?な、何して…」
「…愛してる。」
「っは…なに、なんだよ、急に…」
「ずっと隣にいてほしい…俺じゃダメ?」
どんな反応をしているのか見るのが怖くて、力強く抱きしめる。
プロポーズの仕方なんてわかんねぇよ。
「…顔、見せて……」
「やだ。」
「シャークん。俺のこと、ちゃんと見て。」
力を抜いて恐る恐る目を合わせる。
いつも澄んだ顔色のスマイルが赤面していた。
「…ぇ”……?」
「……なんでシャークんも照れてんの…」
「あ”ー、なんか釣られて…」
「ふはwなんだよそれ。」
柔らかい木漏れ日の中、笑う君が何よりも美しかった。この先もそうやって、俺の隣で幸せそうに笑っていてほしい。
「なぁスマイルは?俺のことどう思ってるのか教えてくれないの?」
「……言わなくてもわかるだろ…」
背中に回された腕にぎゅっと力が入った。