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ページをめくって、目次に目を通しました。湯沢、熱海、新青森ーどの章も地名が付けられていて、これは旅行記だろうかと思いました。
◯◯◯
我が大学の旅行文藝サークル『一葉の切符』では、数ヶ月に一度、会合という名の、部員の作品のお披露目会を兼ねた飲み会が開催される。僕が参加した限りでは、以前来た先輩が二度と来なかったり、毎度見覚えのない院生が乱闘騒ぎを起こしたりする、大変物騒な活動である。ああ、混沌ここに極まれり。
しかし、誰がどれかも分からない集まりに、毎度きっちり参加する変わり者の部員が、僕を含めて数人存在する。
「良き旅路は、良き酒の肴」
これは、現部長の掲げる部訓であり、このサークルの活動意義に等しい。我々は、酒を飲むために旅をし、酔うために旅路を伝えるのだ。これもいつぞやの部長の言葉である。例の変わり者たちというのは、純粋にこの教えに忠実な者か、部長やOBに便乗して飲みたいだけの連中だ。
その変わり者たちの中で、このサークルの良心といっても過言ではない、女神のような女性がいる。彼女は山岸さんといって、僕の学部の後輩にあたる人だ。山岸さんは、僕や他の部員の旅行話をとても熱心に聞き、普段は口数が少ないが、酒が入ると自分も熱心に語る人で、サークルの模範的な存在だ。また、彼女は、乱闘騒ぎをひと睨みで制したことがあり、普段彼女が大人しいからとタカを括っていた先輩たちを震え上がらせた。僕は、そんな強さと美しい長髪を持つ彼女をめあてに、今日も会合に参加するのである。
今日は確か20時に居酒屋・杜屋に集合だった。僕は本を読む手を止めて、18時頃、コートを羽織り、マフラーを巻いて、玄関のドアを開けた。2月のひんやりした空気が上着の隙間から流れこんでくる。鍵を掛けようと触ったドアノブは、指に突き刺さるような冷たさだ。コートのポケットをまさぐって、手袋を探りあてる。途中のコンビニでカイロでも買おう。そんなことを思いながら、勾当台公園駅へ向かった。
地下鉄を仙台駅で降りた。腕時計を確認すると、まだ18時半だ。ここから杜屋までは歩いて10分ほどだから、暇つぶしに本屋に行くことにした。南改札を抜け、エスカレーターで駅の二階まで上り、駅弁屋、土産物屋を通り過ぎる。この時間の仙台駅は、仕事帰りの人々で混み合っていた。焼き菓子のふわふわした甘いバターの香りに誘惑されながらも、書店にたどり着いた。暖かい店内に入って、新刊コーナーの自己啓発本をパラパラめくってみたり、なんとなく絵本を見てみたりして暇を潰していた。
ちょうど文庫本を眺めていると、一冊の旅行記が目に留まった。清水玲二作『夜の旅路』。暗い表紙に白い明朝体の文字が浮かんでいた。夜の旅か…。あらすじを見ようとしたその時、アナウンスが響いた。
「強風の影響で、20時36分発こまち秋田行の運転を見合わせております。」
20時36分だって?信じられない、と腕時計を見ると既に20時を回っていた。急がなければ!後ろ髪を引かれる思いで本を棚に押しこみ、走って店を出た。