公園には池があって、街灯が映っている。池の脇にある小高い丘からの夜景が、絶景なのだとDJが言う。
健太は丘を登りかけたところで片膝を着き、ついで反対の膝も着いた。両手を着いた。手のひらに土の感触を感じる。肩までかかる長い髪が健太の表情を覆い隠している。
「何もかもダメだ、もう誰も信頼できない」健太が叫んだ。それは悲鳴に近かった。
DJは健太を見下ろしたまま、黙っている。
健太は蚊の鳴くような弱い声になり、ささやいた。
「バアチャンが正しかったんだ、きっとそうだ、他人なんて誰も信用しちゃいけなかったんだ」
健太は両腕をワナワナ震わせている。そして、大地に向かって大声をあげた。
「そうだ、きっとそうだ。
俺を騙したマレナが悪いんだ、マレナが住所不定になったら途端に俺からカネを巻き上げようとしたレンタカー会社が悪いんだ、そんな俺を見殺しにしたツヨシが悪いんだ、恩知らずのキヨシが悪いんだ、ハーバーの法を蹂躙したミエが悪いんだ、 肝心なときに動いてくれない警察が悪いんだ、ほら、マレナは逃げちまったじゃないか、
みんなみんな、奴らを信用した俺が一番悪いんだ。俺の人生、何もかもダメだ。自分すらもう信用できない。俺の判断も、考えも、生き方も。
この俺を、悪者にした世の中が悪いんだ、
この世界全体が悪いんだ、
見ろよ、フェスティバまでもが俺を見放した、壊れて動かなくなっちまったじゃないか、
今、放火魔の気持ちが分かるぞ、原爆を作った奴の気持ちが分かるぞ、
てめえらすべて、消えてなくなっちまえ!」
健太は涙声をからしながら、拳を地面に激しく打ちつけた。
「一つ、聞きたいことがある」DJの声は静かだった「なら、俺はどうなるんだよ、ここまで一緒に来た俺は」
その声は怒号へと変わった。
「何も俺のことなんて構わなくってもいい。でもな、お前のために身の危険も顧みなかったヘラルドはどうなるんだよ。
他にも、お前を慕っているという奴らはどうなるんだよ。
みんなみんな、お前を思うから協力してきたんじゃないのか。違うか」
健太はうずくまったまま、背中が震えている。その姿は、大地に這いつくばる無力な一匹の蟻に似ていた。
池には一匹の白い鳥がいる。DJが餌をくれると思ったのだろうか、しばらくは池端にいたが、離岸して池の中央へ向かって泳いでいった。
対岸までは五十メートル以上はある。それを、白い鳥は水面下のバタ足だけで、ゆっくりと進んでいる「お前がくだらない奴になり果てる前に、最後に一言だけいっておく。お前らしさを、なくすな」
そのまま、二人の間に言葉はなかった。
健太は上体を起こし、白い鳥が泳ぐのをじっと見ている。鳥は池の中央まで辿り着いた。
DJは丘を降りだした。
「待て」と健太は言った。
DJは立ち止まった。
「俺は幸せの青い鳥を探そうとして、不幸の黒い鳥を追いかけてた。そして、そいつを追い詰めれば、幸せになれると思ってた」
健太は立ちあがると、手のひらの土をはたいた。池を見ると、白い鳥は対岸に辿り着くところだった。
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