バケツを持ちながら、来た道を戻る形で2階の放送室に向かう途中、美術室も覗いてみた。
そこにはブツブツ言いながら笑っていた新垣の姿も、怒って出て行ってしまった上間の姿もなかった。
階段に差し掛かったところで、藤原愛美(ふじわらまなみ)、五十嵐真美子(いがらしまみこ)、岩崎明美(いわさきあけみ)の女子3人組に会った。
なにやら藤原がしゃがみこみ、五十嵐と岩崎が覗き込んでいる。
「どうしたんだよ」
あたりの気配に気を付けつつ駆け寄ると、
「渡慶次くん……!」
3人は目を潤ませて振り返った。
「今、ここを血だらけの女の人が通って……!」
「――ねえ、敵はピエロだけじゃないの?」
「血ってことは誰かやられたのかなぁ?」
同時に話した3人の話を統計すると、3階の特別室まで向かった女教師がここを通ったらしい。
「……ああ。おそらくはその女もこのゲームの中のキャラだ。どうやら校長の呼び出しに反応するらしい」
藤原が視線を上げる。
「じゃあ、さっきの放送は……」
「ああ」
渡慶次は知念を振り返りながら言った。
「誰かそのことについて知っている奴の仕業だ」
「あの声って誰なの?聞いたことないような気がしたんだけど」
五十嵐が眼鏡をずらしながら言う。
「わからない。今からそれを確かめに行く。一緒に行こう!」
渡慶次はそう言うと藤原の腕を掴み引き上げた。そのまま脇の下に腕を入れ、支えるように階段を上り始める。
「渡慶次くん、さすが!」五十嵐が微笑み、
「かっこいい!」岩崎も見つめる。
普段なら地味なこの3人とはあまり話さないのだが、こういうときだから仕方がない。
先の中村と渡辺には悪いことをしたが、キャラの特性と攻撃パターンを読むためにも人はたくさんいた方がいい。
渡慶次は重い藤原の身体を支えながら、放送室を目指した。
◇◇◇◇
2階にたどり着くと、階段のところで赤嶺、稲嶺、仲嶺の3嶺トリオが待ってくれていた。
「あっ!渡慶次くんいた!!」
渡慶次たちに気づいた赤嶺が駆け寄ってくる。
「よかった生きてて……!なかなか来ないから心配したよ!」
「ああ、お前らも……!」
渡慶次は藤原を五十嵐たち2人に預けると、続けて駆け寄ってきた稲嶺と仲嶺の顔を交互に見た。
「他の奴らは?」
言いながら放送室に向けて歩き出すと、彼女たちは眉をしかめた。
「ほとんど集まってるんだけど、比嘉君たちがいない。あとは、東さんも」
比嘉たちはどこかで生き延びている気がする。
まあ集合をかけられたからといって、素直に来るような奴らではないからわからないが。
しかし、
「東も、か?」
東美湖(あずま みこ)。
クラスでは前園に並んでルックスは良いが、長い髪の毛をベージュからピンクへのグラデーションカラーに染めているような派手な見た目で、大学生の彼氏がいるとか、暴走族にも男がいるとか、援助交際までしてるという噂があとを絶たない、近寄りがたい女子ではある。
確かに女友達はいないし、誰かと一緒に逃げるタイプではないかもしれないが、一人で震えているタイプでもないと思うのだが。
「あとは?」
ここまで上間の名前が出ないことに内心ではホッとしつつ言うと、
「あとは、渡辺さんと中村君もまだ来てないかな。ね?」
3人は顔を見合わせた。
後から追いついた藤原たちも2人の姿を探すようにキョロキョロしている。
どう伝えるべきだろうか。
自衛のためにも女教師に殺されたとはっきり言った方がいいのか。
「あとは……」
思い悩んでいると、放送室の扉を開けた赤嶺が顔を上げた。
「知念くんも来てない」
「は?」
渡慶次は目を見開き、後ろを振り返った。
ほんの数分前まで一緒にいたはずの知念は、いつの間にか姿を消していた。
「……そこで何やってんだよ」
そのとき、放送室の中から声がした。
「早く入れって」
赤嶺の身体がビクッと震える。
――なんだ?この反応。
一瞬にして異様な空気を感じ取った渡慶次は、気まずそうに俯いている3嶺トリオを見下ろした。
「3嶺。ご苦労さん」
中から低い声が響く。
――誰だ?
また新しいゲームのキャラか?
それとも、このゲームに巻き込んだ運営か?
放送室をのぞき込んだ渡慶次は、
「……な……」
言葉を失った。
狭い放送室の壁際に、十数人のクラスメイト達が窮屈そうに正座して座っている。
その中には、学級委員の吉瀬や、大柄な大城、お調子者の平良に、前園、そして上間の姿もある。
「――遅いよ」
そして奥にある回転椅子に座った男だけが、悠々と足を組み、こちらを見上げていた。
「死んだかと思ったぜ?……雅斗」
口の端を引き上げると、
新垣はにやりと笑った。
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