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「新垣、お前、何やってんだよ?」
渡慶次はカーペットが敷かれた放送室の中に上履きのまま入っていくと、正座している生徒たちを見渡した。
「何って。放送で言っただろ?俺がこのゲームの攻略法を教えてやるって言ったんだよ」
新垣は笑いながら言った。
「攻略法?なんでそんなことお前が知ってんだよ」
渡慶次は新垣を睨んだ。
―――こいつ、本当に新垣か?
いつも渡慶次の顔色をうかがいながら、二歩後ろをそろそろとついてくるあの新垣だろうか。
勝ち誇ったように顎を突き上げながら座っている新垣は、今までの彼とは別人のようだ。
「俺、実はさ―」
彼は膝に両肘をつきながら、口元を抑えた。
歪んだ顔で泣き出すのかと思いきや、彼はおかしくてたまらないというようにクククと笑い始めた。
「やったことあるんだよね、このゲーム。まさに10年前にさ」
「な……!」
渡慶次は目を見開いた。
「キャラたちも知ってるし、攻略法も知ってる。いっちゃえばクリア方法だって知ってる。だから親切にもみんなに教えてあげようとしてるんじゃないか」
新垣はニヤニヤと笑いながら立ち上がった。
「だって俺たち、仲間だろ?」
「――――」
渡慶次はクラスメイトを見回した。
皆、正座している足をプルプルと震わせながら、俯いている。
「じゃあ、なんで《《仲間たち》》を正座させてるんだよ」
渡慶次は少しだけ自分より背の低い新垣を睨み落とした。
「立ってると邪魔だから、かな。とくにデブでデカい大城とかはね」
言われた大城は「……はは」と短く笑った。
「――まあいい。攻略法を知ってるなら、さっさとそれをやって、こんなゲームから出ようぜ」
渡慶次が言うと新垣はふふんと笑った。
「うーん、それでもいいんだけど、ちょっとこの世界を楽しんでみたいなーって話になって」
「楽しむだと……?」
渡慶次は眉間に皺を寄せた。
「せっかくバーチャルの世界に入り込んだんだから、何でもありなゲームの中で遊んでみようかなって。ねえ?」
皆は青ざめて俯いたままで誰も答えない。
「何言ってんだよ」
馬鹿らしいことを言っている割に、冗談めいた顔をしていない新垣を睨み落とす。
「お前も見ただろ?バーチャルなんかじゃねえよ。ケガしたら痛いし、走ったら疲れるし、実際に人が死んでるじゃないか!」
「うーん」
新垣はまだ笑っている。
「抜け出す方法があるならさっさとやらないと、もっと人が死ぬぞ!?」
「えー、でもそこはゲームだからぁ」
新垣はヘラヘラ笑いながら言った。
「クリアすれば生き返るんじゃね?知らんけど」
「……お前!!」
渡慶次は新垣の胸倉をつかみ上げた。
「―――ふふ」
新垣は渡慶次の手を払いのけると楽しそうに笑った。
「雅斗はまだ自分の立場が理解できてないみたいだなぁ」
「立場だと……?」
「結局は生かすも殺すも俺次第ってこと。だってこの世界を知ってて、ゲームのクリア方法を知ってるのは、俺だけなんだから」
眉間に皺を寄せる渡慶次の頬を、新垣がペチペチと音を立てながら軽く叩いた。
「こう言えばわかるかな」
そして数センチの近さまで顔を寄せた。
「――死にたくなかったら、言うことを聞けよカス」
「……なっ!」
渡慶次が右手を握った瞬間、
「もうやめて!!」
新垣の後ろにいた前園が立ち上がった。
「やめて?ね?二人、仲良しじゃない。こんなことで喧嘩になるの、おかしいよ!」
大きな目を潤ませながら新垣と渡慶次を交互に見つめている。
「仲良し……?冗談でしよ」
新垣は前園を振り返りながら笑った。
「俺はいつでもこいつの顔色を窺ってた。怒らせないよう、言葉に目つきに距離に全部神経をすり減らして。こいつに嫌われないように。こいつに虐められないように。だって……」
渡慶次はこちらを振り向いた新垣を見つめた。
「……アイツみたいになりたくねえからなぁ?」
「!!」
その瞬間、渡慶次の頬に新垣の拳が飛んできた。
「きゃああ!」
「渡慶次くん!」
女子の間から悲鳴が飛び交う。
「なあ、どんな気分だ?金魚のフンとしか思ってなかった俺に、生かされてる気分は?」
倒れ込んだ渡慶次に馬乗りになり、
「少しでも悪かったと思うなら謝れよ…!ほら!ほらッ!ほらぁ!!」
新垣はさらに拳を落とし続けた。
「やめてええええ!!!」
歪む視界。
もはや誰のものかわからない悲鳴が頭蓋骨の中を反響する。
――誰が、神経すり減らしてでもそばにいろって言った?
――誰が、金魚のフンでいろって言ったよ?
――ふざけるな。
――ふざけ……
「やめてえええ!!」
ひときわ大きな悲鳴が聞こえたかと思うと、新垣の身体が後ろに倒れた。
「―――行って!出て行って、渡慶次!」
新垣に下敷きになるように倒れた前園が割れた声で叫ぶ。
「渡慶次くん……!」
3嶺が引き起こし、なんとか立ち上がったところで、
「!」
目の前には大城が立っていた。
彼は渡慶次の方と胸倉をつかみ上げると、開いた扉から放り出すように廊下に投げ捨てた。
「――渡慶次くん……」
正座したままこちらを見つめていた上間と目が合った瞬間、大城の手によって扉は閉じられた。
◆◆◆◆
「やれやれ。これだからモテ男は得だよなー」
新垣は勿体ぶるようにゆっくりと立ち上がると、制服の膝についたカーペットの毛をパンパンと手で払った。
「もうやめて……。渡慶次に乱暴しないで!」
前園がその足にすがり付きながら新垣を見上げた。
「何でもするから……!」
「――――」
新垣は首を傾げながら、前園の髪の毛から足の先まで見下ろした。
「何でもしてくれるの?クラスイチ美少女の前園が?」
「………!」
乱れたスカートから覗いていた足を慌てて隠しながら、前園が新垣を見上げる。
「じゃあ……」
新垣はその姿を馬鹿にするように首を傾げた後、
「パンツ……脱いでもらおっかなー?」
ニヤリと笑った。
◇◇◇◇
「くっそ……!!開けろよ!!」
渡慶次はドクドクと流れ出す鼻血を手の甲で拭いながら、放送室の重く冷たい壁を叩きながら叫んだ。
しかし中からカギをかけているのか、大柄な大城が抑えているのか、扉はびくともしない。
――中には上間もいるのに……!!
「おいっ!!!」
叫んだところで、
ジャンッジャジャンッ♪ジャンッジャジャンッ♪
耳を劈くような音楽が聞こえてきた。
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
「……!」
渡慶次は扉から離れ振り返った。
隣りの校長室のドアがバタンと大きく開いた。
そして黒い影が廊下に伸びてきた。
ぼんぼりのついた三角形の帽子。
伸縮するアコーディオン。
「……ピエロ……!」
メイクを直し終わったピエロがまた動き出したのだ。
バケツは放送室の中に置いてきてしまった。
「……くっそ……!」
渡慶次は踵を返すと、廊下を走り出した。
――上間!絶対に助けに来るからな!
職員室を前を通り抜け、視聴覚室との間の階段を駆け下りた。
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『う~ん。せっかく貴重な仮眠の時間だったのにな~?』
男はベッドから起き上がった。
『さっきの叫び声は何でしょう~?もしかしてアンビ(救急)かな~?』
首を機械的に左右に回して保健室を見回す。
『おやぁ~?なんだか血液の匂いがします~?』
そう言いながら掛け布団を剥いだ。
『やれやれ~。オシゴトですか~?』
足を下ろし革靴につま先を入れる。
『……回診に参りましょうかね~?』
男は補聴器を首にかけると、にやりと笑った。