テラーノベル
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「皆さんさようならー!」
下校しようと階段を降りていると、一階から甲高い声で元気良い挨拶を響かせている女生徒の声を聞いた。
「…………?」
そのまま階下まで降りて下足場を覗くと、そこには両手いっぱいにビニール傘を抱える花冠の少女、押金燕が立っていた。
外は五限目の終わりから急に降り始めた大雨でなかなかの轟音。それを背後に、彼女はニコニコ笑顔で微笑んでいた。
「あっ、煌さーん! お帰りですかーー?」
「図書室で雨止みを待ってたんだけどな、しばらく止みそうにないから諦めて、駅まで走ろうかなって。 押金さんも?」
「燕ちゃんで大丈夫ですよ! 私は幸せのお裾分けに忙しいのでまだ帰りません!」
「幸せの、お裾分け……?」
「煌さんも傘なくて困ってるんですよね? これ、おひとつどーぞ!」
燕は抱えていた傘の束のうちの一本を抜き取り、手渡してきた。
「ありがとう……? すげー嬉しいけど、なんでこんな傘持ってんだ?」
「今日みたいなゲリラ豪雨のために備えてあるんですよ! みんな困っちゃうだろうなーって思って!」
「……ええと、これ全部、燕ちゃんが用意したの?」
「はい、買ってきました! 配布用買い置きです!」
「……ごめん、全然意味分かんねえ、配布用買い置きってなんだ……?」
配布、って言うくらいだ。
これ全部、今日みたいな急な大雨の日に皆に渡すためのものってことか? それを、買い置き?
「一体、何のためにそんな事を……?」
「だから、幸せのお裾分けっスよ! 雨の日なのに傘がない。 そんな時に傘渡されたら、すっごい幸せな気持ちになるでしょ? それ! それ狙いです!」
「……法外な値段で販売しているとか、そういうオチではなく? 本当にただの配布を?」
「いえ、私だって聖人ではないですから無償の愛なんて配布できないですよー! 対価は、受け取った人の笑顔! 幸せそうにしているところを見せてもらって、それがまた私の幸せになる! 幸せの無限機関です! ふっふー! これはノーベル賞ものですね!!」
「世間一般ではそれを聖人と呼ぶんだが?」
先日の朝の挨拶といい、やはりこの子はどこかおかしい。
常に嬉々としているところには非常に好感が持てるんだが……、なんていうかこう、底なしの元気が逆に恐ろしいというか、エネルギーの残量が外からでは一切把握出来ないというか。
そういう、明るすぎるが故の不安を感じる。
「そういえば気になってたんだが、その頭の冠って自分で編んだ物なのか? スゲー似合ってるんだが」
「ありがとうございます!! はい、そうです! 私が吐いた二酸化炭素を少しでも光合成で酸素に変化してもらいたくて! 地球温暖化抑制の施策のひとつに出来ないかとお試し期間中ですー!」
「……ごめん、またもや理解できない。 えーと、それ、オシャレだと思ってたんだけど、地球温暖化対策なの……?」
「はい、そうですよー! あれ、私って何かおかしいこと言っちゃいましたか……?」
いや、さっきからおかしな事しか言ってないが?
「いつも私を生かしてくれている地球に対しての感謝と、私なりの幸せのお裾分けですよ!」
「…………なる、ほど」
なるほどと口に出したものの、理解できてはいない。
分かったことはひとつだけ。
押金燕は、恐怖を感じるほど優しい、いや、優しすぎる女の子であるということだけだ。
先生に無茶振りされても笑顔でHRを肩代わりする。
他生徒のためにビニール傘を常に買い置き、時至ればそれを無料で配布する。
自分の呼吸で吐く二酸化炭素を少しでも抑えようと、頭に花冠を載っけている。
博愛、聖人、自己犠牲……、なんと言えば彼女を表現できるのだろう。
……てか、花冠じゃ光合成してくんねえからCO2吸収してくんねえだろ。
優しいのに、どこか決定的に抜けている底なしのお人好し。それが2ーDクラス長、押金燕なのか。
「幸せのお裾分けだっけ? すげえいい活動だと思うんだけど、なんでそんなことをしようと思ったんだ? ボランティアグループにその理由を聞くみたいで、野暮っぽくって嫌だが……、気になるんだ。 聞いてもいいか?」
「はい! あのですね、私、子供の頃から王子様と出会うのが夢なんですよ!」
「……王子様。 王子……、王子、かあ」
こりゃまた、とんでもない角度からファンタジーなワードが飛んできたものだ。
「子供の頃に、ある絵本のお話をママに教えてもらったんですよ! 人に優しくし続けたら、いつか運命の王子様が迎えに来てくれるよって! だから、こうして王子様に出会うために猛特訓中ってわけっス!」
「なんて優しい世界を描いた絵本なんだ……」
「タイトルも内容もほとんど忘れちゃいました! でも、ママの言葉は今でも私のど真ん中にあるんです! この話をするとすごーく偽善者っぽく思われちゃうと思うんですけど、そう思われても良いんです! 私は、私が幸せだと感じるために人に幸せをお裾分けしたいんですー!」
く、狂っている……!
ここ最近、様々な仮面持ちと関わった。
一人一人、異常な性格や凄惨な過去を持ち、ほとんどが狂っていると言えるような奴ばかりだった。
だが、この子はその中でも特級だ。
押金燕は、安全に狂っている。
「あっ、その傘は配布物ですから、明日とかにお返し頂かなくとも大丈夫ですよ! お家で予備にでもしてください」
「いやいや、そういうワケにはいかねーよ。 折角だから使わせてもらうけど、明日返させてくれ」
「私のことはお気になさらず!! 定期的に大量購入してますから、業務用として比較的安価に手に入るところを知ってるっスから!」
「そういう問題じゃなくねえだろ、こういうのって。 借りたら返す、常識だ。 了解してくんねえなら、これ受け取れねえよ」
「……そうですか。 分かりました! では明日、有難くお返し頂きますね!! お気遣いありがとーございますっス!」
背後から届く元気の良い別れの挨拶に、「じゃあまた明日な」と軽く返答して傘を開いた。
一日の終わりにしては、かなり濃いイベントだったなと。
ビニール傘が弾く雨音の中、そんなことを思いながら帰りの駅へと向かった。
#デスゲーム
ベン・ジョンソン
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コメント
1件
いやー、押金燕ちゃん、めっちゃ好きだわ…!「安全に狂ってる」って表現、マジでしっくりくる。花冠被ってCO2対策とか、傘を配って笑顔が対価とか、考えてることが全部ポジティブで純度100%すぎて眩しい。煌くんが「優しすぎる」って言うのも分かるけど、あの底抜けな明るさはむしろ読んでてこっちも元気もらえる。配布傘、ちゃんと返そうとする煌くんも良い奴だし、この二人のやり取り、もっと見たくなったわ。