「……何故、私が何かを知っていると、分かるのですか?」
「お前は優しい性格の持ち主みたいだからな、確実な証拠が無いと自分の命を誰が狙っているか口にしたくないと見える。だが、何かを知っているからこそ、怯えているのだろう? 俺なら力になってやれる。だから、信じて全てを話して欲しい。知っている事を、話してくれないか?」
父親が死んでしまってからというもの、エリスには味方がいなかった。
誰も、エリスに寄り添う事をしなかった。
そんなエリスに差し伸べられた、救いの手。
まだまだ素性は知れない相手だけど、この手を逃してしまえば二度と救いの手は差し伸べられない、そう思ったエリスは――
「私は、夫であるシューベルトと、シューベルトが愛する私の妹のリリナ……それから継母のアフロディーテに、命を狙われているみたいなんです……」
シューベルトとリリナが話していた不穏な会話の全てを、ギルバートに話したのだ。
それを黙って聞いていたギルバートは、特に驚きもしない。
それどころか、
「エリス、お前は知らないかもしれないが、セネル国には秘密がある。お前は疑問に思った事は無いか? セネル国の世継ぎであるシューベルトが、第二王子だという事に」
「……確かに、初めは不思議に思いました。昔から第一王子の存在が表に出ていなかった事に。ですが、聞いた話によると第一王子であるシューベルトのお兄様は、まだ幼い頃に流行り病で命を落とされたと……」
「幼い頃に流行り病……か」
「ギルバートさん?」
「いや、それだと、俺の知っている話とは異なると思ってな」
「そうなんですか?」
「ああ、俺が聞いた話によると第一王子というのは父である国王と弟である第二王子のシューベルトに、命を奪われたという内容だ」
「命を、奪われた……?」
突如聞かされたセネル国の第一王子の新たな死の真相。
自分が聞いていた話とは異なる内容に、エリスは言葉を失った。
「そんな……」
「まあ、あくまでも噂は噂でしか無い……がな」
「そうですよ……そんな、実の父親と弟がお兄さんを手にかけるだなんて……」
そう口にしつつ、エリスは思う。
もし今のギルバートの話が本当だとして、シューベルトが既に人一人を手にかけているのだとしたら、自分を殺す命令を誰かに下したとしても何とも思わないのではという事だ。
「血が繋がっていようが無かろうが、何らかの邪魔になるならその存在を疎ましく思い、この世から消すという選択をする事もあると、俺は思っている」
「…………」
そんなギルバートの言葉に、エリスは返す言葉が見つからなかった。
実際身内に殺されかけたエリスだからこそ、何も言えなかったのだ。
「エリス、お前はこのままで良いのか?」
「え?」
「きちんと真実を知り、自分の居場所を取り戻すべきでは無いのか?」
「……出来る事ならば、そうしたいです……だけど、私は何も出来ない……」.
「何故出来ないと決めつける?」
「だって、私には、何も無いから……」
ギルバートの言う通り、何故自分は殺されなければならないのか、それ程までにシューベルトやリリナ、アフロディーテに恨まれているのかという事を知りたいとは思うが、何の取り柄も無い自分に何か出来るはずが無いと決めつける。
けれど、そんなエリスにギルバートは、
「大丈夫だ、お前は一人では無い。俺が居る。必ずお前の力になると約束しよう。だから、今のお前は無力なんかじゃない。願えば何だって出来る」
「ギルバート、さん……」
エリスは思う、出来る事ならシューベルトと離婚をして、父や母が愛したルビナ国へ帰りたい。
アフロディーテを追放して、愛する国を守りたい。
――それが、彼女の一番の望みだった。
「ギルバートさん……何故あなたそこまで、私に親切にしてくださるのですか?」
「それは…………形は違えど、俺とお前が、同じような境遇にいるから」
「そう、なんですね」
ギルバートの事を詳しくは分からないが、彼がそう言うのならばそうなのだろうと深く追求する事はせずに頷くエリス。
例えギルバートをよく知らなかったとしても、命の恩人である事、初対面の自分に良くしてくれている事が全てで、そんな彼が力を貸してくれるというのだ。
断る理由が無かったエリスは、
「……それではギルバートさん、お願いします、どうか私に力を貸してください。私は何故自分が殺されなければならないのかという理由を知りたいし、奪われた大切な居場所を、取り戻したいです」
姿勢を正して深々と頭を下げながらギルバートに協力を願い出たのだ。
「分かった。ならば俺は、必ずお前の助けになる。何があっても、お前を守り抜くと誓おう」
「ありがとうございます…………あの、今の私は何も出来ませんが、もし、全てが片付いて無事に自国へ戻る事が出来た暁には、必ず何かお礼をさせてください」
「まあ、お前がそれで満足出来ると言うならば有難く受けよう」
「はい!」
愛する自国の為に政略結婚をして、幸せとまではいかなくても、不自由無い暮らしを送るはずだったエリス。
しかし約束とはまるで違っていて、夫には疎まれ、幽閉され、ほぼ自由の無い毎日を送らされた挙句、突如命を狙われ逃げ出す羽目になった。
そんなエリスの前に現れた、人が苦手だというギルバート。
傭兵をしながら生計を立てている彼は恐らく強いのだろう。
何があっても守り抜くと誓いを立てたギルバートを信じて全てを預ける事を決めたエリスはこれまでの経緯を包み隠さずギルバートに話をして情報を共有した。
こうして、成り上がりの復讐劇は静かに幕を開ける事になったのだった。